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第37話 修行修行修行

 

 ラスコの魔導士ギルド、その一室。

 二人の少女が向き合っていた。


「ごめんなさい、アル。せっかく依頼を出してくれたのに」


 アリシアはアルに頭を下げる。

 アルはそんなアリシアに慌てて声をかけた。


「や、よしてください。そんな。『白蝶』は今まで魔導士ギルドが総力を挙げて追っていても捕まらないほどの相手です。いくら貴方でも解決できないこともあります。」


「ううん、Sクラス魔導士に依頼をすると言うのは相当なことだと思う。ここで『白蝶』を捕らえるって期待も大きかったってことですよね。それを私は・・・」


 アリシアが悔しそうに言う。


「そもそも『白蝶』の名前を出した盗賊すら疑わしいですし、今回は本当に『白蝶』は無関係だったのかも知れません。またいずれどこかで巡り合うこともあります」


 アルはアリシアをフォローした。


「そう、ですね。・・・だけど今回の調査費用のうち、私への報酬は不要です。何も成果を出せなかったのですから。Sクラス魔導士として報酬を受け取るわけにはいきません」


「や、そんなわけにはいきませんよ。そしたらこの数日間のアリシアさんはただ働きと言う事になってしまう。それは他の魔導士との契約内容にも影響してしまうようなことです」


 アルは慌てて言った。


「・・・本当ごめんなさい」


 アリシアもアルの言う事を理解したため、

 ただ再び謝罪した。


 アルは困ったように、アリシアを見ていた。


 その時――――


「アルテシアさん!」

 扉を開けてギルド職員と思われる男が入ってきた。


「ちょっと!来客中ですよ!」


 アルはそれを咎める。

 だが男の顔面は紅潮し、慌てているのが分かる。


「申し訳ありません、実はそちらの<紅の風>様が運び込んだ男性が目を覚ましまして。ギルド職員数名で、事情聴取をしていたのです。その男性によると、殺害されていた戦士は全身白ずくめの女に殺されたとのこと。もしや現在調査中の案件と関連があるのではと思いご報告に来た次第です」


 アルはその報告に驚く。

 全身白ずくめの女、それはもしや。


「・・・いきましょう」



 アリシアのその一言にアルも同意する。

 二人は事務所を飛び出し、ギルド直轄の治療所へと向かった。



 ・・・

 ・・

 ・



 ギルドの近くにある治療院。

 ベッドの上に男が体を起こしている。



「まずはお名前を・・・」


「・・・わ、私はガウェインです。旅の僧侶をしております」


 アリシアの質問に、憔悴した表情の男が答える。

 もともと気弱そうな雰囲気が、さらに弱々しく思える。


「ラスコにはどのような目的で?」


「布教活動のためです」


「一緒にいた男性は貴方の仲間ですか?」


「・・・彼は、ゴウセル。このラスコに来る馬車の中で出会いました。なので付き合いはそこまで長くありません」


「彼が亡くなったことはご存じですか?」


 アリシアの質問に、

 ガウェインは震えながら首を縦に振った。


「わ、私の目の前で・・・殺されましたので」


 アリシアは震える彼の手を握りしめた。


「ゴウセルさんを殺したのはどんな人物でしたか?」


「・・・全身白ずくめの格好をした女性でした。白いローブと、白い肌。まるで吸い込まれるような恐ろしい雰囲気の方でした」


 ガウェインは何かを思い出したようにブルブルと震え始めた。

 アリシアは悲痛な顔で彼を見る。


 アリシアはアルと目を合わせ、

 無言で頷いた。


「・・・その女は、あなたたちに何を?」


 アリシアは質問を続けた。


「・・・あの女はゴウセルの持つ炎龍の鱗を要求しました。だがゴウセルはそれを断ったんです。それはたぶん炎龍の鱗が惜しかったからじゃない。彼女が隠そうともしない悪意を無意識に拒絶したんだと思います」


 ガウェインは言った。


「・・・炎龍の、鱗?」


 アリシアは呟いた。

 炎龍と言えば古龍の一種だ。


 市場に出れば、

 目が飛び出るような金額で取引される。


 そもそもそんな希少なものを、

 一介の戦士が持っていたことに驚いた。


 ガウェインは話を続けた。


「・・・ゴウセルが、抵抗しようと剣を抜きました。私は何も出来なかった。ただ女が不敵な笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間にゴウセルは、ゴウセルの身体は・・・」


