【第二十八話】帰る場所と、進む場所。
「河南さーん!!」
会場に着くと、花園さんが駆け寄ってきた。
今年の『新春シンポジウム』も東京の某大手五ツ星ホテルの式場で開催された。
いつものビジネスカジュアルなお洒落な格好ではなくて、今日はかっちりとした黒いスーツの上下を着ている。
「花園さんっ! お世話になってますっ!」
私がそう言うと、彼女が口の端をニンマリと上げる。
「良かったですねぇ! 念願のアワード受賞、おめでとうございまーす! はい! 受賞施設さんはこれを付けて下さいっ」
花園さんは、造花のついた赤いリボンで出来た飾りを渡してきた。
「わっ! ありがとうございます」
そう言って私はドキドキしながら胸に飾りをつける。
飾りをつけながら、今までの出来事が沢山思い浮かんでくる。
まだシンポジウムすら始まっていないのに、もう既に鼻の奥がツンとしてきた。
「あー、かわいいですね! お似合いです。あ、良かったら写真撮りますか? 桜庭さんとっ」
花園さんがそう言ってくれたのでスマートフォンを渡す。
「いいですね! ナーイスカップルー!!」
言いながら何枚か桜庭さんが写真を撮ってくれた。
スマートフォンの画面を見ると、どこか照れ臭そうにはにかむ自分と賢治が映っていた。
「か、わ、な、み、さん! 今日はスペシャルゲストも実はお招きしてまして!
あとで楽しみにしてて下さいねっ」
そう言って花園さんは意味ありげに笑った。
(なんだべ? まさか芸人さんでも営業でくるんだべか)
そんな事を思いながら賢治と案内された席に着く。
すると、後ろからポンポンッと肩を叩かれた。
「川中さんっ!」
振り返ると、女将になってから仲良くなった『青森みやびホテル』の川中さんが笑っていた。
「ふふっ。工藤さんもいるよー。アワード受賞おめでとうっ! けっぱってたもんね。」
そう言ってふわりと笑ったので、私もお祝いを伝える。
「みやびホテルさんも、ビジネスホテル部門で今年奨励賞ですね! おめでとうございますっ!」
すると、みやびホテル支配人の工藤さんが感慨深げに頷いている。
「ありがとうございます。うちの宿も念願の初受賞をすることが、出来ました。これも川中が河南さんとお互い高め合いながら頑張ってくれたからですよ」
なんだかジーンとしてしまう。すると、さらに工藤さんが続けた。
「…そうですかそうですかー。河南さんも、ついに女将になって三年目でアワード受賞ですかー。いやー、つい最近まで大学生でしたのに…。めでたいですねぇ…」
私はその言葉に、工藤さんに頭を下げる。
「色々宿の事とか教えてくれてありがとうございますっ! 青森の他の施設さんに色々親切に教えて頂けたからこそ、ここまで来れました」
すると、周りが暗くなって社長の挨拶が始まった。
この社長の挨拶を聞くのも今回で3回目だが、毎回ステイリンクというプラットフォームがどんな風に進化しているのか分かって面白い。
今回はAIを利用した新機能についての説明があった。
講習が終わった後、アワード受賞したお祝い…と称して、皆で奮発して鰻を食べに行った。
「美味しいっ! こんなに美味しい鰻食べたの初めてですっ」
興奮する私に川中さんが少し悪い顔で微笑んだ。
「ふふっ、自分の会社の経費で出るのがまた嬉しいよね…。」
私は頷きながら濃厚な鰻の味を噛み締める。
「…俺もご馳走になっちゃっていいんだべか?」
賢治が少し申し訳なさそうな顔をしている。
「なーに言ってんだー。社員でもねぇのにすっごく手伝ってくれたべ! これくらいさせてもらわねぇと困るっ」
私の言葉に、賢治が口元を緩ませた。
「…んだば遠慮なく!」
そう言って嬉しそうに鰻を食べ始めた。
「──そういえば、桜庭さんと河南さんはいつご結婚されるんですか?」
食べ終わってお茶を飲んでいると、工藤さんが突然そんな事を言い出して、お茶を吹きそうになってしまった。
「──っな!」
賢治はと言うと、顔を真っ赤にしている。
「え、だってもう、お付き合いされているんですよね? お二人。幼馴染だって仰ってますし、そろそろなのかなぁと」
そう言って工藤さんがニヤニヤしている。
すると、賢治は、ふいっと顔を逸らしてからボソッと言った。
「──僕なりに色々計画してるんで」
そう言われて期待で心臓がドキドキと高鳴る。
「…え」
「もー、工藤さん! こういうのはデリケートなお話なんですから突っ込んだらダメですって」
川中さんの言葉に工藤さんが悪びれずに答えた。
「ははは、申し訳ない」
皆で鰻を食べ終わった後会場に戻ると、受賞施設の関係者は今回表彰されるので席ではなく、ステージの袖に通された。
(…うわー…緊張する)
ソワソワしながら待っているとアナウンスが始まった。
「それでは東北ブロック! リトルスター賞! 湯宿のんびりや様!」
そう言われて右足と右手が一緒に出ないように気をつけながら、前に進み出ていく。
「担当コンサルタントは…花園エリー!!」
その言葉で顔を上げた瞬間だった。
──バンッ!!
