2-19
◆第七週 七日目 闇源日◆
久しぶりに平穏な朝がやってきた。
気分爽快。
という訳で、数日ぶりに午前中は子供達を鍛える事に費やすとしよう。
油断していた子供達は、俺の爽やかな笑みとともにサラッと口から零れたその言葉に時間停止してしまったのがちょっと面白かった。
それに最近ちょっと彼等は増長していたし。
訓練なので、勢い余って殺してしまうような事は当然無い。
しかし今日は『いっそ殺して……』と言ってくるぐらいにはハードな訓練にした。
子供達の成長は目を見張るものがあり、その反面、最近メキメキと上がってきた自分の実力に溺れかけていたので、時々こういう矯正は必要となる。
俺も何百回何千回と通って来た道。
向こうでは死は身近に無かったので全く役に立たなかったが、この世界ではきっといつか役に立つ。
俺は心を鬼にして子供達を鍛えた。
――ちなみに、この鬼モードが『いっそ殺して……』レベルである、と付け加えておく。
◇◆◇◆◇
朝の運動も兼ねて子供達を叩き潰したあとは、部屋作りに勤む。
土木作業を始めると何故だか倭ノ介くんが現れ手伝ってくれるので重宝している。
集落の隣に水場が出来たので、今までの仕事――水汲み部隊の護衛リーダー――が無くなり、今は無職なのだとか。
コボルト族は食糧の備蓄も豊富にあるので、こういう場合、普通はせっせと子作りに励むのだが、肝心の奴隷達がいなくて今は完全に手持ちぶさた。
現在遠征に出かけている精鋭部隊もまだ暫く帰らないだろうから、こうして俺に恩を売りつつ部屋作りなどの勉強をしているとのこと。
『本音は?』と聞くと『兄者の飯が美味いから』という答えが返ってきた。
一仕事終えた後には飯を振る舞っているのだが、それに味をしめたようだ。
ちなみに倭ノ介くんの年齢は1歳と半年ぐらいで、人間で言うと成人前の青年ぐらい。
コボルトは人間の10倍の速度で成長するのだとか。
この換算でいくと、最長老の年齢は……よくまだ生きていられるな。
そう言うと、倭ノ介くんも笑って同意してくれた。
倭ノ介くんと一緒に我が家のリフォームを行っていく。
現在の環境は、寝泊まりする部屋とリリーの個室しかない。
キッチンもダイニングもリビングもない。
俺一人の一人暮らしでも我慢出来ない家なのに、共同生活だと物凄く不満。
とはいえ、洞窟の中でキッチンを作るのは流石に色々と越えるべき山があるので、まずは手を伸ばしやすくて満足度を高められる部屋からせっせと作る。
バスルーム完成。
そう告げると『え?』という声が7つ重なった。
いや、この部屋は物凄く重要だろうに。
口で説明するよりも実際に体験してもらった方が早いので、早速風呂を沸かし始める。
皆でせっせと水を運び、【狐火】で焼いた石をポイポイと。
程良い湯加減になったら子供達を裸にひんむき、石同様にポイポイと投げ込んだ。
そのうち2人は投げ込むと同時にまた溶けてしまったが。
尚、倭ノ介くんも誘ってみたのだが、家族の風呂にお邪魔する気はないとの事で、そそくさと帰っていった。
はて、水に入るのが嫌いなのだろうか?
