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第36話 愚鈍



リエルの修業は想像を絶するものだった。



「ぐ、こんなの聞いてないぞ」



今は訓練場の中をひたすらに走り込んでいる。

どれほどの時間を走らされているかも分からない。

この空間では知覚はまともに機能しないのだ。



「ハッハッハッ、余計なことを考えている暇はないぞ」



俺の姿を見てリエルが声を掛ける。

俺はその姿を恨めしそうに睨んだ。



リエルが人にものを教えたことがないと言うのは本当の様で、

とにかく非効率で精神論的な事を要求された。


走り込み、筋トレ、走り込み、筋トレ。

日が昇ってから昼まではそれの繰り返し。


午後になれば魔力を限界まで使用した魔法訓練を行い、

魔力が枯れ果てて倒れるまでそれを行った。


ひどすぎる。

俺はリエルに何度も理不尽だと抗議をしたが、


「精神は強靭な肉体に宿る。魔力も然りじゃ。私が言うのじゃから間違いない」


と胸を張って言うばかりで、一向にメニューの改善は行われなかった。


どちらかと言うとインドア派であった俺には、

ド正面からの肉体鍛錬はきつく、

体力的に精神的にも追い詰められた。


そして俺の心を更に追い詰めたのは、

セブンさんと行う別の修行であった。



「でりゃあああ!」


俺はセブンさんに殴りかかる。

セブンさんは俺の拳をからめとると、

そのまま俺の勢いを利用し、俺を投げ飛ばした。


「ぐはっ!」


背中から地面に叩き付けられる。

思わず呼吸が止まる。


「・・・何度も言う様に、実力差のある相手に正面から立ち向かってはいけません。魔法も体術も同じですよ」


セブンさんは涼しい顔で言う。


これは基礎訓練と、

魔法訓練の合間に挟まれるセブンさんとの模擬戦だ。

俺はセブンさんからみっちりと体術を仕込まれていた。



「さぁ起きてください。続けていきますよ」


セブンさんに檄を飛ばされ、

俺は身体を起こす。

身体が痛い。

ああやって地面に叩き付けられたのは一度や二度ではない。


「今度はこちらから失礼いたします」


セブンさんはそう言うと地面を蹴る。

僅かにあった俺とセブンさんの距離が一瞬で0になる。


「ぐっ!」


俺はセブンさんの接近を振りほどくように、

拳を振るった。


狙いは彼女の美しい顔面。


そこに一切の躊躇はない。

そんな余裕を持てるような相手ではないのだ。


「また単調になっています」


セブンさんは冷静にそう呟くと、

俺の拳を首の動き一つで避けた。


そして拳を避けられ前のめりに体勢を崩した俺の顔面に、

合わせるように掌打を叩き付けた。


見事なクロスカウンター。

俺の身体は衝撃で後方に吹き飛ぶ。


これで何度目の敗北か。

対して、俺はまだ一度も彼女に有効打を打てていなかった。


「・・・・なんで、そんな強いんですか・・・」


俺は身を起こしながら、セブンさんに尋ねる。

殴られた頬がズキズキ痛む。



「<深き紅の淵>のメイドは、ただのメイドでは務まらないという事です」



そう言ってセブンさんは初めて笑顔を見せた。

普段の凛とした表情ではなく、なんというか女性らしい表情であった。


うん、可愛い。

俺はそんな事を思った。


俺の心の機微を目ざとく見つけたリエルが表情をしかめる。


「む、グレイ。お主、まだ余裕があるようじゃの、よし模擬戦が終わったらもう少し走ってこい」


リエルの無慈悲な指示。

俺は泣いた。


セブンさんはそんな俺を見て笑っていた。







「ぐ、あの脳筋め・・・」


筋肉痛と模擬戦のダメージ、

それから魔力の枯渇による疲労により、

満身創痍と言った状態だった。


自分にあてがわれた部屋に戻り、

ベッドに倒れこむ。


この夢幻魔法の空間で修業を始めてからどれくらい経ったのか。

日が昇り、沈む光景を何度も見たような気がする。

俺がそれを尋ねても、

リエルはまだ時間はあると答えるばかりであった。


それでも文句を言い続けると、


「強くなりたいんじゃろ?私はここで止めても構わぬぞ?ん?また炎龍に殺されるのが希望か?」


と、梯子を外すような事を言われ、

結局俺はそれ以上言い返せなくなるのだ。

これは立派なハラスメントだ。



「失礼します」


部屋をノックしてやってきたのは、

セブンさんだった。


「体調はいかがですか?」


セブンさんは俺に尋ねる。

どうやら心配してきてくれたようだ。


「最悪です」


俺は素直に答えた。

その言葉にセブンさんは少し表情を柔らかくした。


「ご主人様は少し説明下手なので。でもご安心ください。鍛錬の方向性は間違っていないとリエル様も私も確信していますので」


セブンさんは言った。


「本当ですか?なんだか二人して俺を使って遊んでいるのかな、とすら思えてきましたよ」


「あら、それは誤解ですよ。グレイさんは強くなっています」


セブンさんは笑った。

初めて会った時に比べてかなり人間らしい表情を見せてくれるようになった。

俺はそんなことを思い、

気になっていたことを尋ねることにした。



「・・・あのセブンさんも、魔族、なんですか?リエルと同じように」



俺の言葉にピクリとセブンさんが反応する。

柔和な表情から一転して、無表情に俺を見つめる。


「・・・はい、そうです。やはり気になりますか?」


セブンさんは俺を見つめて言った。

なんとも表情の読みにくい顔だ。


俺は少し考え、素直に答える。


「気になるって、何がですか?」


俺は逆に尋ねた。


「世間では魔族は差別の対象ですし、それに評判も良くありません・・・。歴史的に一族は色々と悪事を働いてきたので文句は言いませんが、逆に言うとグレイさんがご主人様を魔族と知っても態度を変えなかったことに私は驚いたくらいです」



