水の如く
翌日。練習場所の件をヘイルに伝えて了承を得ると、約束通り放課後から練習を開始した。勿論リーナも一緒にいる。場所は男子寮の裏手に広がる森。俺も男子寮を使ってはいるものの、寮の外を探索したことなど無く森が広がっている事は知らなかった。
「練習とは言ったものの何から始めればいいんだ?」
「そうですね。まずは私が何をしているのかを理解してもらうことが先決でしょうか」
「大体何やってるかは分かるぞ」
「大体ではなくちゃんと分かってください。そうですね、ロージスさんはゆっくりと剣を振り下ろしてください」
「昨日の授業と同じ感じで良いのか?」
「はい。それに対して私が剣を合わせますのでどのようにしているのかを目で見て覚えてください。こればっかりは言葉で説明するのは難しいので」
「分かった」
俺とヘイルを少し遠くの方で木に寄りかかりながらリーナが見ている。何を思って此方を見つめているのか分からないが目線を逸らすこともせず2人を見つめてくるだけ。話しかけてくることもなく、なにか行動を起こすこともなく傍観をしている。
リーナの行動は一旦置いておき、ヘイルと向き合う。その構えは昨日の授業と同じ構え。他の生徒ならば攻めてくる気配が僅かばかりは感じられるのだが、ヘイルからは自分から攻めてくるという気概は見えない。ただ淡々と相手の動きを見てそれに合わせるために集中している。
呼吸を整えて意識をヘイルと対峙をさせる。ヘイルの体を斬るイメージを頭に浮かべ、剣をゆっくりと振り上げてから振り下ろす。素早く振り下ろす場合は剣の重さや重力も使っているため、緩やかに振り下ろす際は別の筋肉を使っている感じがした。
リーナの剣が軽いため、このような剣の振り方も修正しなければいけない。
空気を切る音も無く、俺の木剣はヘイルの身体に吸い込まれる。授業の時と同じように斜めに振り下ろされる俺の木剣の軌道に沿うようにヘイルは剣を傾ける。
この感覚。水の中で剣を振るうような、自分の力を別の方向へと変えられている感覚。力を込めて剣を振る俺に対してヘイルは剣を添えるだけで此方の流れを断ち切る。
ヘイルの剣を滑り落ちるように俺の剣は流れ、そのまま地面にぶつかり動きを止めた。
「どうでしたか?」
「どうでしたがって言われても昨日と同じ感じだけど」
「ロージスさんの意識の問題です。ちゃんと何をされているのか理解してから行うことに意味があります」
「そうだな。何をしているかは分かったし、何をされているかも分かった。受け流し方も単純。俺の力の方向に合わせて剣を傾けて流している」
「そうです。ロージスさんが私に教わりたいのはこの技ですよね?」
「ああ。でも今やって思ったけどそんなに簡単にできることじゃないだろ?」
「当たり前です。私の我流ですから」
一閃交えただけだったが初日はそれで終わりにするらしく、ヘイルはリーナの元へと向かって行ってしまった。その後を追うように俺もリーナの元へと向かう。
放課後とはいえまだ日は高く、葉の隙間から太陽の光が地面を照らしている。爽やかに吹く春の風はリーナの白髮を揺らしていた。
「リーナさん。お待たせしました」
「今日はもう終わり?」
「はい。最初ですし何合も打ち合ったところですぐにできるものでもありませんので」
「そう。ロージスはどうだった?」
首の角度を変えるだけで俺の方へと目線を向ける。リーナはずっと見ていたから何が起こっていたかは分かっているはずだ。それでも敢えて俺に聞くということはそれに意味があるのだろう。
何もわからないというのが本音だが、出来ないとは口が裂けても言えない。俺たちが目指す先には完璧ではなくともヘイルの使う技は必要となる……はず。少なくとも無駄にはならない。リーナの力が絶対的では無くなる可能性もあり、その時には他の方法を使わなければならないだろう。そうなった時の選択肢は多いほうが良い。
そして何よりも一番大きな理由。
リーナにダサいところは余り見せなくない。弱みを見せることは出来ても、俺の思う格好悪いところは見せたくないのだ。
「正直できるかはわからねぇ。でもやる価値はある。俺たちの力には絶対になる気がするんだ」
「私が見た感じロージスとヘイルの剣技は相性がいい」
「どういうことだ?」
「ロージスは意外と自分から動くことはない。相手の様子を伺ったり、相手が動くまで待つ性格。だからヘイルの剣技は相性がいいと思う」
言われてみれば俺の行動は最初から自分で動くことは少なかった。家にいたときも親からの期待を得るためだった。ソロンと戦ったときも相手の攻撃を見てから行動に移そうとしていた。
自分では案外分からないことだったがリーナに言われることで初めて気が付いた。自分では見えない自分のことは他人の目を通すことで初めて気が付くのだ。
「性格、というのかは案外大切かもしれません」
「そうなのか?」
「例えばせっかちな人に待ちの剣技は合いません。反対に普段自己主張が激しくない人には自分から攻めていく剣技は合わないでしょう」
「言われれば確かにそうだな」
「ロージスは慎重。でもそこから一転して前に出る事もできる。だからその剣技と私を上手く使うことは出来ると思う」
「リーナからそう言われればそんな気がしてきた」
「そういうのは人に流されるのではなく自分で決めるものですよ」
「俺とリーナの2人で決めたんだよ。相談したって考えてくれ」
俺たちの先に関することは2人で相談することに決めている。俺たちの力を効率的に使うためにも俺が出来るかの相談をしたのだ。
ヘイルにはリーナの物言いにも慣れてもらいたい。言葉足らずだがしっかりと考えているのだ。
「そうでしたか。申し訳ありません」
「そこまでのことじゃない」
「俺たちは自分たちの未来に関わることとか相談が必要だと思ったことは2人で決めることにしてるんだよ」
「それは素晴らしいことだと思います」
「私達に分からないことがあったらヘイルにも聞くかもしれない。力になってくれる?」
リーナは俺が思っているよりもヘイルのことを信頼しているようだ。優しそうに見えるバレットにもここまで懐いていなかった。リーナとヘイルは昨日初めて会話をしたような仲のはずだが、敵愾心を孕むこともなく興味がないこともない。俺に向けている感情とは別の信頼を持っていることが伝わってくる。
何故そうなっているのか分からないが俺自身ヘイルのことをまだ良く知らない。知らないことには信頼もできない。今も最低限信用はしているが。
「なぁヘイル」
「なんですか?」
「ヘイルの技の修行は明日からでもいい。普通に俺の剣の練習に今から付き合ってくれないか?」
少しだけ驚いた顔を見せた痕、ヘイルはニッコリと頬笑んだ。
「喜んで。きっとロージスさんにはそれが大切なことなのでしょう」
ヘイルがどうして俺に良くしてくれているのか分からないがその優しさが俺たちをきっと強くしてくれる。




