第84話 望み
「ロロ、見えてきたぞ」
バロンが声を掛ける。
その声にロロは顔を上げる。
「ありがとう。・・・あれがロワール村・・・」
二人の視線の先には、
当初の目的としていた村が広がっていた。
グレイを失った二人は失意の底に沈みながらも、
疲労困憊の身体を引き摺ってここまで来たのだ。
「おい、お前たち、どこから来たんだ?ここは今、旅人を受け入れる様な状態じゃないぞ」
二人は村の入り口で、
衛兵の役割をしている騎士に話しかけられる。
そう言われて、バロンが一歩前に出た。
そして不敵な笑みを浮かべて騎士に言う。
「・・・我が名はバロン、偉大なる主の忠実なる僕にして聖魔騎士の一員だ。そして、こちらは・・・」
そう言ってバロンは隣に連れた少女に視線を移す。
騎士もそれに釣られるように、
少女に視線を移した。
騎士は最初、
窺うような視線でロロを見ていたが、
すぐにロロに気が付いたようにハッと目を見開いた。
「・・・あ、貴女はまさか・・・なぜこのような場所へ・・・」
「お手数ですが、案内をお願いできますか?聖女が来た、と部隊長にお伝えください」
・・・
・・
・
「ロロ様!」
部屋の中に飛び込んできたのはキリカだ。
「キリカ・・・こんな所まで来させて・・・ごめんなさい」
ロロは開口一番、謝罪する。
村の入口で出会った騎士から、
ロワール村にキリカ隊が来ていることを聞いていたのだ。
キリカは逃げた元部隊長のニクスに代わり、
臨時の隊長を務めていた。
キリカはロロの謝罪を無視して、力強く抱き締める。
「いいのです、よくぞ、ご無事でっ・・・」
その抱擁にロロは身を任せた。
自分を案じ、
自分の無事を喜んでくれる者の存在に、
ロロは心から感謝する。
「バロン!」
「本当に生きてやがった!こいつ!」
キリカに続き飛び込んできたのはアンとダリルだ。
「お前たち・・・」
三人も同じように再会と互いの無事を喜んだ。
「ロロ様が姿を消すと同時に、お前も居なくなったのでな・・・一緒だとは思っていたぞ。無事でよかった」
キリカがバロンにも声をかける。
「キリカ様・・・ご心配を・・・」
「いや、いい。お前たちの関係は理解している。ロロ様の奔放ぶりもな。むしろよくここまで無事に送り届けた・・・」
キリカは部下を一言も叱責することなく、
むしろ褒め称えた。
「いえ、我が力だけでは到底」
「そうです、私たちは・・・」
ロロとバロンはほぼ同時に声をあげた。
「・・・何があったのです?」
キリカが二人に尋ねる。
ロロとバロンはお互いに頷き、
ブルゴーを出てからの経緯を語り始めた。
・・・
・・
・
アリシアはベッドに横たわっていた。
その瞳は炎に揺らぐことなく、
ただ天井の一点を見つめ続けていた。
―――――グレイが死んだ。
その事実をアリシアは受け止めることが出来ない。
あの底抜けにお人好しなグレイが死ぬとは想像が出来ないし、
何よりアリシアはあの白ゴブリン達から確かにグレイの魔力を感じ取ったのだ。
だからシルバから話を聞くまで、
アリシアはグレイが生きていることを確信していた。
それが突然に、
グレイの遺体の発見と言う残酷すぎる事実を突き付けられ、
アリシアの感情は行き場を失ってしまった。
彼にもう一度会いたい、
アリシアはその一心であの大量のゴブリンの軍勢を相手に、
一騎当千の働きをすることが出来たのだ。
今やアリシアの心を満たすのは、
悲しみではなく空虚であった。
今やアリシアはその心の支えを失った。
大切な人を失った悲しみはたとえSクラス魔導士と言えど、
到底耐えられるようなものではない。
アリシアは全身から生存意欲と言うものが失せてしまっているのを感じた。
「・・・アリシア殿・・・入りますぞ」
そう言って部屋に入ってきたのはシルバだ。
「・・・お茶を煎れて参りました。温まりますよ」
シルバはそう言ってテーブルにお茶を並べる。
丁寧勝つ無駄のない所作。
その姿はまるでどこかの貴族の執事の様にも見えた。
「・・・ありがとう・・・でも要らないわ」
アリシアは答える。
シルバはアリシアの顔を見た。
「・・・飲みなさい。これは今の貴女に必要なものです・・・」
シルバに優しく諭されて、
アリシアは無言で身体を起こす。