風呂に入れると、その未知の体験に最初は目を白黒させていたが、すぐに子供達は一様にして顔を蕩けさせていった。
フォルとクズハもそうだったが、やはりこの世界には風呂は一般的では無いらしい。
彼等がモンスターである事も踏まえると、風呂文化は無くて当然か。
風呂という概念だけでなく、もしかしたら水浴びすら経験した事が無いのかもしれない。
やはり最初に風呂を作ったのは正解だった。
まぁ元々水源を確保した理由は気軽に毎日風呂に入りたかったからだ。
現代人の俺に毎日の風呂はかかせない。
猫なのに自ら進んで風呂に入ってきたリリーと――何だか少し大きくなっているような気が――コボルト達が猫掻き犬掻きでバシャバシャと泳ぐのを横目に、俺は子供達を順番に洗っていく。
ゴブリン達は真っ先に洗った。
布で身体を拭う事すらもしそうにないゴブリンの身体は汗と垢と汚れのオンパレードだ。
その分厚い汚れの塊をいつか綺麗サッパリ取り除きたいと常々思っていた。
嬉々として俺は子供達を磨き上げていく。
乾燥した糸瓜の様な植物をタワシ代わりにしてゴシゴシと擦り上げていく。
子供達はとても嫌がったが、風呂に溶けていた2人がガッチリと子供達の足を離さなかったので、この魔の手から逃れる事は出来ない。
もうこれでもかというぐらいに隅々まで綺麗にしていく。
風呂は物凄い勢いで濁っていったが、ここには浄化系スキル持ちが4人も揃っている問題無い。
兎に角頑張った。
そうして子供達全員を余すことなく磨き上げていった訳なのだが。
ここで一つ、全く予想していなかった事実が発覚した。
――やばい、妙なフラグが立っている。
子供達全員の股の間には、付いていると思っていたモノが何処にも見当たらなかった。
風呂効果とマッサージ効果ともうお嫁にいけない的な何かのせいで、何だか恍惚とした表情を浮かべている子供達。
これまでは俺の事をほとんど恐怖対象でしか見ていなかったその瞳が、何やら異なる色を帯びている。
一仕事終え、ようやく心の底から風呂を堪能する事が出来た俺は、それらの光景と先程知ってしまった事実を精神衛生上の都合で綺麗サッパリ忘れ去る事にした。
その論外といった俺の態度がまた妙な方向へと子供達を誘っていたような気もしたが、出来る限り考えない事にする。
流石に色んな意味で論外過ぎるだろう……。
――なのだが。
そろそろ俺は、彼等と――いや、訂正。
俺は彼女達と自己紹介というコミュニケーションを取らなければならないと思い始めていた。
どうせすぐにいなくなるだろうと思い、これまでは情が沸かないように俺は彼女達を個人として見ていなかったのだが、それもそろそろ限界だろう。
連日の特訓をくぐり抜け、更にはこうして裸の付き合いをしてしまった以上、もうそんな事は言っていられない。
大変不本意な事故だったが、俺は彼女達の全てを視覚触覚の両方であますことなく知ってしまっている。
責任を取るつもりは微塵も無いが、そろそろ俺は彼女達を一個たる個として扱うべきだろう。
という訳で、一人ずつ尋問して言った。
間違いを起こさないため、事務的に処理していく。
まず毛がフサフサの二足歩行している犬にしか見えないコボルトの2人。
名は、〝御菜江〟ちゃんと〝御沙樹〟ちゃん。
以前聞いたコボルトの青年戦士〝倭ノ介〟もそうだが、何だか江戸ちっくな名前だな。
名前の由来を少し聞いてみたが、コボ族は女の子の場合は一文字目は必ず〝御〟、二文字目が〝数字〟、三文字目が〝家系〟になっているのだとか。
二文字目の数字は別に語呂さえあえば何でも良いらしい。
つまり、オナエちゃんは、〝江〟の家系の七番目の子供だから〝御菜江〟という訳である。
意外や意外、名前のルーツがあるとはちょっと驚きである。
性格は、オナエちゃんがちょっと甘えん坊の妹タイプで、オサキちゃんがしっかり者のお姉さんタイプ。
2人は姉妹ではないが――母親が違うだけで親が同じである可能性は否めないが――同じ境遇に置かれたせいかすぐに姉妹同然の様に打ち解けたらしい。
