争い
電話を切ったルークはスマホを左手に移し、空いた右手で棍棒を握る。
そして何のためらいも無く、仲間であるはずのファルナに向かって、槍投げの要領で棍棒を放った。
その一閃は少しの放物線も描かずにファルナの体めがけて突き進んで行った。
バベルは一度持ったことがあるからわかる。
骨でできた枝が絡まり、そこを汚れた鉄でコーティングしたかのような、一見すると空洞が多く、大して重くなさそうな見た目。
だが片手ではとても持ちあげられず、引きずる形でないと運べなかった。その重さは大体、太った大型犬一匹分。
それ程の質量が、手に収まるサイズのボールでしか出せないような速度で飛んでいくのだ。当たればただじゃ済まないだろう。
「あぶなっ――」
避けようとしても意味がないほどに、その無機質な一撃は速く、それでいて正確だった。
そのまま、瞬き一回分の時間も取らずに、それはファルナのポンチョへと激突した。
「ギャッ……! アァァ~~!!」
当たった瞬間体が弾け飛んでもおかしくない威力だったが、幸い、致命的な勢いで吹き飛ばされ、射線上に存在した廃車の中へと叩きつけられる程度に留まった。
死にはしたが、形は保たれただろう。
「あぁ、死んだ……。よかった、仲良くなる前で」
人が殺される瞬間も、人が死んだ姿も、バベルは見たことが無い。画面越しでもだ。当然、『だから一度は見ておこう』なんて好奇心が湧くこともない。
ただ事実、自分の命はたった今、一人の少女の犠牲があってこそになった。これはきっとこれからも背負い続けることになるであろう。
徐々に押し寄せる命の重圧を感じながら、バベルは彼女に向かって手を合わせた。
「何してるんだ?」
後ろから聞こえたルークの声はひどく落ち着いていた。
悲壮感も、人を殺した罪悪感も感じられない今まで通りの声。とても人を殺した直後とは思えない。
「尊い犠牲に感謝を捧げてる」
「縁起でもない……。俺は別に殺すつもりで投げたんじゃないぞ。ほら、見てろ」
「……?」
何かあるのかと、バベルはルークが指した方向を見るが、そこにあるのはグシャグシャになった車と、推定だが、人間の無残な死体だ。
あれでくたばり損なったなんて無理がある。
実際……そこから本当に変化がない。
「……見ずとも、確実に逝ってることはわかるよ」
「いや、ちょっと待ってくれ。ファルナ? おーい、おかしいな、ファル――」
情けなくなり始めたルークの声。想定とは少し違ったようだが、幸い、よぎった最悪の結末に至ることはなかった。
「――だアァ!!」
突然、廃車のドアが中から蹴り破られる。一緒に飛び出たその声は、死とは程遠い、元気で、健全で、ただひたすらな怒号だった。
「おぉっ、よかった! 見たかバベル、言っただろ。殺すつもりで投げたんじゃない、アレがモジュールだ、死なないって分かってた」
「ああ、言ってたやつ? へーあれがね……。本当だわ、すごい、元気そう! ――あ、ちょっと待って、あれって俺たちもできるの?」
「――え?」
車から出てきたファルナは、なぜか揺らいで見えた。オーラとでも言うのだろうか、怒りの感情が中に留まりきらず、滲み出てきてしまったかのような。
いや、気のせいなのだろう。そう見えたのは、きっとファルナがこちらに銃を向けているからだ。
「あ」
――あれは殺意だ。
控えめな銃声が2発、廃墟の街に響いた。
目では追えなかったが、感触でバベルは理解していた。飛んでくる弾丸を防ごうとレヴィの針金が袖から飛び出したのだ。
直後訪れたのは、針金を伝う確かな手ごたえ、そして弾け飛ぶかのような、顔全体を覆う激痛だった。
「ゴヴォ!」 「げぶぇっ!?」
ルークも同じものを食らったようだ、二人して溺れた時のような声を上げ悶絶する。
痛みとは別に、顔を覆う冷たい感覚。発砲されたにも関わらず、ただの激痛で済んでいる。
どうやら飛んできたのは弾丸ではなく液体のようだ、なんの変哲もないただの水。レヴィで防げなかったのはこのせいだろう。
「ガァッ……ゲッホ! 痛っだっ!? 顔……痛た!?」
だが、水鉄砲にしては威力が少し過激すぎる。それに、ファルナが握っていたのは拳銃ほどのサイズだった。あの威力の水を放てるとは思えない。
アレはレヴィやクローラーと同じく、自分の持つ常識じゃ語れない超常的な何かなのではないかという考えがバベルの中でよぎった。
「ゲホッ……! エホッ……!」
「ゴッホ……! ま、待てファルナ、落ち着け!」
「落ち着いてるよ、落ち着いてこれだよ。いきなりあんな物騒な……、信じらんないわ……!」
