俺と言う存在
俺の目の前に現れた女神フィーナとの会話は続く。
中身があるようで無いようで……。こいつは何で、俺の前に出て来たんだ? 本当に暇なのか?
銀髪を短くまとめ、妙にピッタリと体に密着した、テラテラの衣服に身を包んだ美女がこちらを見ている。残念なのは、その身体のラインは平坦で、余り艶めかしい感じがしない事かな。
そんな女性が、金色の瞳をランランと輝かせてこちらを見ている。俺の口から語られる内容に興味が沸いて仕方がないって顔だな。
「今後の事って言うと? レストスの遺跡に行くって話かしら? それとも、テレティの街に行くこと? もしかして、スィノロの町に行く事を考えてるのかしら?」
「……言わなくても分かってんだろう。……もっと、その先の話だよ」
顎に人差し指を当てて、どうにもわざとらしく考える素振りを見せる女神フィーナ。こういった態度を取られると、正直イラっとするんだよな。
ちなみに、彼女の言う「テレティの街」は、最近まで同行していた「四季娘」たちが向かった先だ。あの街は芸術に特化した街で、その道を志す者たちが1度は目指す場所と言っても良いだろう。エスタシオンの面々も、それが理由で向かったに違いない。
そして「スィノロの町」はその逆方向で、フィーアトの街の次の町に当たる。アイフェス大陸の西端に位置していて、トライシオン大陸との玄関口となっている関所の町だな。さらに言えば、そのトライシオン大陸ってのは、後に「魔界」と呼ばれるようになるんだが……それはまだまだ先の話だ。
ただ、俺の言っているのは何もそんな直近の話でも、距離的な問題でもない。
「……俺たちは冒険者だ。危険を冒して旅をし、自分の満足感を高める為に行動している。時には王や貴族からの使命で動く事もあるけど、それさえも納得して行動するだろう」
惚け気味のフィーナへ向けて、俺は説明を再開した。
「すべての行動を、自分の責任として了解する。そこには当然、自分の死さえも含まれている」
まぁ当然の話だが、冒険者ってのはある意味で自由な行動が許されている反面、その結果には誰も責任を負ってくれない。手足を失い、仲間を死なせ、自分の命が消え失せても、全ては自分の責務として圧し掛かって来るんだ。
「その為には、後悔のない判断が必要になる。自分で選んで、自分で決定する。そうでないと、切羽詰まった今際の際に誰かを呪い、間違いなく後悔するだろうからな」
これまた当たり前の話、誰かに決められた冒険の結果、理不尽に自分の納得できない最期を迎えた日にゃあ、恨んでも恨み切れないだろう。
実際、俺の前世の最期と言えばそりゃあもう……酷いもんだったからな。
「ふぅうん……。まぁ……それは当然の話よねぇ。……それで? そんな後悔をして欲しくないから、あの娘たちを鍛えようって事なの?」
「……まぁ、そんなところだ」
ここまでの話を聞けば、流石に俺が何を言いたいのかは、目の前の女神様にだって察する事が出来るんだろう。ただまぁ、どこか興味なさげは表情になっているんだけどな。
「でもねぇ……。後悔させないっていう話なら、それこそあんたが道を示してあげれば良いんじゃないの? あんたはそんな見た目だけど、もう長く冒険者業をこなしてきたはずよ? 以前に使っていた魔法袋には無数のアイテムとお金が入ってるし、あの娘たちをそう簡単に危険に晒さないでしょうし、力尽きる事も無いと思うんだけどね?」
フィーナの言っている事は、恐らくは……正しい。
この世界のほとんどを踏破している俺にしてみれば、どこの何が危険で注意が必要か、そしてそれを回避する最適な方法も当然ながら熟知している。それらを駆使するだけでも、この世界を歩くのに随分と危険は少なくなるだろうな。
更に、それらを補強するように、俺には前世で使っていた魔法袋がある。使いまくっても余りある各種ポーション、各種薬草、各種強化薬、希少な物も含まれた武器防具、アクセサリー云々……。前世で冒険の終盤まで使っていた物が揃っているんだ。これでしくじるなんて、余程の事でもない限りちょっと考えられないな。
「……それも、いつまでも続く訳じゃあないだろう?」
でも、いつも……いつまでも、俺がマリーシェ達の面倒を見続ける事が出来るかと言えば……そんな確証はどこにもない。俺は1人しかいないし、二手に別れればそれだけで俺の目は届かなくなる。
それだけじゃあない。このパーティだって、いつまで一緒に行動するのか知れたものじゃあないからな。
カミーラには、故郷で妹を宿命より解き放つと言う目的があるし、マリーシェ達だってどんな理由で俺の元を離れてゆくか知れないんだ。
