表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/172

50. 生きる理由 後編

※主人公のモノローグが酷いので注意。

 自殺が失敗してから、テレーズは冷静になって考えた。


 弟までもが亡くなった今、自分がタンプル塔にいる意味はない。一日でも早く、こんな場所から出ていきたい。

 だが問題行動を起こせば、出られる可能性がさらに無くなってしまう。

 ならば従順さを装って「良い子」でいる。

 そう考え直し、自ら命を絶つことを諦めた。


 元より、このたびの一件で思い知った。自分の命を自分で終わらせることは難しいのだと。




 体調が回復した後、これまでの生活リズムを取り戻した。

 ルネットの授業も再開した。


「三色旗の青、白、赤は、それぞれに意味がある。青は自由、白は平等、赤は友愛」


 テレーズは、指示された文章を読み上げている。


 感情を殺して平静を装っている。本当は、内容に異議を唱えたくて仕方がない。テキストを破り捨ててしまいたい。

 だがそんなことはしない。子供の頃から培ってきた忍耐力は健在している。


(白は平等だなんて、いかにも革命家が言いそうなことだわ)


 ブルボン王家の象徴だった色。それに平等という意味をあてがうのだから。

 また他にも、


(なにが友愛よ。血の色の間違いでしょう)


 友愛とは、自分たちが同胞だと認めている相手に対する仲間意識のことだ。


 テレーズから言わせれば、この国の人間は、殺戮を繰り返してきた野蛮人。

 そんな連中の同胞呼ばわりされるなど、こちらから願い下げだ。


(虐殺と生首から生まれた国)


 心の中でこう思っても、決して口には出さない。





 秋になる頃、懐かしい人々との対面が叶った。


 タンプル塔にやって来たのは、三人の女性。母に仕えていた女官と、テレーズに仕えていた女官、そして養育係。

 みな最後に見た時から変わっておらず、元気そうだ。


 彼女たちを迎え入れると、いつもの部屋が狭く感じられた。

 テレーズとルネットと女官たち。この空間に女性ばかり五人というのも、何やら不思議な光景だ。


 テレーズが話し始めると、女官たちはにわかに顔を曇らせ、その声はどうしたのだと問うた。


 しゃがれた声になった理由は、テレーズ自身にも分からない。何ヶ月も声を出していなかったから、タンプル塔の空気が悪かったから。原因ははっきりしない。

 ひとまず、風邪ではない、喉は痛くないとテレーズから説明した。


 ところが女官たちは納得せず、ここで非道な扱いを受けたせいだと文句を言い始めた。


 文句を言いたい気持ちは、もちろんテレーズも同じだ。それでも、女官たちをなだめる役に回った。

 角が立つ言動をして、それを看守に聞かれたら、面会を中断させられるかもしれない。

 そう説明すれば、文句は止んだ。


「この夏から、シャントレンヌ夫人と発声練習をしているの。おかげで、だいぶ声が出せるようになったのよ。だから、そのうち元の声に戻るわ」


 ルネットと女官たち、それぞれを紹介した。

 彼女たちは互いに挨拶を交わすが、ルネットは身の置き所がなさそうにしており、女官たちは三人とも不機嫌さを隠していない。


 ともあれ、テレーズは改めて、女官たちに向き直った。


 家族が生前、ここでどう過ごしていたか。その話を始めると、テレーズは涙を抑えられなくなる。

 涙をこぼしたのは、女官たちも同じだった。


 また彼女たちから、亡命中のブルボン王家に仕えている人々の近況を聞いた。

 ユー男爵の他にも、無事な人は少なからずいる。その一方で、亡命先で亡くなった人や、今もって消息不明な人もいるという。


「ところでマダム・ロワイヤル、ご家族の消息を、シャントレンヌ夫人から直接お聞きになったそうですね」


 母に仕えていた女官の言うことに、そうだとテレーズは答えた。


 すると女官の視線が、部屋の隅へと向けられた。ルネットがいる方へと。

 ルネットは歓談の輪に入らず、黙って椅子に座っていた。


「マダム・ロワイヤルにお話し申し上げたのは、シャントレンヌ夫人、あなたの独断。そればかりか、事実を知って嘆かれたマダム・ロワイヤルは、三日三晩お食事が喉を通らず、寝込まれてしまったそうではありませんか」