 ガウェインはそこで言葉を詰まらせた。


 アリシアはガウェインを発見した時に、

 傍らに倒れていたゴウセルの死体を思い出す。


 まるで内部から爆発したような、凄惨な傷。

 あれが魔導士の操る魔法とは到底思えなかった。


「・・・もうそこまでで結構です、お辛い時にありがとうございました」


 ガウェインが顔をあげる。


「もういいんですか・・・?」


 アリシアはガウェインに対し、表情を和らげた。


「ありがとうございます。ですが今は貴方の身心の回復も大事ですので・・・」


 ガウェインはまだ青白い顔で震えている。

 アリシアとアルは同席したギルドの白魔導士に後を頼み、

 ガウェインのいる治療室をあとにした。




 ・・・

 ・・

 ・



「どう思いますか?」


 アリシアはアルに尋ねる。


「・・・『白蝶』の仕業と考えて良いのではないかと思います」


 アルは答える。

 アリシアも頷いた。


 ギルドの中で秘匿情報となっている内容だが、

 実は今までの『白蝶』絡みの事件の前後にも、

 白ずくめの女性を見たと言う情報が多く寄せられている。

 今回の件と同様だ。


「・・・炎龍の鱗」


 アルは呟いた。

 女はそれを欲したという。


「古龍の鱗と言えば魔法の触媒として有名ですね」


「魔力の・・・」


 アリシアの言葉を受けて、

 アルはあることを思い出す。


「そういえば!捕縛した盗賊団が盗もうとしていたのは魔石でした。あれも魔法の触媒になります。それに既に押収済ではありますが、彼らのアジトにも大量の魔石がありました」