セブンさんは言った。


たしかに魔族はその強大な魔力を使い、

色々な事件を起こしてきた。

また歴史的に悪名高い魔導士たちにも加担していたと言う事実もまったくの濡れ衣ではない。


それにより差別とまではいかなくとも、

魔族を特別に見る人たちがいるのは事実だ。



「俺には、正直分かりません。なにぶん狭い世界で生きてきたので」


俺は正直に答えた。


「狭い、ですか?」


「リエルから聞いているかも知れませんが、俺はもともと人生の終末を迎えた人間だったんです。以前の『僕』は人との関りを持たずに、むしろ隠れるように生きてきました。広い世界に人間以外の種族が居ることは知っていましたが、そんなこと気にする余裕もありませんでした」


セブンさんは黙って俺の話を聞いている。



「ただ俺が魔導士になってからは人と接することが増えました。それで理解したんです、今まで俺が興味を持たなかっただけで、世界には意外と優しい人が多いんだな、って」


「優しい、ですか?」


「はい。たとえば俺の仲間のヒナタって言うのが居るんですが、こいつが普段は無口で冷たいんです。けど本当は俺の事を心配してくれているんだということを俺は知っています。ぶっきらぼうなだけで、優しいやつなんです。それから最初は怖いと思っていたSクラス魔導士の<雷帝>も話してみると、俺と同じように魔導士に憧れを抱いているカッコいい人だと分かったし、他にも宿屋の女将さんも実は――――」


俺は今まで出会った人に関する話を、

これでもかと言うくらいに話した。


そこでハッとする。

俺の勢いに、

セブンさんが唖然といった表情を浮かべていたからだ。


「あ、いえ・・・すみません、その言いたかったのはきちんと人として腰を据えて付き合えば、本当に悪い人なんてそうは居ないんじゃないかってことです。魔族だろうと人だろうと、あまりそこは変わらないかな、って」


途端に恥ずかしくなり謝ると、

セブンさんは今度は驚きの表情を浮かべている。

こんなに表情豊かな人だったか?


俺がどうしたものかと戸惑っていると。

セブンさんはクスクスと声をあげて笑った。


「・・・不思議な方ですね、グレイさんは。リエル様が気に入るのも分かる気がします。」


セブンさんは優しい笑顔を見せる。

いつものメイド然とした表情ではない。

恐らくありのままの彼女の顔。


「でも、ありがとうございます」


そう言って彼女は部屋を出ていった。

その表情はどこか嬉しそうにも見えた。




・・・

・・




「どうした、そんな魔力じゃ一時の涼も得られぬぞ」


リエルが檄を飛ばす。

俺は自分の目の前に展開した氷魔法にさらに魔力を注ぎ込み、

さらに温度を下げるべくコントロールする。


これは魔力の濃度の操作の魔法。

魔導士なら誰でもやったことのあるような基礎訓練だ。

リエルの魔法指導は他の訓練と同様に、

あくまでシンプルな訓練方法がメインであった。

ただし求められる水準が、異常に高い。


今も俺の全魔力のほとんどをつぎ込んでも難しいような、

精密な変化を求められている。


「次、次は火じゃ。ほれ休むな」


氷魔法が途切れると、

今度は次の魔法を展開するよう指示を出す。

鬼のようなしごきだ。


「リエル様、お待ちください。グレイさんの魔力も尽きかけています。これでは普段出来ることも出来ません。負荷をかけて成長させるのは王道ですが、成長には過分な負荷というものもありますよ」


セブンさんが、リエルに声を掛けた。


「む、そうかの。・・・仕方ない。すこし休憩じゃ。おい、グレイ。炎魔法は出さんでいいぞ」


そう言われた瞬間、俺はその場に倒れこんだ。

限界だ。


なんじゃ情けないとリエルが悪態をついているのが聞こえたが、

もはやそれに反応する気力すらなかった。


目を閉じて、荒れた呼吸を整えていると

顔にすっと冷たいものが当てられた。

驚いて目を開けると、

そこには俺の顔に濡れた布を当てているセブンさんが居た。


「え、いや・・・あの?」


「そのままで結構です。少し休まれてください」


セブンさんはそのまま俺の顔を首を拭ってくれた。

疲れた体にひんやりとした濡れた布の感覚が心地よい。


「ありがとうございます」


「いいえ、こうして貴方の練習効率を高めるのもメイドの務めですので」


セブンさんは俺の顔を見ずに言った。

心なしか顔が赤い、ような気がする。


そしてそのまま、

布を洗ってきますとどこかに行ってしまう。

俺は何が起きたのかよくわからず、その姿を見送った。


俺が呆けていると、リエルが近付いて来る。



「ほう・・・あのセブンがああなるとは」


見ればリエルが驚きの表情を浮かべている。


「・・・お主、何をした。うちの大事なメイドを篭絡しおって。適当な事をして傷付けたら許さんぞ」


リエルがギロリと俺を睨む。


「待て、何の話だ」


俺はリエルに尋ねる。

リエルは俺に対しても驚いたような表情を浮かべ、

何かを察するとイラついたように舌打ちをした。


「・・・愚鈍なやつ」


そう言うとリエルはため息をついた。


休憩が終わったのち再開された魔力訓練は、

なぜか休憩前よりも厳しくなっていた。


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