閑暇な女神
出発を翌日に控えて、俺たちは早く休む事にした。
その夜の事……俺の夢の中に、あいつが現れたんだ。
いや……俺が呼び出されたと言うべきか?
明日はいよいよ、レストスの遺跡へ向けて出発だ。目的はもちろん、石化鳥ペードラ・ラバスの肉。コシネロの希望する食材を求めての冒険となる。
そういった理由で、俺たちは早々に寝床へと着いた訳だが。
「……またここか」
気が付くと俺は、真っ暗闇の中にいた。いや、それは正確じゃあないな。遥か前方に、小さな点のような光が見えるんだから。
そして俺は、この場所を知っている。厳密にいえば、数回はここを訪れている見知った場所だと言っていい。
だから俺は、特に警戒する事も思案する訳でもなく、その小さな光へと足を向けたんだ。
小さな光はどんどん大きくなり、俺のいた場所が実は洞窟だった事を分からせた。光は、その洞窟の出口を指していたのだ。
そしてその光源だが……それは日光によるものではなかった。もちろん、月光でもない。その正体は、信じられないくらい広い空間に描かれた、考えられないくらい大きく、理解し難いほどに精緻に仕上げられた魔法陣が発する光だったんだ。
最初に来た時は俺も驚いて足を止めたもんだけど、流石に何度も見れば興味も薄れる。俺はやはり何も考えず、警戒するでもなくその魔法陣の中心に向かって歩を進めたんだ。
「ようこそおいで下さいました、アレックス=レンブランド様」
魔法陣の中央には、球体を真横に切ったような物体があり、どんな原理か分からないけど、それがフヨフヨと宙に浮いている。その半球体は中央が繰り抜かれた構造になっているらしく、そこに1人の女性が入り込み、俺に柔らかな笑みを向けていたんだ。
まず目につくのは、その長い長い金色の髪だろう。幾つもの大きめにカールされた髪はかなりの長さで、半球体から溢れて地面に裾野を広げていた。
整った輪郭にスッと通る小さな鼻、瑞々しい唇、細い眉。でも一番目を引くのは、爛々と輝く金色の瞳だろう。慈愛に満ちていると錯覚するほどに、その瞳は柔らかく俺の方を見つめていた。
一目見て、この人物が同じ人族ではないと思わせられるのだが……俺は、この人物が誰なのかを、当の昔に知っている。
「またその件をするのか? 面倒だから、早く素に戻れよ」
神々しいと評しても問題がない女性に向けて、俺はやや横柄な口調で告げた。実際、すでに何度も彼女と会っており、今更面倒なやり取りをするつもりもないからな。
「……はああぁぁあ」
そんな俺の台詞を聞いて、目の前の女性「女神フェスティーナ=マテリアルクローン=プロトタイプ=Mk8」通称フィーナは、それまでの厳かな雰囲気をいともあっさりかなぐり捨てて、わざとらしく大きな溜息をついて落胆して見せた。いや、俺の方がため息をつきたいよ。
「ほんっとうに面白みのない男ねぇ……アレク?」
あっさりと本性を顕わにしたフィーナは、あきれた表情を俺に向けると共に立ち上がり、それと同時に美しい金髪を脱ぎ去った。言うまでもなくこれはカツラ……ウィッグだ。
金髪のウィッグを取った彼女は見事な銀髪で、髪も短く切り揃えられてどちらかと言えば少年みたいだ。
立ち上がった事で全身が見える訳だけど、見た目通り凹凸は少なくスラっとしていて、一見するだけだと女性には見えない。衣服の素材は分からないけど、なんだか光沢を放つ全身にぴったりと張り付いた物を身に着けていた。
「毎回この茶番に付き合わされる俺の身にもなれよ。だいたい、ここに呼び出したりそうでなかったり、一貫性がなさ過ぎて俺の方が呆れるってもんだ」
実際フィーナは、こうしてこの地……再開を行う場に俺を呼び出す事もあれば、まるで白昼夢の様に現れたりもする。今更って感じしかしない事に付き合わされるのは勘弁願いたいからな。
「それはあんたが、無茶をして緊急性があった場合だからでしょ! だいたい私だって、暇じゃないんだからね!」
「だったら回りくどい真似しないで、用件だけを言えばいいだろうが」
「それはそれ、遊び心ってやつよ」