その時、自分で最適な判断が下せないなら、その結果はそのまますぐに自分の身に降りかかる。最悪は、即座に死と直面してしまう結末を引き寄せてしまうだろう。
「そうねぇ……。確かにあの娘たちの将来を考えれば、あんたに頼りっぱなしってのは問題があるかもねぇ……」
俺の話を聞いて、フィーナは真面目な顔で考え込んだ素振りを見せた。まぁ実際には、俺たちの行く末なんてこいつには関係ないんだから、どこまで本気で心配してくれているか分かったもんじゃあないんだけどな。
「だけどあんた、マリーシェ達を手放す……おっと、別れる気なんて無いんでしょう?」
こいつ、俺がマリーシェ達を利用しているか、飼っているつもりでいるとでも思ってるのか。まぁ女神であるフィーナにしてみれば、人間の関係性なんて興味が無いだろうし、詳しくもないのかも知れないな。
そして実際、俺の方も彼女たちを利用していないのかと言えば……そんな事は無い。
もっとも、そんな事を言いだしたら元も子もない話なんだが、突き詰めれば、人との付き合いなんて利害関係で成り立っているからな。
「今すぐにマリーシェたちと離れるって訳じゃあ無い。もしも彼女たちが望むなら、可能な限り一緒にいても良い。でも、俺自身が途中でいなくなる可能性がある。彼女たちから離れなければならないかも知れないし、何よりも旅の途中で倒れるかも知れないしな」
「まぁ、簡単に倒れて貰っちゃ困るんだけどね」
割と真面目な話をしているつもりだったんだけど、フィーナからは軽いノリでチャチャを入れられてしまった。もしかしたら、この台詞は本音かもしれないけどな。
「俺だって、簡単にくたばりたくないよ。折角再開された人生で、前回よりもよっぽど順調なんだからな。でも俺の想いと現実は、必ずしも一致しないのもまた……人生だからな」
人生は儘ならない……なんて、こんな見た目が若造の俺が言えば、周囲の年上どもは鼻で笑うんだろうけど……実際の俺の実感は、そのままその通りなんだ。
こうしたい、こうでありたいといくら考えたところで、思い描いた通りには物事は進まない。それどころか、全く真逆の方向に進む事の方が多いってのが実際だろう。
そして、それだけじゃあない。
「だいたい、今回の俺の人生は、俺だけのものじゃあないだろう?」
「……どうゆうこと?」
俺の台詞を聞いて、フィーナは少し驚いた顔で質問してきたんだ。……こいつ、マジでそんな事を聞いてきてるのか?
肝心な事を、当の本人が忘れてどうするんだよ。
「お前が言ったんだろうが。俺はお前の言うところの〝未来担いし者〟とか言う役割をこなさないといけないんじゃあないのか?」
「あ……あぁあ! そうそう、そう!」
この反応、こいつ……本気で忘れてたんじゃなかろうか? 確か、結構重要な役回りっぽい事を言っていた気がするんだけどな。
「その為には、確かもう一回『勇者』の職業を獲得しなきゃならないんだろ?」
「ううぅん……そう……ねぇ……」
なんだ、これ? やけに煮え切らない返事だな。
以前にこいつが口にした台詞から、わりと大事な話だとは思うんだけど、そんな事はないのかな?
「別に拘らなくていいなら、俺はもう少し自由に、軽く行動しようと思ってるんだけどな」
「えっ⁉ そうなの⁉」
なんでこいつが驚くんだよ。少し考えれば、その理由も分かるだろう。
「そりゃあ、そうだろ? 何も無理に冒険を進める必要なんてないし、そこそこのレベルとランクで、出来るだけ安全にお金を稼いで、不自由のない暮らしを送れば良いんだから。特に俺の立場なら、もうすでに働かなくても生きて行けるだけの資金もあるしな」
冒険者業なんて、それがどれだけ簡単と思われるものだって、必ずしも危険ではないって話じゃあないんだ。森に入れば魔物と遭遇するだろうし、そうでなくとも人との争いに巻き込まれるかもしれない。実際今までも、すでにそんな事案に巻き込まれているしな。
だから本音で言えば、どこか人知れずひっそりとした場所で、のんびりとした生活を送りたいんだ。
「ううぅん……。本当は今話すべきじゃないんだけど……。まぁ……良いわ」
俺の話を聞いて、なんだかハッキリしないフィーナは、それでも漸く決めたと言わんばかりの台詞を口にした。いつもと違って、こうも曖昧な話し方をするフィーナも珍しいと言うか……初めてじゃないか?
「あんたがさっき言った『勇者』の職業についてだけど……。あんたは既に前世で『勇者』を習得しているから、今回の取得は絶対じゃないの、良かったわね」
「……はぁ?」
フィーナの話を聞いて、俺は思わずバカみたいな声を出してしまったんだ。
前世で、最後に俺が就いていた職業……「勇者」。
割と重要な職業だと思っていたんだけど……そうじゃないのか?




