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第35話 夢幻



「どうじゃ、私の実力を理解したか。恐れたか?尊敬したか?」


脱力し倒れる俺の横で、リエルが満足そうにケラケラと笑っていた。


さきほどまでの恐ろしい威圧感が嘘のように、

ただの少女に戻っている。



「理解もなにも、何も分からないままにやられたからな・・・」


俺は自らの首筋に手をやる。

首は胴体と確かにつながっており、

傷一つなかった。


俺はリエルとの戦闘で、3度死んだハズだった。


だが俺は今ここに居る。

命を失ってはいなかった。



「幻覚・・・か?」



俺は尋ねる。

その言葉にリエルはニヤリと笑った。



「フフ、そんな甘いものではない。貴様が感じた熱さも、痛みも。すべて本物じゃ」


「本物・・・?」


「・・・そう。貴様の頭は私の攻撃を確かに知覚していた。だから私の魔法を受け、脳が死んだと錯覚する。あの死は紛れもない本物じゃ。ただ実際に死んでいないと言う事以外はな」



リエルは言う。

幻ではなく、実際に脳がそれを感じる。

意識が痛みを信じる。

現実ではない、感覚での体験。


俺はそこまで聞いて、古い書物で読んだある魔法を思い出した。



「夢幻魔法、か?」



俺の言葉にリエルが反応する。


「フ、前にも思ったがお主知識だけは人一倍じゃな。そんな古い魔法をよく知っているものだ」



そう言ってリエルが笑う。


夢幻魔法は対象の精神に干渉し、仮想世界を体験させる。

仮想とは言うが、その世界ではあらゆる事が現実として感じられる。

視覚、聴覚、対象のすべての感覚を支配する強力な魔法だ。


夢幻魔法は現代ではすでに失われた魔法として扱われている。

その魔法を操ったのは長い魔導士の歴史の中でもただ一人で、

後世には一切の伝承がされなかったためだ。

そして、その魔導士の名前はたしか。




「・・・<深き紅の淵>」




俺はリエルに尋ねる。


それはゼメウスと同じ時代に存在した、

ゼメウスと比肩するほどの大魔導士の二つ名であった。



「・・・ふん、グレイ。光栄に思うのじゃ。あの爺と違ってワシは人に教えたことなどほとんどないぞ。それが気まぐれとはいえ貴様を鍛えてやろうと言うのじゃ」


リエルは俺の問いを、否定しないことで肯定してみせた。


<深き紅の淵>は、児童向けの絵本などによく登場する。

それらには年老いた魔女として描かれる事が多いため、

目の前にいるリエルとは似ても似つかない。


俺はあまりの事に絶句する。

そんな俺の表情を読んで、リエルが何かを察したようであった。


「・・・貴様の言いたいことは分かる。イメージと違うと言われても、私のせいではないぞ。本物はこのように若くて、美しい。」


リエルは鼻を鳴らした。


「とにかく、私の事などどうでもいい。お主は今日から私の生徒じゃ。ビシバシ鍛えるからそのつもりでおるのじゃぞ」


リエルは俺を指さして言う。

ゼメウスとはまた系統が異なるが、彼女もまた伝説的な魔導士だ。

<深き紅の淵>に鍛えて貰えるなどそんなに光栄なことはない。

俺は無言で首を縦に振った。


「どうやら、ご納得されたようですね」


メイドさんが声を掛けてくれる。


「・・・ふん、遅すぎるのじゃ。最初から素直に従え」



リエルが不満そうに悪態をつく。


「リエル様、貴女はいつも言葉が足りなさすぎます。それでは良い師にはなれませんよ。」


メイドさんがぴしゃりと注意した。


「うぐ。そうか、の・・・ならば気を付けよう」


リエルはそれに大人しく従った。

メイドさんの言葉には素直に従うようだ。



「改めましてグレイさん、これからお願いします。私はご主人様、<深き紅の淵>専属メイドのセブンと申します」


メイドさん、セブンさんは頭を下げた。

俺も慌てて頭を下げる。




「・・・なんだか急転直下で整理が出来ていないけど、こちらこそお願いします。あ、でもリエル。鍛えてくれるは嬉しいが、今はあまり時間がないんだ。俺の仲間が明日には帰って来るんだ。とりあえず仲間と合流しないといけない」




