第92話 再会
「気持ち・・・悪い・・・」
「アリシア・・・もう少しで大聖堂だ・・・頑張・・うっ・・・」
深夜。
ベロベロに酔っぱらった俺とアリシアは、
今夜の代金を店主に預け、
店を後にした。
後半は何を話したか、
何をしたか、
殆ど覚えていない。
ただただ浴びるほどに酒を飲んだことだけ覚えている。
やはり酒量に関してはアリシアは底なしで、
本当に店の酒の大半を飲み干した。
店の客からは喝采を浴び、
俺たちはすっかり舞い上がっていた。
そして店を出る際に店主から、
何故か今後もお願いします、
と強い握手を求められた。
だが今の俺に深く考える余裕などはなかった。
俺たちは千鳥足になりながら、
深夜のブルゴーを歩く。
「ちょっと限界・・・ここで休ませて・・・」
そう言ってアリシアはベンチに座る。
俺もその隣に座った。
「グレイ・・・お願い。回復魔法・・・かけて・・・」
アリシアが言う。
「無理だ。この状態で魔力なんて使ったら・・・死ぬ・・・」
俺は答える。
魔力の集束には集中力が必要だ。
俺の視界の中では、
いまだに世界が回り続けている状態だ。
「仕方・・・ないわね・・・」
アリシアはそう言って鞄から水筒のようなものを出す。
「ほら。飲みなさい・・・ただの水だけど・・・」
「すまない・・・」
俺はアリシアに礼を言って、
水筒の水を喉に流し込む。
ただの水だけど、
死ぬほど美味い。
こんな物が鞄に入っているなんて、
意外と女らしいところもあるじゃないか。
俺はそんな事を思う。
「・・・なによ、その顔。私がこんなの持っているのがそんなに意外?」
アリシアが呟く。
「い、いや。そんなこと・・・」
俺が返答に困っているとアリシアが笑う。
「・・・良いのよ。自分でもそう思っているから。これはね、お祖母様がいつも私に持たせてくれてた水筒なのよ」
アリシアが言う。
「・・・そうか・・・テレシアが・・・」
俺はその話を聞いて、懐かしい気持ちになる。
あれは、まだ俺が灰色と診断される前。
俺とテレシアは仲が良く、
一緒に色々なところに出掛けていた。
その時もテレシアは今のアリシアと同じように、
いつも水筒を持って歩いていた。
俺がそれを尋ねた時、
確かテレシアも彼女の母親から持たされた水筒なのだと、
説明していた気がする。
俺が想い出に浸っていると、
隣のアリシアの様子がおかしい事に気が付いた。
彼女の方を見ると、
先ほどまでの酔った彼女では無く、
真剣な表情で俺を見つめていた。
その視線に思わず俺はドキリとする。
そしてアリシアは、ゆっくり口を開いた。
「そうだわ・・・グレイ。思い出した。貴方、ラスコの街中で初めて会った時も・・・お祖母様の名前を・・・」
「あ、いや・・・それは・・・」
俺は突然のことに思わず口ごもる。
「・・・貴方、お祖母様の知り合い、なのね?」
そう言って、アリシアの瞳に炎が灯った。
俺はそれを見て、
観念する。
「・・・そうだ・・・。」
俺は答えた。
アリシアは俺の返事を聞いて、
そこから更に何かを考えている様子だった。
「・・・今の私をお祖母様と間違えたのは・・・貴方が二人目よ。でも一人目は・・・」
俺はアリシアが話すのを黙って聞いていた。
「一人目は、荷物持ちの灰色のお爺さんで。私を水竜から守って、死んじゃったわ・・・。結局、あの人とお祖母様の関係は分からないまま・・・優しくて不思議な人だったわ。・・・そういえばあの時も私はゼメウスの箱の調査で・・・」
アリシアはそこで何かにハッと気が付く。
そしてアリシアは俺の目を正面から見た。
「・・・グレイ、教えてちょうだい。貴方さっき、『ゼメウスの箱』をどこで見つけたと言っていたかしら?」
「・・・西の大陸だ」
俺は答える。
「・・・西の大陸の、どこ?」
アリシアがさらに尋ねた。
「・・・『忘れ人の磐宿』だ」
俺は真実を口にした。
「そ、そんな・・・まさか・・・だってあそこには・・・」
アリシアは俺の答えに戸惑っている。
俺は意を決してアリシアに言う。
「アリシア。君があの後、『忘れ人の磐宿』に調査に何度か行ったのは聞いた。だがあの時の道は二度と見つからなかった。そうだろ?・・・あの道を、ゼメウスの箱が隠された地下洞窟に到る道を見つけるには、灰色の適性を持つ者が必要だったんだ」
