第93話 会議
翌日、
二日酔いの身体から復活したのは、
もう陽が高くなる頃だった。
顔を洗いに行こうとすると、
同じく真っ青な顔をしたアリシアと鉢合わせする。
「あ」
「あ・・え・・・っと、おはよう!」
必要以上に挨拶が大きいアリシア。
「お、おはよう・・・」
俺も言葉を返す。
昨日は酔った勢いでアリシアに本当の事を話すわ、
それどころか手を繋いで帰るわで、
大変な事をしてしまった。
素面に戻った彼女に怒られるのではないかと、
俺はびくびくしていた。
だがアリシアは、
俺が想像したような姿とは逆。
むしろ萎らしい雰囲気で、
もじもじしていた。
「あ、えっと・・・その・・・昨日は・・・」
アリシアが何かを言おうとしている。
その顔は先ほどまでと打って変わって真っ赤だ。
「・・・アリシア、どうした。まだ具合が悪いのか?」
俺は尋ねる。
「え、いや・・・そういうわけじゃ・・・ひゃっ!」
俺はアリシアの額に手を当てた。
ブルゴーの気候は温暖とはいえ、
夜風に当たれば身体は冷える。
風邪などひいていなければよいが。
「・・・大丈夫そうだな」
俺はそう言って、今度はアリシアの手を握る。
「ちょ!ちょっと・・・!」
アリシアが慌てて声を上げる。
だが俺はそんなのお構いなしに、
魔力を集束した。
<キュア>
俺はアリシアに回復魔法を掛ける。
昨日は酔っていて無理だったが、
これで少しは楽になるだろう。
「・・・あ・・・ありがとう」
アリシアは俯き、答える。
俺はアリシアに笑顔を向けた。
その時。
「お二人とも、何をなさってるんですか・・・?」
後ろから声が聞こえ、
俺とアリシアは、
咄嗟に身構える。
魔導士としての本能が、
殺気を感じ取った。
だがそこに立っていたのはロロであった。
「・・・こんな時間から二人で手を握って、微笑み合って・・・なんだかすごく良い雰囲気に見えますね?」
ロロの身体から、
形の無い何かが立ち上っている様にも見えた。
笑っているのに笑っていない。
計り知れない恐怖を感じる。
デビルゴブリンより怖い。
「・・・あ、ああ。昨日、飲み過ぎてな。二日酔いのアリシアに回復魔法を掛けてやっていたんだ」
俺は慌てて答える。
「そ、そうよ」
アリシアも合わせて答えてくれる。
大丈夫だ。
やましい事なんて何もない、はずだ。
「・・・そうですか?・・・なんだ、良かったです」
そう言ってロロはようやく元の優しい笑顔に戻る。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
だが。
「・・・グレイさんともあろう方が、まさか女性から想いを伝えられた直後に、他の女性と想いを通わせるような非道な事をしていなくて安心しましたよ」
そこで不意打ちの今日一番の殺気。
俺は全身に鳥肌が立った。
「ロロ様、何をされているのですか!」
俺たちがそんなやり取りをしていると、
廊下の向こうからキリカが足早に現れた。
「キリカ。今、グレイさん達と・・・」
ロロが答える。
「そうでしたか。お二人とも、おはようございます。ロロ様、間もなく会議が始まりますよ。重要な会議ですから、遅れませんように」
キリカが言う。
その表情には少し余裕がない様に見えた。
「分かりました」
ロロも真面目な表情に戻り、答える。
「ロロ・・・」
俺はロロに声を掛けた。
「グレイさん、アリシアさん。すみません、お話の途中で。呼ばれたので行ってまいりますね」
そう言ってロロは笑顔を浮かべた。
少し無理してるような笑顔。
「・・・大丈夫、か?」
俺は尋ねる。
ロロはハッとなり、答える。
「も、もちろんです!意図した形とは違いますけど、皆さんの役に立っているんです。頑張らないと」
ロロは自分に言い聞かせる様にそう言った。
そしてロロはキリカに連れられ廊下の向こうへと消えていく。
「・・・無理してるわね」
アリシアが呟く。
「そうだな」
俺は一言だけ答えた。
・・・
・・
・
「それでは、本日の会議を始めます」
白ひげの騎士が口を開く。
会議室には十数人の騎士たちが集まっている。
誰もが立派な鎧を身に着けており、
相当な役職の騎士たちなのだと言う事が分かる。
会議室の上座には、
ロロと、
白い鎧を身に着けた細身の騎士が一人。
白い鎧の騎士はここに居る、
他のどの騎士よりも若く見えた。
末席にはキリカが座っている。
キリカはロロと、
白い鎧の騎士に交互に視線を送っていた。
「本日の議題は事前に通達していた通り、聖魔騎士団の再建についてです。それではカリュアド殿、お願いいたします」
司会役の騎士に促され、カリュアドと呼ばれた眼鏡の騎士が立ち上がる。
「・・・教皇様が姿を消してすでに十日が経過しました。騎士たちの捜索にも関らず手掛かりは皆無。すでに教皇様は聖都には居ない、と結論付けます。」
会議室がざわざわとする。
「同時に姿を消した聖魔騎士団の上級騎士たち、『円卓』も同様です」
カリュアドが続ける。
「ご存じの通り、『円卓』達は教皇の近衛部隊にして、東の大陸の守護の要職に就いておりました。大陸各地の防衛拠点は大幅な戦略ダウンと言えます」
「北の帝国の動きが不穏なこんな時に・・・」
