アジトへ
「――ん?」
後ろの二人の喧嘩とは別で、道路の奥から何やら音が聞こえた。エンジンの排気音のようだ、徐々に騒がしくなっていく。
バベルが目を凝らすと、バイクに乗った人間のシルエットが近づいて来ていることに気づいた。バイクの方は側車付きの三輪、サイドカーと呼ばれるものだろう。
「ちょっと! 誰か来たけど?」
「え?」
「うん?」
幸い、呼びかけには応じた。
バベルは、お互いに肩や肘で牽制しようとする二人の間に入り、向かってきているシルエットを指差す。
その姿を確認した二人は、共通して同じ名前を口にした。
「あぁ、トルニか」
「トルニじゃん、なんで?」
「俺が呼んだんだ、車直してもらおうと思って。」
知り合いのようだ。『呼んだ』ということは、あれが先ほどルークがスマホで話していた相手だろうか。
「直す……? あのレベルはさすがに無理そうじゃない?」
「今一番悲しい言葉がそれなんだ、やめてくれ」
気づくと二人の言い合いはルークの傷心で終わっていた。
ファルナの言う通り、普通に考えればあの車を直すのは不可能だ。だがバベルの知る普通はここでは通じない。不確かだが、可能性があるのだろう。
――そんなことよりも、ここに来て3人目の人類。ルークとファルナのファーストコンタクトはいいものではなかった。ファルナに関しては2度目でもあの様だ。またひと悶着起きるのではと、バベルは不安になる。
「あの人は……大丈夫な人?」
「ん? あぁ、心配ない。人でもクローラーでも、やられてから動くタイプだからな。今はまだ警戒すらされてないと思うぞ」
「一応地雷あるけど、ここなら大丈夫」
余計な一言で不安が生まれたが、大丈夫ということなら信じるしかない。少なくとも『力で解決』を最初から選ぶような人間ではないのだろう。
サイドカーはファルナが叩きつけられた車の辺りで止まり、運転手は三人がいる方へ手を振ってきた。一応、バベルも小さく手を振り返す。
「来てやったわよー」
女性の声だった。ヘルメットを脱ぐと、中から出てきたのは声に合った金髪の若い女性。どこの血だろうか、恐らく髪は染めた物ではなく本物のブロンドヘアーだ。
トルニは、ルークにサイドカーから抜いた鍵を投げ渡し、ヘルメットを側車に積まれていたポリタンクと持ち替える。
そして、遠目で大破した車の容体を確認すると、想像以上の損壊具合だったのか笑みをこぼした。
「はは、引きで見るとだいぶ悲惨ね。さて、あーと?」
車の次に目を向けられたのはバベルだった。バベル本人はルークが誰かと電話していたという事実しか知らないが、トルニはルークから少しだけバベルについて聞いている。
バベルが居るにも関わらず、困惑した様子が無いのはそれが理由だろう。
「バベルです。どうも」
トルニの身長は女性にしては高く、大体170cm程、対してバベルは160手前。少し威圧感を覚えたが、バベルは名前を言い終えた後に、試しに手を伸ばし握手を求めてみた。
するとトルニは拒む様子もなく当然の握り返し、自らも名前を名乗った。
「どうも、私はトルニ・ルスアドラ。話はほんの少しだけルークから聞いたけど……、ほとんど合ってないわね……」
「……どんな内容言ったの?」
「えっと……、お前何歳だ?」
「え?」
今までの下手をすれば血が流れる世紀末様式とは違う。
バベルにとって、久々とも言える人間らしいまともな交流。当たり前にこれほどの価値を感じたことは無かった。
「ん? 何かいる……あ、特殊なクローラーってこれ?」
と思ったのも束の間、トルニは袖の中に居るレヴィを発見した。
しかし、そこまで驚いた様子はなく、珍しいものを見た程度の反応しか見せない。
「名前はレヴィ・ヴァイヤー。見ての通り、人間に対する敵意が無い」
ルークはトルニがその反応を見せることを最初から分かっていたかのように、レヴィについての情報を共有する。
どうやらトルニは最初からレヴィに対する恐れや警戒心は無く、あるのは興味だけらしい。
「一応全体にいるけど」
それならと思い、バベルはカーディガンの裏地に張り付いた針金と二つの鉄片を見せた。
「……これどうなってるの? ワイヤーが張り巡らされて――乗っ取られたりしてない?」
怖いことを言い始めた。見せたことを少し後悔する。
「ええっと構成しているのはこの二つの……目? とワイヤーのみ、シンプルね。まぁ、詳しく調べたいところだけど、アレ直さなくちゃだから……。二人は一旦先帰っててもらえる? バベルも、たぶん行くとこ無いでしょ? 泊ってもいいわよ、嫌じゃないならだけど」
もとよりそのつもりだったことをバベルは少し恥じた。
現状、自分の家に帰れるかどうか、そもそも残っているのか、残ってたとしてもそれが今も自分の家なのかすら怪しい。
もしこのまま日が暮れて、ルーク達に手を振られてしまったらどうしようと悩んでいたところだ。
「はい、是非」
言葉に甘える以外の選択肢は無いだろう。
「迎えは?」