リエルは少し考えるような仕草をみせた。


「明日か、それならば心配するでない。時間は十分にあるという事になる」



「どういうことだ?」


俺はリエルに尋ねる。

彼女は表情を険しくした。


「む、グレイ、ここに来るのは2度目だと言うのに気が付いておらぬのか。お主は鋭いのか鈍いのかよく分からんの」



リエルはため息をついた。



「リエル様?」


セブンさんが笑顔でリエルに声をかけた。

目が笑っていない。



「せ、説明しよう。ここは既に私の夢幻魔法の中じゃ。お主に渡した鍵があるじゃろ?あれはここに入るための鍵なのじゃ。この夢幻魔法の中は、外とは時間の流れの知覚が異なるように作っておるから安心せい」



俺は驚いた。

最初に来た時から変な予感はあったが、

魔法の中とは思ってもいなかった。


そういえばゼメウスと修業した空間も彼が生み出した空間魔法の中だった。

あれも夢幻魔法と同じように、時間の概念がズレていたように思える。


使う魔法は異なるが、

リエルはゼメウスと似たようなことが出来る、と言う事か。




「・・・すごいな」


俺は素直にリエルを称賛した。

リエルは満足そうな笑みを浮かべる。


「フフ、では貴様の仲間が戻るまでの()()()時間、私がみっちり鍛えてくれよう。逃げるなよ?強くなりたいならわ私に師事するのが一番の早道じゃぞ」



俺はその言葉を素直に受け取る。

もはや俺に文句の付けようもない。



「よろしく頼む」



俺は今度こそリエルに素直に頭を下げた。



・・・

・・



「飽きた」


ヒナタは剣を振るいながら辟易していた。


ヒナタの一振りでホーンラビットが両断される。

だが、ホーンラビットは次から次へと巣穴から飛び出してくる。

一体一体は弱いホーンラビットでも、これだけ集まればそれなりの脅威となる。


ヒナタが討伐を始めてから既に今日で3日目。

ようやくホーンラビットの数も減ってきた様子だ。


はじめは、ヒナタと3人組の魔導士、4人で受注した依頼だった。

人数指定がある依頼を見つめるヒナタに、向こうから声を掛けてきたのだ。

魔導士として働くとこうした臨時の協業はよくあることであった。


かくしてラスコを出発した3人と1人。

だが依頼主の村へ移動する途中で、黒魔導士が体調を崩した。


理由は拾い食い。

道中で採取した毒ミズキノコを誤って食べてしまったためだ。


これにより、広域への範囲攻撃を可能とする者が脱落してしまった。

これが一番の痛手であった。

残りは剣士であるヒナタと、魔拳士の青年、白魔導士の少女となる。


予定より一人減った状況ではあったがこういったケースでは依頼は継続される。

村に着いたのち、3人で討伐を開始するが、当初は順調な滑り出しであった。


範囲攻撃は無かったが、白魔導士の援護魔法によりヒナタと魔拳士が強化され、

ホーンラビットを次々と倒していった。

イレギュラーな事態はあれど、時間通り依頼を完遂できる。

そう思っていた。



だが不運は続いた。

ホーンラビットを追った際に、一頭のダークグリズリーと遭遇してしまう。


ダークグリズリーは通常の熊の倍はあろうかと言う巨大熊で、

分厚い脂肪により物理防御が高い。

剣士と魔拳士には相性の悪い相手と言えた。




3人は協力し、なんとかダークグリズリーを撃破。

しかしその戦いで魔拳士は負傷してしまう。


こうして実質的に一人となったヒナタは、

ホーンラビットを追い回す。


白魔導士の少女は無事ではあったが、

ダークグリズリーとの戦いと、魔法の連発により疲労困憊と言った様子だ。

先ほどから小さなミスも目立つ。


ヒナタはその姿に文句を言う事も出来ず、

ただ黙々と剣を振り続けた。



「グレイのあほ」



自分の口から相方の名前が出てきても、

ヒナタはもう驚かない。