そしてベッドを降り、
椅子に腰掛けるとシルバのお茶に手を伸ばした。
「・・・温かい」
お茶を口に入れたアリシアが呟く。
「・・・ノワールのお茶です。古くからある種類ですが、飲めば心を落ち着かせる効果があるとか」
そう言ってシルバもそのお茶を飲む。
二人はホッとお茶の暖かさに包まれた。
「・・・グレイ殿は、優しい御仁でした」
シルバが言う。
「・・・そうね」
「・・・人を惹き付ける不思議な魅力がある方でしたな。まだお若いのにどこか人生を達観したような価値観もお持ちでした。ただ逆に魔道士という存在への想いは少年のように純粋なものだった」
「・・・確かにね。不思議な人だった」
「・・・お辛いでしょうな。彼を失って」
シルバの言葉に、
アリシアが頷く。
「こんなことならもっと早く素直になるべきだったわ。そしたらもっと伝えたい言葉があったのに」
「・・・何かを失う前に、失った後のことはなかなか考えられないものです。その後悔を抱えているのはアリシア殿だけではない。貴女もきっと乗り越えられます」
シルバが言う。
「うん、ありがとう・・・その、気に障ったらごめんなさい。もしかしてシルバもそういう経験が?」
アリシアが尋ねる。
「そうですね。この歳まで生きていれば出会いも数多く、その倍の数の別れも経験しております」
シルバは答えた。
アリシアはそれに言葉を返すことなく、
ゆっくりとお茶を含み、それを喉に落とした。
その時、部屋の扉が開く。
飛び込んできたのはキリカ隊の騎士ダリルだった。
「シルバ様、アリシア様・・・」
「どうしたのですか。」
慌てるダリルに、
シルバが声を掛ける。
「・・・ロロ様が・・・。聖女様がロワール村にお越しになりました」
「ロロ様が?」
シルバが尋ねる。
聖女が街に来る予定など聞いていなかった。
一体、何事だろうか。
「・・・それがロロ様がおかしな事を。昨日まで、ゴブリン殺戮者様と一緒だったと仰るのです。ゴブリンから聖女様を守り、戦い、この件を解決したのもゴブリン殺戮者様だと申しております。我々には訳が分からず、ひとまずお二人を呼んでくるようにとキリカ様が・・・」
その言葉にアリシアが立ち上がる。
「・・・グレイと・・・?どういうこと・・・」
「・・・行きましょう。ロロ様に直接話を聞くのです」
そう言ってアリシアとシルバは、
呼びに来たダリルよりも先に部屋を飛び出した。
・・・
・・
・
「ロロ様!」
アリシアが叫ぶ。
「・・・アリシア様!ご無事でしたか!・・・」
ロロもアリシアに駆け寄る。
「どうしてこんなところまで・・・」
「ごめんなさい。私・・・私・・・」
ロロは震えている。
「・・・ご無事で何よりです。それよりも・・・」
アリシアは尋ねる。
ロロはハッとする。
「そう、そうなんです!私、グレイさんと・・・グレイさんを・・・」
ロロの口から出たグレイの名前に、アリシアは鼓動が早まる。
「・・・落ち着いて。大丈夫。ゆっくり教えてください、貴女はグレイと一緒だったんですか?」
「・・・は、はい。実はここに来る前までグレイさんと一緒でした。彼はこの件の元凶と思われる究極ゴブリンを倒し、私たちを救ってくれたのです」
ロロは再び、事の顛末をアリシアとシルバに説明する。
二人にとっても信じがたい話ではあったが、
状況としてはアリシアたちの戦況と一致した。
なにより白いゴブリンをグレイが呼び寄せたと聞いたことで、
やはり自分の感じたことは間違っていなかったのだと確信する。
「・・・それで、グレイはどこに?」
「・・・彼は日没と共に姿を消ました。」
「姿を・・・?」
「・・・はい。白い靄に姿を変え、私たちの目の前で、まるで幻のように消えてしまったのです」
「・・・白い靄・・・?それって」
アリシアはその言葉に、あの白いゴブリンの姿を重ねる。
「・・・アリシアさん、私どうしたら。どうすればグレイ様を助けられるでしょうか・・・」
その言葉にアリシアはハッとする。
アリシアがロロの手を握る。
「・・・大丈夫よ。それを一緒に考えましょう・・・何か望みがあるなら、私もそれを一緒に探すわ」
再びもたらされた一縷の望み。
まだ糸は切れていない。
アリシアの瞳に再び炎が点った。