「『白蝶』は、触媒となる物を集めようとしている、と言うことでしょうか」


 アリシアはそう言ってなにかを考えている。


「・・・『白蝶』の正体は掴めていませんが、どうやら目的は分かってきましたね。あまり良い状況でもありませんが」


 アリシアは重い表情で呟く。

 悪名高い『白蝶』が触媒を使ってまで発動させたい魔法。

 それが善良な効果の魔法だとは到底思えなかった。


 アリシアは手にした情報を元に、

 再び『白蝶』の調査を開始した。



 ・・・

 ・・

 ・



<深き紅の淵>は、

 ゼメウスと同じ時代に存在した黒魔導士だ。


 圧倒的な魔力と魔法の技術、魔族特有の魔法。

 それから<深き紅の淵>だけが使えるユニーク魔法、

「夢幻魔法」を武器に多くの功績を残したとされている。


<深き紅の淵>はあらゆる魔導書において、

 悪人として記述されることが多い。


 それは彼女の功績が、

 多くは血にまみれたものであり、

 圧倒的武力の元に戦争に貢献したとか、

 多種族を根絶やしにしたなどと言われているためである。


 だが俺には目の前にいるリエルが、

 その<深き紅の淵>だとは到底思えなかった。


 少女のような愛くるしい容姿もそうだが、

 俺を小馬鹿にしてケラケラと笑う姿や、

 逆に俺やセブンさんに弄られると顔を真っ赤にして怒る感情豊かなところをみると、

 どうしても書物に登場する<深き紅の淵>のイメージと一致させることができなかった。



「リエルは本当に<深き紅の淵>なんですか?」


 リエルの居ない所で俺はセブンさんに尋ねたことがある。

 彼女はその質問に、少し表情を暗くし、その通りです、とだけ答えた。



 だがそんなキャラクターとは裏腹に、

 彼女の魔法の力、

 技術力はたしかに伝説に違わぬ<深き紅の淵>のそれであった。

 一緒に修業をし、

 彼女の力を垣間見るたびにその力に圧倒されていく。


 ゼメウスが万能型の魔導士だとしたら、

 リエルは間違いなく特化型の魔導士。

 それも「夢幻魔法」を中心に、魔族特有の「契約魔法」や、

 黒魔法でも氷魔法の一部などその魔法の幅は俺から見てもあまりにも狭い。



 だが驚くべきはそれらの魔法が恐ろしく洗練されていることだ。



 たとえば氷魔法一つとっても、

 彼女は大小さまざまな氷を、

 自由な密度で、自由な温度で、

 自由な場所に、自由な規模で発生させることが出来た。


 それを可能にするのは、彼女の魔力濃度のコントロール力。

 今の俺にとってはこれ以上ないと言うほどの師でもあった。


 リエルの魔法における一挙手一投足。

 魔力の流れ、魔力の集束方法、そして魔力のコントロール。

 それらを一つも見逃すまいと俺はリエルを観察し続けた。


 観察し、実践。

 失敗し、修正。


 目の前のお手本を真似ながら、

 俺は自らの魔力を研ぎ澄ましていった。


 修業を始めてどれだけの時間が経っただろうか。

 もはや俺の中から、時間と言う概念は消えていた。

 身体も精神も慣れてきたようで、

 リエルの鍛錬にも俺は耐えられるようになってきた。






 ある時、リエルが俺の顔をじっと見ていた。


「・・・お主、自覚はあるのか?」


 リエルが俺に尋ねる。


「自覚・・って?」


 俺は尋ねた。


「最初はただの雑魚と思ったが・・・取り消しじゃ。お主、なかなか魔法の才能がありおるの。ゼメウスの爺もさすがに目が肥えていたということか」


 俺は驚いた。

 リエルが俺を褒めるなんて珍しい。

 これまで馬鹿だの阿保だの散々に酷評されてきたのに。


「・・・どうした突然。褒めてくれるのは嬉しいが、なぜ褒められているのかも俺には分からないぞ。今日もセブンさんにボコボコにやられたばかりだし」


 俺はリエルに言った。


「・・・むぅ、それもそうか。ここでは私とセブンしかおらんしの。たしかに自分を計る物差しも必要じゃの。」


 リエルはそう言って何かを考え始めた。


「よし決めた。今日で基礎鍛錬はおわりじゃ。そろそろお主の刻限も迫っておるしの。あとは次にこちらに来た時に叩きこむとしよう」


 それは突然の決定であった。


「え、そんな突然・・・」


「いいから!私が良いと言ったらそれでいいのじゃ。今のお主なら、外でもそれなりにやれることじゃろ」


 リエルは胸を張ってそう言った。


「ま、待てリエル。ここでは基礎しかやってないぞ?前に言っていた時間魔法を使いこなす話はどうなった?」


 俺はリエルに尋ねる。


「ん?時間魔法か?そんな話したかの?だいたいその時間魔法はほぼお主のユニーク魔法みたいなものじゃ。使い方など私が知るか」


 リエルは身も蓋もないことを言う。


「ぐ・・・無責任な。何も掴めてないのに」


 リエルは笑う。


「ふん、甘いなグレイ。覚えておけ。現実世界においては準備万端などと言う事はまずありえん。常に準備不足の連続じゃ。何かあれば、現状のお主の力だけで創意工夫し状況を打破する事を覚えよ。ここでしたのは、そのための修業じゃ」


 俺はリエルの言葉に驚いた。

 初めてリエルの言葉に納得したような気がする。



「・・・分かってない、ような気がするけど分かった」


 俺の了解の言葉に、リエルが頷く。


「それからの時間魔法のことじゃが。さきほど私は知らないと言ったな? それは間違いではない。だが、よく思い出して見るといい。どうやらゼメウスの爺は、お主にお主が理解しているよりも多くの事を教えていたようじゃ」


「どういうことだ?」


 俺は尋ねた。


「お主を鍛えていて思ったが、やけに飲み込みが早い。お主自身の理解力もあるだろうが、どうやらゼメウスがお主が気が付かぬように色々とヒントを仕込んでおった様じゃの。あの爺の悪い癖じゃ。簡単そうに聞こえる言葉の裏に、難解なヒントを隠しおる。当人は気が付かず、あとからそれと分かるレベルじゃの。それもこれもお主が一人でも成長していけるように、と言うやつの思惑が垣間見えるわ」


 リエルが言う。

 俺はその言葉をよく考えた。


「・・・師匠が?」


「・・・ふん。私からのアドバイスはそれくらいじゃ。ユニーク魔法の育て方は人が教えるものではない。すべての魔法に共通して必要なのは術者の想像力じゃからの」


 俺はリエルに礼を言った。







 リエルに急かされるように身支度を整え、

 俺はセブンさんと一緒に居た。


 リエルはまた時間が空いたら来い、

 と一言だけ言って姿を消した。

 なんとも簡単な別れだ。


「忘れ物はありませんか?」


 セブンさんが言った。


「ありがとうございます。セブンさんにもすっかりお世話になって。結局一度も勝てませんでしたけど」


 俺は笑う。


「フフ、挑戦はいつでもお受けいたします。ですがグレイさんは強くなりました。それは私とリエル様が補償いたします」


「本当ですか?・・・少し楽しみだな」


 俺がそういうのと、セブンさんは笑顔を浮かべた。

 最初会った時とまるで印象が違うなと俺は思った。


「・・・では、ご武運を。また必ずここに来てくださいね。お待ちしています」


 セブンさんが魔力を集約する。


「ありがとう」


 そう言ったのち、

 俺の意識は遠のき、

 しだいに深い闇へと落ちていった。



 ・・・

 ・・

 ・



 誰も居なくなった部屋で、ひとり佇むセブン。

 不意に後ろから声を掛けられた。


「行ったか?」


「リエル様・・・」


 セブンは振り向く。


「せっかく二人にしてやったと言うのになんじゃあの淡白な別れは」


「・・・余計なお世話です」


 セブンは主に対し、努めて単調な言葉を返した。

 彼女が面白がっているのが分かったからだ。






「・・・グレイ、不思議なやつじゃ。この時代にあそこまで魔法の才能がある男が生まれるとは思わなんだ」


「そこまで、ですか?」


「あくまで潜在能力の話じゃがの。だがもしも私やゼメウスの時代にやつが生まれていれば、いずれは名のある魔導士となっただろう」


 生まれる時代が悪い、

 とリエルは言った。


「・・・だがやつが『ゼメウスの箱』を追うと言うのであれば険しい道になるだろうな」


「そう、ですね」


「心配か?ん?」


 リエルが再びにやにやとする。


「当たり前です。彼は私の教え子でもありますから」


 セブンはリエルに正面から言った。

 心なしか顔が赤い。

 堂々した回答にリエル再びニヤリと笑う。


「フフフ、お主がそのようにデレるとは思わなかったぞ。その姿が見れただけでもグレイを鍛えた甲斐があると言うものじゃ。・・・私もやつの行く末に興味が出てきたわ。たまには読書以外にも外の世界に出るとするか」


 主の言葉に、セブンは強く頷いた。



良かった。

マギア=エレベアは覚えませんでした。


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