凶悪な水鉄砲を握り、ファルナは二人の元へと距離を詰めていく。
場合によってはもう一度撃たれてしまうだろう。それが嫌なのか、ルークは必死に弁明を行い、何とか場を収めようとする。
バベルは痛みに悶えるフリをしながら、さりげなく電柱の影に隠れた。
「悪かった。言うのが遅かった。バベルは……天蓋について何も知らないんだ。常識が無い」
「はい? 常識は『知らない』で済まされないだろ」
「ごもっともだ、でもそういうことじゃない。バベルの知る常識は俺たちの知るものとは別なんだ。バベルは――別の場所から来た。そうだよな?」
電柱から恐る恐る顔を出し、バベルは応えた。
「ま、まぁ、一応。タイムスリップとかパラレルワールドが近しい状況だよ、ここが未来なのか別世界なのかわからないけど。少なくとも俺が元々いた場所では天蓋やらクローラーやらは無かった。モジュールってやつも」
「……」
「そうなんだ。目の前であのクローラーを出したのも悪意があっての事じゃない。常識のすり合わせができてないだけだ、いい奴だよ。そうだ、クローラーの方は今のところ敵意が見られないから様子を見てる状況だ。名前はレヴィ・ヴァイヤー、バベルが付けた」
「……」
いくら天蓋やモジュールと呼ばれる超常的なものがあっても、タイムスリップやパラレルワールドは受け入れられるのだろうか。
それにレヴィに関しては、恐らくこの世界でも珍しい存在、不安要素の塊のはずだ。
沈黙の最中、ファルナは何かを考えているかのような素振りを見せる。信じようとしているのか、はたまた引き金を引くかどうかで迷っているのか。
「あぁ~……」
どうやら答えが出たようだ。
二人は息をのみ、彼女の判断を見届ける。
「ならこうか……」
小さくつぶやいたかと思うと、ファルナはルークに銃を向け、再び水の塊を発射した。
「ガャボッ!!」
「ルーク! そんな! 何故?!」
「ぐぉお……! は、鼻に入った……!!」
「真偽や詳細はともかく、バベルの事情はわかった」
行動に反して、ファルナの態度は冷静なものに見えた。が、これはすぐに覆ることになる。
彼女の発言から考えるに、ルークの言ったことを馬鹿馬鹿しいとして一蹴したわけではないのだろう。
ならどうしてこんなことをしたのか、その理由は至極当然ともいえる内容だった。
「でもそういうのは最初に共有してよ! 危うくバベル諸共吹き飛ばしかけたけど?! てかクローラー目の前に出された時の気持ちわかる? あの恐ろしさを!」
先ほどまでの冷静さを完全に失い、ファルナはルークに向かって怒声を浴びせた。
確かに、事前に共有がされていればこんなことにはならなかったのかもしれない。
だが、全てがルークのせいにはならないだろう。
彼はバベルに、この世界の――言うなればチュートリアルを行っていた。その途中で車の大破音が聞こえ、ルークは駆け付けた。そして絶望した。
できもしないのにに運転を試みたファルナにも非がある。
「いや、元はと言えば車壊したお前が悪いんじゃ――」
「んなことない、ってか関係ない! トランシーバーもあるんだぞ! 報告はできたはずだ!」
「違う……! ある程度情報がまとまってたら俺もそうした! でもバベルに色々と説明してたのにお前が事故を起こしたから、切り上げて急いでここに来たんだ!」
「うぐ! あ、待てよ、だとしても私にあの棒投げつけた時、私がモジュール使ってないかどうかの確証はあった!? ないなら人殺しといっても差し支えない行為だよ! 一回しか機能しないって知ってるよね!」
「……おっと」
「あぁぁぁ~……!! 信じられない! 考えも無しに殺しにかかるなんて! 直前で事故を起こしてるって言うのに! その時に使ってるかもしれないのに!」
「だからその状況がすでに……あぁ、いや! も、もちろん確証はあった! 嘘じゃない本当だ。ファルナの実力ならどうせ使うことなく切り抜けたんだろうと思ったんだ!」
「お世辞で喜ぶほど私の精神性は子供じゃない! 同時に! これを笑って許せるほど私の精神性は大人じゃない!」
「~~~~~!! ~~! ~~~~~!」
「~~~!! ~~~~~!」
言い争う二人と少し距離を取り、バベルは瓦礫に腰かけた。
アレは決着がつかない喧嘩だ。どちらともに非があり、どちらともに非が無い。お互いに、ただ少しだけ運が悪かっただけだ。
――いいや、そうはいかない。
(……そっか。俺がファルナの前で、考えなしにレヴィ出してなければこんなことなってないか)
「なはは、じゃあ悪いの俺じゃん」