ボルドーニュの街では彼の勝手な行動に腹を立てたが、

心の底では彼を信頼しているのだ。


今のところ、二人の目的地は東の大陸で一致している。

グレイは大魔導ゼメウスとの約束により、『ゼメウスの箱』を探すという。

出来る事であれば、自分もそれに帯同したいと思っている。

『ゼメウスの箱』に興味がない魔導士なんてありえないし、

なによりグレイとの旅は楽しかった。


だが。


自分の目標の刻限が近付いてきている。

それだけはどうしても、優先しなくてはならない。



―――――たとえグレイと離れることになっても。



ヒナタは自分の胸を押さえた。

ホーンラビットは次から次へと現れる。


・・・

・・



―――――パチン。



<紅の風>アリシアの指が鳴る。


「グギャっ!!」

「ギギャアアア!」


すると目の前のオークたちの身体が一瞬にして炎に包まれた。


無詠唱魔法。

赤魔道士の専売特許だ。



「アリシア様、魔物はこれですべてのようです」



シオンが周囲を警戒しながら言う。

彼の足元にもまた数頭の魔物の死体が転がっている。


アリシアとシオンはアルから仕入れた情報をもとに、

『白蝶』との関与が疑われた盗賊団のアジトを虱潰しに回っていた。


ここはラスコ近郊の岩場にある洞窟の中。

盗賊団の代わりに、魔物が住み着きつつあった。


「ここにも、手掛かりはありませんね」


シオンが言う。

目の前には荒れ果てた居住スペース。

盗賊団のものだろう。


ここで三か所目。

アルに教えられたアジトは最後だ。

だがここまで『白蝶』の情報はまったく掴めていない。

手掛かり一つもだ。



「こうなると調査のしようがありませんね。どうしたものか」



シオンが悔しそうな表情をする。

たしかにここまで情報が出なければ、

『白蝶』と盗賊団の関与は立証できない。


唯一の手掛かりである盗賊団員たちは全員殺されてしまっているのだ。


「一度、ギルドに戻ってアルさんと相談しましょう」


アリシアは言う。

シオンもそれを了承した。






そうして森の中の街道を歩き、帰路につく二人。

アリシアは内心で今後のことを思っていた。


ギルドに戻ったところで、

他に手掛かりが無ければそれで手詰まりだ。

Sクラス魔導士と言えど、情報がなければ調査のしようがないのだ。

だが何も無かった、では自分に依頼をしてくれたアルに申し訳が無い。



そんな事を考えて歩いていると、

不意にアリシアは魔力の気配を感じた。



「アリシア様?」



シオンが声をかける。

彼には感じられなかったようだ。


「向こうで、なにか・・・」


アリシアは魔力の気配を頼りに街道を外れ、森へと入る。

シオンも無言でその後を追う。


近付くごとに分かる、その魔力の異様な気配。

アリシアは足を早めた。


「こ、これは・・・」


草木の間にアリシアが発見したのは、

戦士と思われる男の死体と、

そばに倒れる僧侶の姿であった。


「う・・・これはひどい」


追い付いたシオンが思わず顔を背ける。


戦士の死体はまるで内部から爆発したように、

胸元に大きな穴が開いていた。


辺りには死体のものと思われる血が飛び散った後がある。

血はまだ乾ききっていないようで、血の匂いが鼻をついた。

凄惨な現場である。



アリシアは倒れる僧侶風の男の身体に触れた。

青白く呼吸は小さいが、

まだわずかに温もりがある。

アリシアは振り返りシオンに声を掛ける。


「シオン、この方まだ生きています」


アリシアとシオンは僧侶を抱き起すと、

急いでラスコの街へ向かうのであった。


彼が『白蝶』に関する重大な手掛かりを握っているとは、

その時には考えてもいなかった。


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