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第58話 借りは返す

 


 実を言うとこのコカトリスの肉に加え、

 実行したかった作戦がもう一つあった。


 ゴブリンを生け捕りにして、痛めつけ、

 その悲鳴で他のゴブリンを呼び寄せる、と言うものだ。

 ゴブリンは危機を感じると仲間を呼ぶ習性があるのだ。


 だが案の定と言うか、

 その作戦を提案した時には、

 アリシアとキリカ、

 加えてシルバまでもが俺を白い目で見た。


 あくまで手段を考えただけで、

 実行するつもりは無かったが、

 俺を見る三人の視線はかなり痛かった。


 三人に却下を喰らい、

 当然のごとくこのBBQ作戦だけを実行することになったが、

 なんとか成功したようで良かった。


 最初の一匹を皮切りに、

 森の中から次々とゴブリンたちが現れる。

 騎士たちはそれらを余裕をもって倒していく。


 だが5匹、10匹と、次第に数を増すゴブリンたち。

 周囲のゴブリンたちが徐々に集まってきているようだった。


 気が付けば、すでにその数は100匹に届いており、

 騎士達は乱戦状態へと突入した。


 俺とアリシアはデビルゴブリンの出現に備え、

 後方で温存されている状態だ。



 そして、遂に。

 その時が来た。



「グギャアアアアアアァァァァアアアア!!」



 轟くような咆哮。

 聞き覚えのある禍々しさだ。


「来たわね」


 アリシアが身構える。


 俺も風魔法の拡散を中止し、

 接近する敵に備えた。





 森の中から、

 黒い肌の長身痩躯のゴブリンが現れる。


 全身が黒い骨と皮で包まれており、

 明るい所で見ると、さらに禍々しさを感じる。


 デビルゴブリンはグルルルと唸り声をあげ、

 こちらを睨んでいた。


 どうやら向こうもこちらを逃した獲物と認識しているようだ。



「出たぞ!奴には手を出すな!」


 キリカが騎士たちに指示を出す。

 騎士達はキリカの指示に従い、

 デビルゴブリンから一定の距離を取って

 周囲のゴブリンとの戦いを継続する。



 これはアリシアの指示どおりだ。



 デビルゴブリンが現れたら、

 被害を最小限にするため、

 キリカや討伐隊の騎士たちは距離を取る。



 やつの相手をするのはもちろんSクラス魔導士<紅の風>。


 と、俺だ。




「頼りにしてるわよ?」


 アリシアが言う。

 その瞳には力強く炎が揺らめいていた。


「任せろ。3分だけ持たせる」


 俺は答えた。


 俺たち二人は、デビルゴブリンの目の前に立った。



 ・・・

 ・・

 ・



 3分。


 それはアリシアが指定した、

 魔力を集束するまでの時間だ。


 赤魔導士の特徴は無詠唱魔法を主軸とした連続魔法。

 だがそれだけが彼らの本質と言うわけでは無い。


 赤魔導士が通常の魔導士と同じように、

 魔力の集束と詠唱を行った場合、

 それだけ魔法の威力は向上する。


 つまり機動性だけではなく、

 砲台としても役割を果たせると言う事だ。


 だがそれを実現するためには時間が必要となる。


 巨大な魔力を操る場合には、

 その分だけ繊細な魔力の集約が必要なのだ。


 だからこそアリシアは前衛を俺に任せた。

 自身の最大火力をデビルゴブリンに叩きこむために。

 これはアリシアからの信頼の証明でもある。


 俺も負けっぱなしで引き下がるつもりはない。

 望むところだ。




「だが。別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」


 俺はアリシアに尋ねた。


「ええ、遠慮は要らないわ」


 そう言って彼女は微笑む。

 アリシアの期待に応えるため、俺は大地を蹴った。






「グギャアアア!!!」


 正面から向かう俺に対し、