というより、先にオナエちゃんがオサキちゃんを頼った事で、それが切っ掛けで徐々に今のような関係になっていったのだとか。
だからか、オサキちゃんは俺を見て、私が甘える相手は必然的に親方様です、あと責任取って下さい、とか何とか言ってくる。
〝親方様〟とか、ちょっと古風な2人でした。
次に、二足歩行する子熊にも見えない事もないバグ族の2人に聞いてみた。
〝バグフェ〟ちゃんと〝バグファン〟ちゃんだそうな。
こちらは名前のルーツは知らないらしい。
まぁ最初の二文字がアレなので、すぐに分かったが。
2人の趣味は、着飾る事。
それは服だけでなく、鎧や兜、更には剣や盾も含まれていた。
ある意味、コレクターと言えば良いか。
そんな2人の違いは、その趣味の方向性にある。
今はまだコレクションの数が少ないのでハッキリしないが、バグフェちゃんは尖った物や角張った物を好み、バグファンは曲線物や非対称物を好む。
ちなみに彼女達は俺の事を〝ご主人様〟と呼ぶ。
最後に、俺の眼には違いがほとんど分からないゴブ族の2人だが――他の種族も似たようなものだが、ゴブ族ほどじゃない――なんと2人には名前がない事が今更ながら発覚した。
どうやらゴブ族は自分が一人前になった時に自ら名乗るか、先生や師となった者が命名するというのが普通らしい。
まぁ生と死が身近なゴブリンだからこその名前のルーツか。
運良く生き残れた場合。
師事する事で生き残る可能性が高まった場合。
それでようやく名前を得る事が出来るという訳である。
だからと言うべきか。
2人はこの機会に是非〝お師匠さま〟から名を授かりたいと言ってきた。
お師匠さまか……まぁ間違ってはいないな。
だがやはり他2種族と同様に、ちょっとこそばゆい呼称である。
まさか裸の付き合いをした瞬間から、3種族共に俺の呼び方を変えてくるとは思わなかった。
互いに言葉が通じないというのに、あまりにもタイミングが良すぎる気がする。
まさか湯に溶けている奴等が裏でコッソリ糸を引いているのでは、とつい考えてしまう。
とりあえず名前が無いのは可哀想なので、2人に名前を付けておく。
色々考えたが、〝アクリス〟〝エリアス〟という名前を付ける事にする。
最初はバグベア達とコボルト達の間を取って、ゴブ+漢字一文字にしようと思ったのだが、最初にゴブとついている時点でなんか可愛くないので止めた。
いくら何でも女の子にその名前は無いだろうと思う。
名前の由来は、この《宝瓶之迷宮》で2人が生まれた事からきている。
アクエリアスという言葉から拝借した。
という訳で、早速2人にその名前を付けていく。
2人とも後衛として鍛えているのだが、片方はじっと構えて射るので命中率が高く、もう片方は動きながら射る事を好むので命中率は低いが色々な状況に対応出来る。
なので、前者の手先が器用な方を〝アクリス〟ちゃん、後者の足癖が悪い方を〝エリアス〟ちゃんにした。
[リトちゃんはスキル【子鬼の祝因】を開花させた]
[リトちゃんはスキル【支配の呪縛】を開花させた]
[リトちゃんはスキル【人鬼族統括】を開花させた]
何か妙な物が手に入ったが後回しだな。
名前を付けただけなのに妙に疲れた気もしたが、きっと長風呂し過ぎたせいだろう。
その日の夜は、今まで以上に貝殻の蓋を堅く閉じて寝た。
だって6人の目がちょっとやばかったし。
一緒に寝るのはスライムだけでもうお腹いっぱい。
というか、御前らも勝手に隙間から入ってくるなと言いたい。
悪魔「ふんふふ~ん♪」(ゴシゴシ)
弟子A「(ひやっ……あ……そ、そこは……)」
S弐「プルプル(僕達は石鹸としても有能で~す。でもあまり使いすぎると……)」
悪魔「(……あれ? 身体全体が随分細くなったな。まさか全部垢だったのか?)」
S壱「プルルルルップルルルルッ(あ、ダイエット効果はないですからね~。間違っちゃ駄目よ~?)」