どうにもフィーナの本性は、女神としての威厳からかけ離れているな。どちらかと言えば、話しやすい女友達みたいに感じる。
もっともそれも、初体面からのやり取りがあっての事なんだけどな。
「それで、そのお忙しい女神さまが、今回は何のご用件で?」
実際彼女は、性格や喋り口調はともかくとして……女神だ。俺達には及びもつかない使命を帯びている可能性も……なくは無いんだろうけど。
「……え? んん……まぁ? 暇だったから?」
「……暇なんじゃねぇか」
そうでもなかったらしい。まぁ以前に話を聞く限りでは、それぞれに担当なり役目があるんだろうから、それが無い時は手が空くんだろうな。
ちなみに今の俺が知る限り、フィーナの役目は「記録」した者を「再開」させる案内人らしい。現状じゃあここを訪れる者も少ないだろうから、そりゃあ暇だろうな。
「それよりも、今回の依頼を受けた真意が知りたいなぁってね」
「今回の以来って……コシネロの食材探しか?」
「ええ、そう。あんたにしては、こんな依頼を受けるなんてと思ってね。だって、あんたの旅には関係ないでしょ? 報酬も大した事ないようだし」
なんだよ、本当に暇なんだな。内容までしっかり把握済みじゃねぇか。
確かに、今回この依頼を受けたのには、実は俺なりに理由がある。その訳をマリーシェたちに話すと混乱が生じるだろうから、とりあえずは黙っているんだけどね。
「……マリーシェたちには、経験が足りない」
もっとも、ここでこのフィーナに真実を話したところで、彼女たちに知れる事は無い。だから俺も、隠す事無く胸中を話せるんだけどな。
「あら、そうかしら? この世界の一般に照らせば、彼女たちはレベルも、そしてランクも信じられないくらいに早く上がっているわよ? レベルが上がるって事は、それだけ経験を積んでいるって考えられるけど?」
フィーナの疑問はもっともなんだけど、いやらしいのはその意図を知った上で俺の口から離させようとしているところだろう。その証拠に、彼女の口元はニマニマと厭らしい笑みを浮かべている。言うなれば、今の俺は揶揄われている感じだ。
「まぁ確かに俺は、前回の人生で得た経験を活かして、効率よく且つ安全にレベル上げをしてきた。レベルが上がれば強さも上がるこの世界だと、その方が結果として早く先に進めるからな」
女神フェスティスの恩恵の最たるものであるこの「レベル」は、冒険者にはなくてはならないものになっている。レベルの恩恵があるからこそ、魔物とも同等以上に戦えるんだからな。逆にいえば、これが無ければ人の身で魔物と渡り合おうなんて自殺行為も甚だしい。
これまで俺は、派手な冒険や地下迷宮攻略を極力控えて、堅実かつ迅速にレベルが上がるように行動してきた。マリーシェたちにも要望はあっただろうけど、実際レベルが上がって強さを実感できれば、そんな不満もある程度は解消されるだろうからな。
「なら、それを続ければ良いんじゃない? わざわざ力試しをするような依頼を受けて、仲間を危険に晒すような行動は、あなたの考えに反するんじゃないの?」
これもまたもっともな質問なのだが、返答を知ってるくせに質問するその意地悪さを何とかしろよな。
別に、フィーナに俺の心中を察する能力がある訳じゃあない……多分。少し上位者からの視線で考えれば分かるって話なんだよ。
「分かってるんだろうけど、経験ってのはレベルだけの話じゃないからな。彼女たちは……俺に頼り過ぎていると思ったんだ」
まぁ、ここまでくればフィーナの茶番に付き合ってやるさ。俺も誰かの意見は聞きたかったし、彼女は本当に暇そうだからな。大して助けてくれているって訳じゃあないんだけど、それでも世話になっているのに違いないしな。
「あら? 頼られるのが嫌なの?」
「嫌な訳じゃあない。ただ、今後の事を考えると……な」
だから俺は、珍しく正直な考えを彼女へと吐露する事にしたんだ。
本当に暇つぶしなんだろうフィーナの質問に、俺は素直に応えてやることにした。
実際、現実では誰にも相談できないし、何よりも彼女に話したところで誰にも知られないからな。




