1話「再会」
晴天の海辺で、偶然再会した二人。
萩原蒼と一ノ瀬澪。
高校時代、特別な関係ではなかったはずの二人は、
大人になり、それぞれに“過去”を抱えていた。
家族を失い、すべてを背負って生きてきた蒼。
誰かに支配され、自分を見失ってきた澪。
再会をきっかけに、少しずつ距離を縮めていく二人。
だがその裏には、取り返しのつかない選択と、
乗り遅れた“人生の波”があった。
サーフィンのように、
人生もまた、待つだけでは何も変わらない。
これは、過去に縛られた二人が、
もう一度“自分の人生”を取り戻そうとする物語。
晴天の防波堤。
朝九時。海は穏やかで、白く光る水面がゆっくりと揺れていた。
萩原蒼は、コンクリートに腰を下ろし、タバコに火をつける。
波は良くない。
それでも、ここに来る理由はそれだけじゃなかった。
煙を吐き出しながらぼんやりしていると、足音が近づいてくる。
少し離れたところから、女が一人。
茶髪のロング。Tシャツにスキニージーンズ、ラフな格好なのに妙に目を引く。
髪を耳にかけながら、声をかけてきた。
「——あのー、すみません?」
「はい?」
顔を上げる。
——あれ?この子……
「サーフィンやってますか?」
「まぁ、一応やってますw」
「やっぱり!」
手を叩いて、ぱっと表情を明るくする。
「やってみたくて!教えてほしいんですけど……」
「まぁ今日波あんま良くないけど、危なくはないし良いですよ」
「ほんとですか!?やった!」
無邪気に笑う。
「てか——」
「てか——」
同時に口を開いて、少し間が空く。
「あー、いやいや先どうぞw」
「いやいいですよ!私ただ何年やってますかって聞こうとしただけだしw」
「あーサーフィンね、かれこれ10年近くになるかな」
「すごい!」
その反応に少しだけ笑う。
そして、蒼はふと聞いた。
「お姉さんってもしかして〇〇高校だった?」
女が少し微笑む。
「はい、そうですよ」
「やっぱり。俺も同じだったんですけど、萩原って言うんです」
「知ってるw」
風が吹く。
その一言で、記憶が繋がる。
一ノ瀬澪。
高校のクラスメイト。
特別仲が良かったわけじゃない。でも、忘れるような存在でもなかった。
澪は最初から気づいていたのかもしれない。
「久しぶりだな」
「だね」
あっさりとした返事。
でも、その距離感がちょうどいい。
「そんでサーフィンやりたいんだっけ?」
「うん!なんか照れくさいなw」
「なんだそれw」
蒼は立ち上がる。
「道具はあるの?」
澪が頷く。
「あるよ」
「とりあえず更衣室あそこのトイレの脇にあるから、そこで着替えてボード持ってきて」
「はーい!」
澪が小走りで向かっていく。
蒼もタバコを踏み消し、準備に入る。
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海に入る。
まだ少し冷たい水。
澪はぎこちなくボードにまたがっている。
「まずはパドルからだなぁ」
「あ、わかる!手で漕ぐやつでしょ?YouTubeで見た!」
「そうそう。これが基本だからまずこれ覚えよう」
「ボードの上に横になって、ちょっと背中反らす感じ。目線は前。これ重要」
「こんな感じ?結構キツいんだけどw」
「そんなんじゃ明日全身筋肉痛だぞ」
「えーまじ?w」
笑いながらも必死に続ける。
気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。
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「どんどん凪になってきたな」
蒼が海を見ながら言う。
「パドルはほぼ出来るようになったし、最後に波に押される感覚覚えてもらうか」
「え、乗れるの?」
「いきなり立つのは無理だから横になったままな」
波を指さす。
「あそこで崩れる波あるだろ?あれ来たらお尻を波に向けてパドル」
「え?こう?これでいい?」
「そう!そしたら板掴んで前だけ見てろ!」
波が来る。
澪の体が押される。
滑る。
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浜辺。
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澪が立ち上がって、手を振っている。
「ねぇ!見た!?すごいんだけど!!私才能あり?」
蒼は小さく呟く。
「……うるさいなw」
「え!?なんか言ったー?」
「地獄耳かよ……なんでもない!上がるぞ!」
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海から上がると、風が少し冷たい。
「上がると寒いねー」
「更衣室の横にシャワーあるから浴びてきな。温水出るから」
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シャワーを終え、蒼は外でタバコを吸っている。
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「終わったよー!待った?」
「いや、俺も今終わったとこ」
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「サーフィンって面白いね」
「まぁ…あとはYouTubeとかで見たりとか反復だな」
「え?教えてくれないの?専属コーチさんw」
「たまたま今日会っただけだろw」
澪は一瞬だけ黙る。
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それから、少しだけ真っ直ぐ蒼を見る。
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「ねぇ、蒼」
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その呼び方に、空気が一瞬止まる。
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風が抜ける。
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音が少し遠くなる。
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こんなに会ってなかったのに。
高校のときだって、そんなに話してないのに。
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当たり前みたいに呼び捨てで呼ぶ。
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——この感じ
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蒼の中で、少しだけ引っかかる。
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でも、嫌じゃない。
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むしろ——
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言葉にするほどじゃないけど、残る。
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澪が続ける。
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「もし良かったらさ」
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少しだけ間。
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「カフェでも行かない?」
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軽く笑う。
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「お腹空いたし、お礼もしたいし」
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蒼は少しだけ視線を外す。
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考えるほどでもない。
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「まぁ…」
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短く間を置く。
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「予定も特にないし、いいよ」
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澪が少しだけ嬉しそうに笑う。
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「よかった」
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二人で歩き出す。
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さっきより距離が近い。
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でも、それを気にするやつはいない。
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海の音が、少しずつ遠くなる。
たまたまの再会。
でも、
本当に“たまたま”だったのかは分からない。
何気ない会話の中に、
少しだけ引っかかるものが残る。
それが、
あとで意味を持つことを——
このときの二人は、
まだ知らない。