 ルネットへの嫌み。おまけに今の言葉の後半は、誰を通じて知ったことなのか誤解がある。


「ルネットを悪く言わないで。私のことを思って、本当の話をしてくれたのよ」


 テレーズが仲裁に入ると、今度は別の声が。


「お相手役に選ばれたとはいえ、シャントレンヌ夫人は、元々ブルボン王家と縁もゆかりもない女性。十二分に出過ぎた振る舞いです」


 テレーズに仕えていた女官までもが、嫌みに加勢する。

 場が険悪な空気になる中、


「私は、おいとまします」


 ルネットが口を開いた。


「皆様がたで、ごゆっくりご歓談ください」


 彼女は椅子から立ち上がると、自分の荷物を手にして、テレーズの前まで来た。

 暗い表情で、


「では、また明日」


 とだけ言って部屋を出ていく。

 テレーズが呼び止めても、彼女は立ち止まらなかった。


 大切な人のことを守れなかった。かばいきれなかった。もどかしさと悔しさが、テレーズの胸に入り混じる。

 閉まった扉を見つめていると、養育係に名前を呼ばれた。


「あなた様がどれだけ高貴なお方であるか、理解していない。それが市民女というもの。あのような方のことなど放っておけばいいのです」


 他二人と同様、養育係も嫌みを言う。


 今の発言に、テレーズははたと思った。

 最後の一言に聞き覚えがある。以前にも、養育係から同じことを言われた。


 自分でも驚くほど、記憶はすぐ呼び起こされた。


 チュイルリーにいた頃、体調を崩した父を見舞いに行こうとしたが、養育係に阻まれた。養育係は厚かましくも、テレーズのことをにらみ付け、冷たく言い放った。

 あのような方のことなど放っておけばいいのです、と。


 思い出したのは、それだけではない。

 記憶の奥底に眠っていたこと、タンプル塔にいる間に忘れていたことが、せきを切ったように脳裏を駆けめぐった。


 今目の前にいる女官たち。いいや、この三人だけではない。

 テレーズたち家族の身近にいた女官たちは、みな卑しむべき敵も同然。

 父と母の仲ばかりか、父と子供たちの仲をも引き裂こうとした、魔女だった。


「いかがされました、テレーズ様」


 養育係が尋ねる。突然黙り込んだテレーズに、他の女官二人も不思議そうな顔をする。


「……いいえ、何でもないわ」


 テレーズは込み上げる怒りを押し殺し、どうにかして笑顔を作った。


 チュイルリーで魔女たちがのさばり返っていたのは、三年以上も前のこと。

 父が処刑されたことで、この魔女たちは、多少なりとも己の振る舞いを反省しただろうか。


 そのことを確かめるべく、テレーズは試しに、チュイルリーにいた頃のことを話題に出した。

 自分はあえて多くを語らず、目の前にいる三人が思い思いに話すことに、耳を傾けた。


 話が進んでも、彼女たちの口から出てくるのは、母か弟か叔母のことばかり。

 誰も、父のことを話題に出さない。


 そこで、


「私はチュイルリーにいた頃も、家族と引き離されて、つらかったわ」

「まあ何故、アントワネット様やシャルル様、エリザベート様がいらしたのに」


 養育係が聞き返す。


「お父様に会いに行こうとしたけれど、あなたに阻まれてしまったから」


 途端、表情を硬くする養育係。


「酷い女官は、他にもいたわ。誰も彼も毎日のように、お父様の悪口を私に聞かせてきて。そういうことは私のいないところで話してと頼んだけれど、言うことを聞いた女官がいたかしら」


 他二人の顔にも、動揺が浮かぶ。


 しばし場は静まり返ったが、ふっと笑みを浮かべた養育係が沈黙を破った。


「そのようなことがあったでしょうか。あいにく、あの頃はさまざまな不幸があったせいで、記憶にございません」


 白を切る養育係に、他二人も同調する。


 そして会話が再開された。父のことには、一切言及されない会話が。


 テレーズは確信した。

 魔女は魔女のまま、やはり何も変わっていないのだと。


 父が処刑される前夜、家族全員があんなにも嘆き悲しんだ。その話は、面会が始まった最初の方で、テレーズから教えていた。

 この魔女たちにとっては、取るに足らない、どうでもいい話でしかなかったようだ。


 おまけに彼女たちは、悪びれる様子もなく言う。

 今のフランス王、自分たちの君主は、プロヴァンス伯なのだと。


 テレーズは忘れていない。

 あの叔父がどんな男であったか。サン・クルーで見せた本性を、今でもはっきりと覚えている。


 今目の前にいる魔女たち、そして悪運強く生き長らえた者たち。

 彼らに対する憎悪がわき起こる。あまりの不快な記憶の数々に、頭をかきむしりたくなる。


 だがそれでも、忍耐という忍耐をふりしぼった。

 作り笑顔と上辺だけの態度で、死ぬほど苦痛な時間をどうにか耐え抜いた。




 面会が終わった後。

 一人になった部屋で、テレーズは一通の手紙を開封した。これは、つい先ほど渡されたもの。


『今やあなた様のお父上様になったお方から、託されたお手紙でございます』


 養育係がいけしゃあしゃあと、こんなことを言いながら差し出した。

 その文面はこう始まっていた。


‘愛する我が姪へ’


 何も考えずに読めば、姪への哀れみと愛情に満ちた手紙。

 だがテレーズには分かる。これが虚言を並べたものであると。


 結びにある署名には「LOUIS」とだけつづられている。あの男の本名ルイ・スタニスラス・グザヴィエとは書かれていない。

 いつだったか、父から聞いたことがある。君主が署名するとき、全名は記さないのだと。


 手紙の差出人は、ルイ十八世を名乗る、あの憎き叔父だ。




【50. 生きる理由 後編】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