扉が開いて息を切らして誰かが入ってきた。
(…え)
その人の方を見た瞬間、私は目を見開く。
「桐谷先輩っ! もー、遅いですよ!! じゃっ、私は行ってきまーす!!」
そう言ってニヤリと笑った後、花園さんが壇上に上がってきて、両手を広げた。
私は驚いて呆然としたまま、無意識にハグをする。
「おめでとう」
ステイリンクの社長から直接盾を渡される。
私は胸がいっぱいになりながら、事前の打ち合わせ通り両手でその盾を掲げた。
──その瞬間、会場内に割れんばかりに拍手が響いた。
そして、その観客席の奥には見間違えるはずのない、国宝級イケメンが笑顔で拍手していた。
「──っ、」
私の目からは涙がとめどなく溢れてくる。
(…来てくれたんだ!! わざわざアメリカから)
式典が終わった後、私は桐谷さんの元へ駆け寄っていく。
「っ、桐谷さん!!」
すると、桐谷さんは目元を緩ませながら振りむいた。
「──河南さん、おめでとうございます。
きっと、河南さんならやり遂げて下さると信じていました」
口元を抑えて泣きそうになる私に、桐谷さんはさらに続ける。
「素直な宿は伸びる。だから成長する。
指摘された事をきちんと受け止めて、消化する。
──貴方の姿勢に僕がどれほど励まされたことか。」
「──っ、来てくれて、ありがとうございますっ」
嗚咽を漏らす私に彼は笑いかける。
「…いえ。だって、見届けるって約束したじゃないですか。こちらこそ、素晴らしい結果を見せてくださって本当にありがとうございました。」
そんな私達を賢治は穏やかな目で見つめていた。
◇◇
「日菜子っ! 俺と結婚してほしい」
──次の日。
ディズニーシーのレストランで美味しいデザートを食べてすっかり油断していたところで、私は賢治に指輪を渡された。
アワードとディズニーにすっかり浮かれてふざけまっていた私は、驚き過ぎて、一瞬固まってしまった。
信じられないような顔で、賢治の事を見つめる。
「嘘…。本当に…?」
「ああ。いやー、サプライズしようと思ってたのに、昨日工藤さんに結婚の話、振られた時はすごい焦ったべ」
そう言って賢治は照れたように頰を掻いた。
「…ありがとう。嬉しい…」
泣きそうになりながら指輪を受け取る私に、賢治は口の端を上げた。
「──返事は?」
その言葉に私は泣き笑いのような顔で答える。
「そんなの決まってるべさ! もちろんイエスだ!」
──桐谷さんは私を女将として導いてくれた『きっかけ』になってくれた人だ。
けれど、私は彼がいなくなっても、女将として歩き続けていく。
きっと、桐谷さんが私にとって、『東京カレンダー』みたいな人だとしたら、賢治は私にとって帰るべき地元のような人である。
毎日毎日、少しずつ良いことも悪いこともある。時々悩んだりもするけれど、それでも私は誇りを持ってこの宿を背負っていこうと思う。
アワードはきっとただの通過点だ。
けれど、今だけはこの喜びを噛み締めて、これからもけっぱりたいと思う。
fin.
ここまでお読みくださって、本当にありがとうございました。私にとって初めてのお仕事もので、どれくらいの知識を入れたらいいのか迷いながらでしたが、こうして完結出来てホッとしています。
それでは次回もまた別の作品でお会いできますように。
書きたいものがあり過ぎて手が足りないんですけどね(笑) 本当に本当にありがとうございました。
2023.4. 10.間宮芽衣




