第57話 BBQ
「なぜ、ゼメウスの箱を作ったのか、じゃと?」
「はい、そうです」
「以前に言わなかったか?ワシの魔法を誰かに引き継いで欲しかったのだ、と」
「ええ、聞きました」
「その説明では不十分かの?」
「そう思っているから尋ねているのです」
「ふうむ。疑り深い男じゃの」
「貴方と居ればそうなります」
「ホホ、そうかの。君にはかなり分かりやすい言葉で説明しているつもりじゃが」
「そうは思えません」
「箱を作ったのは、魔法を引き継いで欲しいからじゃ。その説明に嘘は無い」
「ええ。けどそれが全てじゃない。貴方の得意な言い訳です。嘘は付いていない、言っていなかっただけだ、と」
「ホホ、そんなことあったかの」
「誤魔化さないでください」
「君の思った通りじゃよ。魔法を後世に残したかったのには理由がある」
「理由、ですか?」
「そう、理由じゃ。ワシは無責任じゃからの。ワシに解決できない問題は後の人間に丸投げじゃ。ただ丸投げするのも気が引けるから、それを解決するための力を残そうかと思ったのじゃ。ゼメウスの箱はその一つじゃよ」
「貴方に解決できない問題などあるのですか?」
「もちろんあるとも。例えば疑り深い君の様な弟子を上手く騙すとか、の」
「話を変えます。ではなぜ後世の為に残した箱をわざわざ隠したのです」
「それこそ、前に言った通りじゃ。ワシの魔法は本当に強力じゃからの。下手をすれば世界を滅ぼす力になる」
「それを為そうとする存在がいる、と?」
「それは考え過ぎじゃ。だが、絶対にない話では無かろう?力を手に入れた人は、その本質を露わにする。君も気を付けるのじゃ。力は人を変える、ぞ?」
「肝に銘じます」
「ほほ、よろしい。やはり君は誰よりも素直じゃの」
「老人になって角が取れただけでしょう」
「それだけじゃない。やはり君は色々持ってる人間だと言う事じゃ」
「よく分かりません」
「ほほ、すぐに分かるのはつまらんじゃろ。これは宿題じゃな」
「宿題が多すぎませんか?」
「弟子へのプレゼントじゃ。いつか思い出してくれればよい。さて、今日もビシバシ鍛えていくぞ」
「望むところです」
・・・
・・
・
「―――――レイ!グレイ!」
叫び声が耳元で聞こえて俺は驚く。
見るとすぐそばでアリシアが心配そうに俺を見ていた。
気が付くとそこは、先ほどまで居た森の中の川辺。
俺はただそこに変わらず立ち尽くしていた。
「・・・あ、ああ。どうしたんだ」
「それはこっちのセリフよ!グレイが戻らないと聞いて皆で周囲を探していたの。一体なにしてたのよ」
アリシアが言う。
「戻らない?って俺はそんなに長くここにいたつもりはないんだが?」
俺は答えた。
集中していたとは言え、
体感的にはまだ数分くらいだと思っていた。
現に先ほどまでと周囲の様子も何も変わっていないし。
「グレイ、何言ってるの?貴方は一晩戻らなかったのよ?今日はもう作戦決行日の朝よ。皆が貴方を待ってるわ」
俺はアリシアの言葉に驚く。
「え、一晩?本当か?」
俺の質問に、アリシアは心配そうな表情をする。
「・・・ね、グレイ。本当に大丈夫?体調が悪いなら、キリカに言って作戦日をズラしてもらう?」
アリシが言う。
「い、いや。大丈夫だ。いつの間にか寝てしまっていたのかも知れない」
俺は慌てて言う。
「それなら良いんだけど・・・」
アリシアは腑に落ちない様子ではあったが、
それ以上は何も言わなかった。
「とにかく心配させて悪かった。早く戻ろう」
ゴブリンとの決戦に向かわなくてはならない。
俺はアリシアに声を掛け、足早に村へと戻る。
誰も居なくなった川辺には、
すっかり枯れ果てた草花だけが広がっていた。
・・・
・・
・
「大丈夫ですか?」
村に戻るなり、キリカが心配そうに声を掛けてくれる。
俺は苦笑いで申し訳ないと謝り、川辺で眠っていたと説明した。
キリカが安堵するようにため息をつく。