「あれなんとか動かして帰る。あ、そのクローラーの残骸は置いてって、直すのに使えそう」
トルニはそう言い、名残惜しそうに何度かレヴィをつついた後、ポリタンクとクローラーの残骸を持って大破した車を詳しく調べ始めた。
工具などは持ってきていない様子だが、本当に直せるのだろうか。
「バベルどっち座る?」
そんな疑問が浮かんだ頃、後ろから籠ったファルナの声で呼びかけられた。
いつの間にか初めて会った時に被っていたヘルメットを着けている。バベルがトルニと話している間に車の中から回収していたようだ。
ファルナの質問は、バイクの方か側車の方、座りたい方を選べと言うものだった。と言ってもそれは雰囲気だけ、既に彼女は荷物と共に側車側に座っている。
バベルは側車を選んだ。
「――よし、行くか」
ファルナとルークとっては帰路、バベルにとっては往路。
ルークがエンジンをかけ発進すると、走行の音も相まって何も聞こえなくなる。
移動中になんとなくでしか理解できていない情報を掘り下げておきたかったがダメそうだ。未だにこの世界がどうなっているのかわからない。
しかし自分だけで考えてもしかたないと諦め、バベルは目的地に着くまで、この荒廃した街を再度眺めることにした。
流れる景色は今まで見てきたものと大して変わらない。草木に覆われたビル群、陥没した道路にたまった水、かつては何かだった錆色の残骸。
非日常的であり、幻想的でもあるこの場所だが、バベルにとってはまだ少し窮屈で、少し慣れなかった。
何よりも、街の景色にずっと違和感がある。何かが足りないような――
「着いた」
「はやっ」
意外にも移動は数分で終わり、早くも彼らの家――なのだろうか、に着いた。
見た目は家というよりも、アジトや隠れ家と呼びたい雰囲気だ。
それもそのはず、ここはまだ天蓋の中。目の前の建物は周りの廃墟と同様、ツタやひびに塗れていた。
違う点で言えば、窓が割れていないのと、ひび割れ以上の損壊が見当たらないくらいだろうか。
「これが~……家?」
「外面がアレだから全員アジトって呼んでるよ」
「あぁ、まぁ、うん、わかる」
「安心しろ、外見はこんなだが中は普通だ。ほら、入れ」
ルークに招かれ、バベルは彼らのアジトにお邪魔する。
入って早速だが、玄関と廊下の境界が無かった。どのタイミングで靴を脱げばいいのかと一瞬迷ったが、脱ぐ素振りすら見せない二人を見て察した。どうやらここは土足らしい。
「靴脱がないんだ」
「馴染みないか? 自分の部屋とカーペットの上では脱ぐぞ」
扉を挟まず、右側にはリビングと思われる空間、左にはカウンター式のキッチンがあった。
リビングのテーブルやソファ、テレビなどの家具、キッチンの冷蔵庫や調理機械全般、どれも現代的でみすぼらしさなどは感じない。
リビングの上はロフトになっており、矩形の窓が一つ、あとは壁に囲われている。横に付いている幅の狭いスケルトン階段から登るようだ。
アジトはかなり広く、天井も高い。正面と左には廊下があり、複数の部屋が確認できる。
「おぉ~」
「意外といいでしょ」
壁は全面打ちっぱなしコンクリート、そこにはエアコンも設置されていた。他の家電や、キッチンの蛇口、コンロも含め、さすがに形だけというわけではないはず。
「この家電とかって――」
「なんと動く。生活インフラ完備だ。電気、ガス、水道、全部天蓋の外から無理やり引っ張って来てる」
「あぁ、ならやっぱり」
薄々気づいていたが、恐らく世界中の文明が滅んだというのはバベルの勘違いだ。
このアジトの中にあるもの全てが過去の遺物を再利用した物とは考えにくい。スマホだってあった。
天蓋にまつわる概念以外は、バベルの元いた時代と大して変わらない可能性がある。
今まで質問の機会を何度もハプニングに奪われてきたが、そろそろ明らかにしていいだろう。
「――やっぱり文明って残ってるの? 滅んだものかと思ってたんだけど、全世界諸共」
「あぁ、もちろん。滅んでるのは天蓋の中だけで、天蓋の外は別だ。廃墟地帯を抜ければ普通に文明社会が広がってる」
「この辺りは山だから、街まで行くのに車で2時間くらいかかるけどね。それがめんどくさいから天蓋に住んでんの」
やはり、あくまでこの廃墟地帯は局所的な物。この時代の文明が滅んでできた物ではないらしい、であれば一体この場所どこから来たのだろう。
いや、この時代にしかない概念について深めるのは後回しにした方がいい。現状についてもっと詳しく知る方が先決だ。
「街あるんだ、名前は?」
「ディアンファグ」
とても日本とは思えないあまりにもカタカナすぎる名前だ。
時代の変化によるものだろうか、バベルがいた時代から存在していたとは思えない。
「変わった名前……、日本らしくないね」
「ん……?」
日本らしくないという言葉を聞いて、なぜかファルナは首をかしげてしまった。
これはもっと前の段階から気づけたことだが――、バベルの勘違いは一つだけではない。
「あぁ。ここドイツだぞ」
「え――?」