 デビルゴブリンが腕を伸縮させ、応戦する。


 唸り風を切るように俺へと迫る腕。

 俺はその攻撃をギリギリで回避し、

 デビルゴブリンに対し魔法を放った。


<フレイムボム>


 デビルゴブリンの身体が爆発に包まれる。

 直撃だ。



 だが、分かっている。

 やつにダメージは無い。


 デビルゴブリンは魔力耐性が高く、

 並大抵の魔法は通用しないと考えたほうが良いだろう。



「だが目くらましにはなるだろ」



 俺は<フレイムボム>を連発しながら、

 デビルゴブリンの周囲を駆け続ける。


 爆発に包まれ続けるデビルゴブリンは、

 俺の姿を追うので精一杯と言った様子だ。


 デビルゴブリンが苛立ちを抑えられず、

 再び腕を伸ばし俺を掴まえようとする。


 俺はその隙を突いて、

 一気にデビルゴブリンとの距離を詰めた。


<エアボム>


 放つ拳に風魔法を載せて、

 デビルゴブリンの身体を打った。



 単純な発想だ。

 魔法も剣も通じないのであれば、打撃。



 風魔法が衝撃を増幅させ、

 デビルゴブリンの身体を吹き飛ばす。


「グギャアアア!!!」


 デビルゴブリンにダメージの様子はない。

 だが十分に注意を引くことは出来ている。


 俺はデビルゴブリンの背中越しに、

 魔力を集束を始めているアリシアを覗き見た。



「ギャアアア!!!」


 デビルゴブリンが腕を振るう。

 俺はそれを回避し、蹴りや拳を放つ。


 その攻防が何度も続き、

 俺は着実にデビルゴブリンに攻撃を当てていく。





 だがデビルゴブリンも、

 そのまま一方的に攻撃をくらっているだけのはずが無かった。


 何度目かの拳打をデビルゴブリンの頭部に当てた時、

 それは起きた。


「グギャアアア!!!」


 苛立たしく腕を振るうデビルゴブリン。

 俺はそれを回避する。


 デビルゴブリンは振るった腕をそのまま大地に突き立て、

 残るもう一方の腕も同じように地面へと突き刺した。


 まるで自らの身体を大地に固定するような行動であった。


「っ!?」


 今までにない行動に俺は警戒を強める。


 油断があったわけでは無い。

 だが、俺たちはどこかでデビルゴブリンを軽視していたのかも知れない。


 再生、身体の伸縮、魔法耐性。

 ゴブリンには分不相応に強力な能力を有するデビルゴブリン。


 ゴブリンの癖に、

 ゴブリンなのに。


 そんな想いが無意識のうちに、

 俺たちの観察眼を曇らせていた。


 デビルゴブリンの実力の底を見誤っていたのだ。



 つまり。

 デビルゴブリンはここにきて、更なる能力を開放した。




「グギャアアアアアアアアア!!!」



 咆哮と共に、デビルゴブリンの肩口に幾つもの窪みが現れる。

 それはまるで発射口の様に見えた。


 その窪みから赤い光が漏れ出し、集束されていく。

 赤い光が、魔法に似た気配へと変化する。



 まずい。

 そう思った俺は咄嗟に魔力を圧縮した。

 だが間に合わない。



「ギャアアアア!!!!!」



 デビルゴブリンが再び吠えると、

 集束した魔力が、

 まるで噴出するように両肩の射出口から放たれた。



 噴き出す赤い熱線が、

 凄まじいスピードで俺に迫る。



 それは俺の身体を掠めると、

 勢いそのままに地面に着弾し、大爆発を起こした。


「ぐあっ!!」


 俺は爆風に吹き飛ばされる。

 二度三度、地面にバウンドしながら受け身を取る。

 見れば熱線の掠った右肩が焼け焦げていた。



 なんて威力だ。

 まさかデビルゴブリンがこんな能力を有しているとは夢にも思わなかった。


 意表を突かれた攻撃に、

 俺の注意が削がれる。


 デビルゴブリンはその隙を見逃さなかった。


 次の瞬間、

 巻き上げられた噴煙の中からデビルゴブリンの手が現れる。

 咄嗟に避けようとするが反応しきれなかった。


 デビルゴブリンの手は俺の首を掴み、