それはアリシアと従者のシオン、
それから「荷物持ちの灰色のお爺さん」しか知りえない情報であった。
アリシアは俺の事を、
信じられないと言ったような表情で俺を見つめる。
「・・・嘘よ。だって、あの人はお爺さんで―――――」
そこでアリシアは何かを思い出した様子であった。
それが何か、俺にも想像がついた。
彼女の脳裏に浮かんだのは、
俺の使う特殊な魔法。
ゼメウスの禁忌の魔法だ。
「・・・時間、魔法・・・?」
アリシアは呟くように言う。
「・・・アリシア・・・」
あぁ、遂にバレてしまったか。
『僕』はそう思った。
そして僕は彼女にベンチから立ち上がり、
彼女の方に向き直し、背筋を伸ばした。
そしてゆっくりと口を開く。
「・・・お久しぶりです、<紅の風>様。今まで言えなかったですけど、あなたが無事で本当に良かったです。この身を炎に焼いてまで逃がした甲斐がありました」
僕はそう言って、アリシアに微笑んだ。
それと同時に安堵する。
良かった。
ようやく言いたかったことが言えた。
「そんな・・・だって・・・」
アリシアはただただ驚いている。
当然だ。
「・・・あの後、水竜の攻撃を逃れなんとか生き延びることが出来ました。そしてあの洞窟の先で、僕は『灰色の箱』とゼメウスに出会ったのです・・・」
僕はアリシアに言った。
アリシアはただ僕の顔を見て、
茫然としている。
さて、ここからどうしたものか。
僕がそう思い、
アリシアに声を掛けようとすると、
彼女の方が先に声を発した。
「・・・それなら、はやく・・・言いなさいよ。私が、あの時・・・どれほど・・・」
アリシアは涙を流していた。
僕はその顔を見て、
堪らないほどの感情に襲われる。
僕は―――
俺はアリシアに声を掛ける。
「すまなかった、アリシア。ただただタイミングを逃していた。すべて俺が悪い」
俺はアリシアに謝罪する。
一発や二発くらいは殴られるかも知れないな。
俺はそんなことを考えた。
だがその途端、身体に何かが飛び込んできて思わず驚く。
「うおっ!」
見ればアリシアが俺の身体に抱き着き、
胸に顔を埋めていた。
「・・・バカ・・・大馬鹿・・・こんな、嘘みたいな話、予想出来る訳ないじゃない・・・」
俺の胸に抱き着き、
泣きじゃくるアリシア。
「・・・すまん」
俺はアリシアをそっと抱きしめる。
彼女の身体は、
柔らかく、
そして普通の少女と変わらないほど小さかった。
やがてアリシアは涙を止め、
俺の腕の中でゆっくりと顔をあげた。
「こんな話されたら、ホントは言いたかった話も出来ないじゃない・・・」
アリシアは言う。
「言いたかった話・・・ってなんだ」
俺は尋ねた。
「だから、それが言えないって言ってるのよ・・・こんな涙でぐちゃぐちゃになった顔でなんて言えるわけないじゃない・・・」
アリシアは赤い顔をしながら答えた。
一体なんなのだろうか。
「・・・すまん」
だが俺は再び謝る。
今夜のアリシアに俺が出来るのは、
謝る事ぐらいだろう。
「・・・いいわ。ロロのお陰で、グレイが相当こじらせてる事が分かったしね・・・焦る必要もないってことよね」
「・・・こじらせ?」
「いいわ、こっちの話。もうこの話はおしまい。でも、どこかで責任は取ってもらうからね」
アリシアはそう言って、
悪戯っぽく笑い、
そして俺の身体から離れる。
彼女の身体とくっ付いていた部分が夜風に吹かれ、
俺は少し寒さを感じた。
「さ、早く帰るわよ」
すっかり酔いが醒めた様子のアリシアだったが、
その足取りはまだ少しふら付いていた。
「だ、大丈夫か・・・」
俺は声を掛ける。
俺の言葉に彼女は足を止め、
振り返る。
「大丈、夫・・・じゃないわ。グレイちゃんと支えて頂戴」
そう言ってアリシアは俺に向けて右手を伸ばした。
「ほら、早く」
俺はそれが手を握れと言う意味なのだと気が付き、
彼女が伸ばした右手を握った。
「・・・帰るわよ」
そう言ったアリシアの顔は、
先ほどの酒場で、
酒に酔っていた時よりも真っ赤だった。
そして俺たちは手を繋ぎながら、
大聖堂へと歩き始める。
ブルゴーの夜風は冷たく、
まだ熱を持った俺の耳を冷やしてくれた。