厳つい顔付きの騎士が悔しそうに言う。
「現『円卓』は教皇が直接登用した、出自の分からぬ者も多かった・・・むしろ当然と言えような」
長身痩躯の騎士が言う。
「ふん、貴殿は『円卓』の任命時には最強の騎士達などと称賛を送っていたではないか。今さら何を言っても遅いぞ」
強面の騎士が吐き捨てる様に言う。
「なに?それを言うなら北方守護を『円卓』に任せ、ゴブリン討伐が後手に回ったのは誰の責任だ?教皇に処刑されたニクスの上官は誰だったか、今ここで言おうか?」
「貴様!」
そこで会議室は一気に熱狂する。
怒号が飛び、
騎士たちが互いに言い争う。
聖魔騎士団は混乱を極めていた。
司会役の騎士が必死に皆を宥めようとしていると、
上座に座っていた白い鎧の騎士が口を開いた。
「静かに。聖女様の御前だよ」
穏やかだが凛としたその声は、
会議室に響いた。
騒然としていた会議室が一瞬のうちに静かになる。
「『円卓』の件は残念だが、仕方がない。各地の要所には新たな人員を配置してくれ。特に帝国と面する北方には念入りに頼む」
白い鎧の騎士が言う。
「承知しました」
先ほどの厳つい顔をした騎士が返事をした。
「教皇様の件は引き続き調査を。東の大陸だけでは無く他の大陸からも情報を集めてくれ」
「御意」
次に返事をしたのは長身痩躯の騎士。
「ゴブリンとの戦いで我々は消耗している。場合によっては新たな騎士を登用しても良い。そこはカリュアドに一任するよ」
そう言って白い鎧の騎士は微笑んだ。
「ありがとうございます。団長。承知いたしました」
カリュアドと呼ばれた眼鏡の騎士もこれを承諾する。
「皆、大変な状況なのは理解している。だが諸君らは最も大変なのが誰かも理解しているはずだ」
白い騎士がそう言うと、皆の視線がロロに集まった。
「・・・教皇には届かなかった言葉も、聖女様になら届くだろう。まずはあるべき姿を取り戻し、聖魔の騎士としての誇りを取り戻してほしい」
白い鎧の騎士の言葉に、
その場にいた他の騎士たちが頷く。
「ロロ様・・・」
白い鎧の騎士がロロに声を掛ける。
「は、はい!」
ロロはその言葉に背筋を伸ばし答える。
「・・・貴女がどういう方か、何を望まれているか。我々は貴女が思う以上に理解しているつもりです。教皇が居なくなったのは大変な事ですがむしろこれは・・・」
白い騎士がそう言って一瞬言葉を止める。
だが彼は笑顔を浮かべ、言葉を続けた。
「むしろこれは僥倖。すべてを善き方向へ戻しましょう」
周囲の騎士たちがほぅと息を吐く。
教皇の失踪をこのように表現するのがどういう意味を持つかを全員が理解していた。
「ロロ様にはその旗印になっていただきたい。そのために我々はどんな協力も惜しみません」
白い鎧の騎士はそう言った。
その姿をキリカが憧憬の眼差しで見つめている。
ロロはなんとも言えない表情を浮かべ、
何かに躊躇している様子だ。
「わ、分かりました・・・」
ロロが躊躇いながら答えると、
白い鎧の騎士は困ったような笑顔を浮かべ、
それから司会役の騎士に視線を送る。
「そ、それでは・・・本日の会議はここで終了です!」
騎士たちは三々五々、会議室から出て行った。
「大丈夫ですかな?ロロ様」
そう言ってロロに声を掛けたのはカリュアドと呼ばれた眼鏡の騎士だ。
「はい、ありがとうございます・・・」
ロロはそう言葉を返す。
「立場的には大変ですが。これも東の大陸のため、もう少し我慢していただけますか?」
カリュアドが言う。
「・・・もちろんです」
ロロは答えた。
だがその表情には覇気がない。
ロロはフラフラと会議室を出て行く。
その後姿をカリュアドは心配そうに見守っていた。
「カリュアド様・・・」
そう言って話しかけてきたのはキリカだ。
「キリカ・・・どうしたものか。ロロ様もお疲れの様子だ。あのままでは」
「そうですね。慣れない役目が多く、気が滅入っています。本人は大丈夫と言いますが、いずれ疲労も限界に達するかと・・・」
「何かいい案はないものか」
カリュアドは頭を悩ませる。
「・・・実は、一つだけあります」
キリカは言う。
「ほう、どういう事だ?」
カリュアドは尋ねた。
「報告はまだ上げておりませんが、実は今回のゴブリン討伐に最大の功労者がおります」
「功労者?Sクラス魔導士の<紅の風>以外にか?」
「はい。<紅の風>アリシア殿にも負けぬお力をお持ちです。そしてその方は、ロロ様の想い人でもあります」
キリカの言葉にカリュアドが驚く。
「なっ、想い人だと?キリカ、それは本気か?」
「間違いありません」
「なんという事だ・・・これは、大変なことになるぞ」
カリュアドが表情を変える。
キリカはカリュアドを強い視線で答える。
「・・・そ、それでキリカ。我々にどうしろと言うのだ?」
カリュアドは尋ねた。
キリカはその質問に答える。
「・・・はい。まだ空席と存じております。聖女様の近衛騎士の座が」
気が付けば、1000ポイント突破していました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
またレビューもいただき、ホントに嬉しいです。
引き続き頑張りますので、
宜しくお願いします。