 そのまま締めあげる。


「があっ」


 抵抗するが、デビルゴブリンの力は強くまるで動かすことが出来ない。


 持ち上げられ、地面から足が離れる。

 デビルゴブリンは伸ばした腕を縮小させると、

 俺を手元へと引き寄せた。



「グルルル」


 目の前でデビルゴブリンが唸り声を上げる。

 避ける様に広がる口元から、黄色い歯が見える。

 涎とも見わけもつかない何かが口元から滴っていた。


 間近で見ると尚、デビルゴブリンの禍々しさが際立つ。



「化け、物が・・・」



 俺は首を絞められながらそんな言葉を吐き付ける。

 デビルゴブリンがその言葉を理解したとは到底思えないが、

 首にかかる力は更に強くなった。


 首を絞められているため、次第に意識が遠のく。

 なんとかしないとマズい。



「・・・レイ殿!!!」



 遠くでキリカが俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 悲痛な声だ。



 だが俺はまだ冷静だった。

 まだ手はある。



 俺は酸素不足で痺れ始めた右手を動かし、

 俺の首をガッチリと掴むデビルゴブリンの腕に触れた。



 そして俺は魔力を集束させる。



 あの時迎えに来たアリシアは、

 俺が一晩戻らなかったと言った。


 だが俺にその意識は無い。


 いくら深く集中していたとはいえ、

 そこまで時間の感覚が狂うことなどありえない。


 だとすれば答えは一つ。

 間違いなくあの瞬間、俺は時計の針を動かしたのだ。



 原理は相変わらず分からない。

 だが感覚は覚えている。



 俺は残りの全ての魔力を、右手に集める。



 圧縮でも、拡散でもなく。

 回転。


 魔力を時計回りに動かし、

 そのまま加速させていく。


 もっと。

 もっと速くだ。



 俺は薄れる意識の中、

 ただ魔力を回転させることだけに集中した。


 すると俺の右手に集束する魔力が、

 次第に色を変え、鈍く輝きだした。


 白でも黒でもない、灰色。



 俺は静かに呟く。



<時よ>



 その瞬間、

 俺が掴んでいたデビルゴブリンの腕が灰色の光に包まれ、

 粉々に砕け散った。



「ギャアアアアアア!!!!!!」



 初めて悲痛の込められた叫び声をあげるデビルゴブリン。

 そのままたたらを踏んで、後退りをする。


「ゲホッ、ガハッ・・・」


 拘束から解放された俺は、

 霞む目でデビルゴブリンを見据える。


 俺の時間魔法を喰らったデビルゴブリンは、

 肩口から先をすべて失っていた。


 デビルゴブリンは、その身に起きたことが理解出来ていないようで、

 慌てふためいているように見えた。


 必死に再生を試みているようだが、その腕が再び生えてくることはない。



 当たり前だ。

 再生能力ごと風化させてやったんだ。


 時の流れを舐めるなよ。





 再生が不可能だと悟ったデビルゴブリンは、

 憎々しいと言った様子で俺を睨む。



「グギャアアアアアアアアアア!!!!!!」



 そして鳴き声と共に、

 残った肩口の射出口再び赤い魔力を集束し始める。



 マズい。

 俺は身構える。


 まだ手足のしびれが残っており十分に動くことが出来ない。

 片肩の射出口は潰したとは言え、

 さきほどのあれを放たれたら避けるのは難しい。


 使用した時間魔法により、

 俺の魔力はほぼ空だ。





 どうする。

 俺は頭を巡らせる。



 だが答えが出る前に、

 焦る俺の耳に声が届いた。






「約束通り、3分よ」





 俺は危険を感じ、

 残るすべての力を使いバックステップする。



 次の瞬間、

 遥か上空より一筋の光の柱が落ち、

 デビルゴブリンを焼き尽くした。



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