痛み(雅人視点)
目が覚めた。寝ぼけた頭を上げれば、まだ部屋は暗い。月明かりがカーテンから漏れていたがまだ夜だ。近くに置いてた携帯で時間を確認すれば2時30分過ぎ。いつもと同じで途中で起きてしまう自分を嘆く。
眠いはずなのに、どうも眠りが浅い。ストレスだと思う。今日はすんなり寝ることが出来たから朝まで寝れると思ったのにこの様だ。軽くため息を吐いて、ふと隣を見て固まった。
(実が居ねぇ…)
確かに一緒に寝たはずだ。意識を手放すまで隣にいるって安心感があったのに。焦って探しに行こうとしたときに、静寂の中にもう一つの呼吸音に気がついた。そちらの方に向けば実は見えないが、確かに音がする。ベッドの端まで行ってみれば縮こまって寝ている実がいた。
バスタオルを羽織っていたが見てるこっちが寒そうだと感じる。しかし穏やかな寝顔だ。つい頭を撫でたくなり手を伸ばすが止める。
まずはベッドに移動である。このためのバスタオルだったのかと思うと、実にしてやられた感だ。風邪でも引いたらどうするんだと思う。でもふと口許が綻んでしまう。
「良かった」
居てくれてと素直に思う。後…信用できる奴で。罪悪感を感じるが彼を試していた。
俺を襲う奴等を見てきたから、どうしても確証が欲しかった。実は違うとわかっていたとしてもだ。
もし猫をかぶるって近づいてきたとしたら補佐として認められない。絶対ないと自信はあったが、アイツが認めてくれないだろう。
きっと仕掛けるなら寝てる間に何かするだろうと、暫くは狸寝入りをしていた。でも何もなく、安心して寝た訳だが…この様子だと手を出すどころか避けられた。それはそれで悲しいと思ってしまうのはなぜなんだろう。複雑だ。
実を持ち上げようとタオルを退かした。只でさえ寒そうなのに背中が捲れていた。
「たくっ」
よく平気だなとしゃがんで、直そうとした時に目を見開いてしまった。痛々しい痣だ。確か実はもう怪我なんてないと言っていたが、苦い気持ちが広がる。
思い出しても実は怪しい態度だったから隠してることは解っていたがこれは酷い。顔を歪めてしまう。
すぐに抱き締めて持ち上げる。教室のときも思ったが軽い。ちゃんと食べてるんだろうかと不安に思ってしまう体をベッドに運ぶ。よっぽど深い眠りに入っているのだろう。まったく起きる気配がない。
きっとまだあるだろうと、見るべきじゃないのはわかってる。だが、止められなくて、
「…ごめんな」
深い眠りに落ちている実に届かないとわかっていても謝罪の言葉を紡ぎ、キリッと痛む胸を耐えながら、服を捲った。
幸いお腹は大丈夫そうだ。脇腹は薄くだが青い。でも気になるほど出もなさそうだ。きっちりシャツの裾を戻す。しかし問題は足だ。ズボンを引っ張って出てきた白い足に似合わないカサブタや痣が転々と散らばっていた。思わず息を飲む。
(これを堪えてたって言うのか…)
教科書のことだってそうだ。辛そうなのに諦めた顔して仕方ないと、受け入れた顔をしていた。だから、暴力だって仕方ないって受け入れてたことか。
「大馬鹿だ」
堪えきれなくて吐いてしまう。
(なんで、なんで誰も気づかないだ。捌け口が有れば誰かが傷ついても良いのかよ)
胸が痛い。これだけ受け入れて、でもまだ耐えてるなんて信じられない。限界だって近いはずだ。
教室で初めて見た実の『大丈夫』って被った仮面は壊れかけで隠しきれてなかった。資料室で笑っていた笑顔とはまったく別物で、偽りだとはっきりわかった。
それに牽制されて何度も突き放されても、実の傍に居たのは偽った姿が痛々しくてほっとけなかった。
ソファーで問いただしたときもそうだ。たぶん心は悲鳴を上げてたはずで、辛そうな表情を隠せないままうつ向いて、吐けない言葉をただひたすらに隠して、見てるこっちが耐えきるなくて…つい抱き締めてしまった。
守ってやりたいと、俺がついてるから大丈夫と伝えたくて。泣かせてしまったけど、泣きながら実が笑ったときは愛しいて、守り抜く決意をした。
だから――、
「試してごめんな」
優しく抱き込んで呟いた。
「絶対守るから」
今度は床になんて逃げないように。しっかりと抱き締めて目を閉じる。
(どうか、幸せな夢を見ますように)