「グレイ殿は戦闘中とは違い、意外と呑気なんですね」
そう言ってキリカが笑った。
「さて、では主役も帰ってきたことですし、移動しましょう」
シルバが言う。
「場所は大丈夫そうかしら?」
アリシアが尋ねる。
「ええ。アリシア殿が全力で戦える場所、見つけておきました」
「そう。ありがとう」
アリシアは満足そうに頷いた。
俺たちは村から出発する。
メンバーは廃聖堂に入った7人に騎士が5人加わった。
村の防衛には最低限の騎士を残し、
残存の最大戦力をこちらに投入した形だ。
「今度こそアリシア様を守って見せる」
「その前に私の魔法で倒して見せます!」
アンとダリルはそんな会話をし、
バロンはまた一人で何かをブツブツ言っていた。
良くも悪くもいつも通りだ。
シルバは見つけてきたのは、
森の廃聖堂にほど近く、街道から外れた草原であった。
地面も渇いているし、十分な広さもある。
戦闘にはもってこいだ。
「流石ね。でも逆にこんなところにゴブリンは出てこないわよ?」
戦場に満足そうにアリシアが言う。
確かにアリシアの言う通りではある。
ゴブリンは洞窟や、深い森と言ったどちらかと言うと暗く湿り気のある場所を好むため、
なにか理由がなくてはこんなところに出てくることは無いだろう。
だからこそ、このひと手間が必要なのだ。
「大丈夫。キリカさん、例の物は?」
俺はキリカに尋ねる。
「えぇ、用意できる最大限を用意しました。」
キリカさんが騎士に命じて、
木箱を運ばせる。
蓋を開けるとそこには大量の「コカトリスの肉」が入っていた。
「ホントにこんなので集められるの?」
アリシアが疑いの目を向ける。
「大丈夫。実績があるからな」
俺はアリシアに答えた。
俺はフォレスの街で、初めてゴブリンを狩った時の事を思い出していた。
ゴブリンの大好物。
俺はこれを使い、<ゴブリン殺し>と呼ばれるまでに上り詰めたのだ。
「では始めましょう。みんな!BBQの準備だ」
キリカが指示を出し、
騎士達がおおと雄たけびをあげた。
・・・
・・
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大がかりな木組みに火が点り、
その上でコカトリスの肉が豪快に焼かれる。
ありったけの肉が同時に焼かれており、
なかなか壮観な光景となっている。
新鮮な肉からはジュージューと肉汁が流れ落ち、
辺りに良い香りが充満する。
「お、美味しそうね・・・」
アリシアが言う。
同意見だ。
「残念だけど、これを堪能するわけにはいかないぞ」
俺は言う。
「わかってるわよ!」
「グレイ殿、良い焼き具合になりました。そろそろいかがですか?」
キリカがそんなことを言う。
部下に的確に指示を出し、
肉を焦がすことなく最高の焼き色を付けている。
認めようキリカ。
君は最高のBBQ執行人だ。
準備は整った。
俺は右手に魔力を集束させ、
魔力を拡散させていく。
<ウインドストリーム>
俺は立ち上るBBQの煙を巻き取るように、
弱い風魔法を展開する。
そしてその風魔法を操り、
廃聖堂の方向へと風を流していく。
「・・・こんな阿保っぽい作戦、あるのね」
その光景を見ていたアリシアが呟く。
「ゴブリンは食欲旺盛だからな。しかも異常繁殖しているのであれば、おそらく食料は十分ではないだろう。阿保っぽくても効果はあるはずだ」
「そんなもんかしらね」
俺は更に風魔法を操り、
廃聖堂へと肉の香りを届ける。
あの時よりも魔法の練度も上がっている。
地下にも届くように、なるべく吹きおろしの風にしておこう。
ついでに森の中にも広く広く風を拡散させていく。
俺が風魔法を発動し、時間が過ぎる。
来なかったらどうしよう。
アリシアの疑うような視線に負け、
途中で少し弱気になる。
だが変化はすぐに訪れた。
「ゴブリンです!」
騎士の一人が叫ぶ。
見ると森の中からゴブリンが一匹現れた。
俺たちは戦闘準備に取り掛かった。




