1. 婚約破棄を仕組んだのは
「コーデリア嬢! 君との婚約は破棄させてもらおう!」
オールストン伯爵令息の誕生パーティーの会場で、晴れの場にそぐわない台詞が響く。
パーティーの雰囲気を台無しにしたのは、ケイシー・オールストン。そう、この誕生パーティーの主役だ。
そして、婚約破棄を言い渡されているのは、コーデリア・ラムゼイ伯爵令嬢──この私である。
ケイシーは彼の新恋人ジェニー男爵令嬢を守るように背後に立たせ、私に人差し指を突きつけた。
「君はジェニーと僕の仲を疑って、彼女にひどい嫌がらせをしていたようだな! そんな女は次期伯爵である僕の伴侶に相応しくない! よって今この時をもって婚約は解消する!」
「ケイシー様……私、本当に怖かったんですの……」
ケイシーの後ろでジェニー嬢がはらはらと涙を流す。
そんな彼女の肩をケイシーがそっと抱き寄せた。
「大丈夫だ、ジェニー。コーデリアは僕という後ろ盾を失った。もう今までのように好き勝手はできないはずだ」
「よかった……でも私、まだコーデリア様が恐ろしくて……」
「ああジェニー、可哀想に……。こうなってしまったのは彼女をうまく管理できなかった僕にも責任がある。だからこれからは僕が君を守るよ」
「ケイシー様、私のためにそこまで……嬉しいです」
ジェニー嬢がケイシーの胸に縋りつく。
ケイシーはどこか満足そうな顔で、ジェニー嬢の背中に腕を回した。
「コーデリア嬢、分かっただろう! 君は許されない間違いを犯した! 僕の両親も君との婚約破棄に賛成している! 早くここから出ていってくれ!」
まるでオペラを上演中の劇場のように静まり返った広間で、観客たちの視線が私に向けられる。
私はその無数の眼差しに臆することなく、不敵な微笑みを浮かべた。
「あら、こんなサプライズを用意してくれてたなんて。あなたの誕生パーティーなんてどうせつまらないと思っていたけど、なかなか楽しませてくれるのね」
「なんだと!?」
「婚約破棄の件だけど……まあ、こんな事態になっては継続するのも難しいでしょう。それに、あなたが言うように私は伯爵夫人には到底収まりきらない人間なので。喜んで受け入れるわ」
「よ、喜んでだって……!?」
「あら、せっかくすんなり承諾してあげたのに、何がご不満なのかしら。まあどうでもいいわ。それでは、この先のお二人に幸多からんことを」
私は真っ赤なドレスの裾をひるがえして、くるりと二人に背を向ける。
「ご来賓の皆様、お騒がせして失礼いたしました。私のことは気になさらず、楽しいパーティーをお過ごしくださいな」
にっこりと笑顔を浮かべて広間から去る途中、「おい! なんだそんなあっさりと! 待て、コーデリア!」と誰かさんの声が聞こえてきたけれど、もう私には関係ない人だし無視していいわよね。一体何を期待していたんだか。
私は一仕事やり終えた充実感とともに、オールストン侯爵邸をあとにしたのだった。
◇◇◇
「コーデリア、大丈夫だったか!?」
「大勢の前で酷い目に遭わされて可哀想に……」
「お姉様、ぼくがついてるからね!」
帰宅してエントランスホールに入るなり、私の帰りを待ち構えていたお父様とお母様、そして可愛い弟のアーサーに出迎えられ、ぎゅうぎゅうに抱きしめられてしまった。
「私は大丈夫です。全部うまくいったので安心してください。それよりちょっと……苦しいです……」
「す、すまない!」
「まあ私ったら!」
「お姉様、ごめんなさい!」
みんなが急いで私から離れる。
その慌てっぷりにクスッと笑いを漏らしたあと、私はみんなを安心させるようにガッツポーズをしてみせた。
「婚約破棄イベント、ばっちり決めてきましたよ! これで当面は誰とも婚約しなくて済むはずです」
そこそこ盛大なパーティーの場で、あんな派手な婚約破棄をぶちかましてきたのだ。しかもいかにも強かそうな悪女ぶりをたっぷりと見せつけて。
これであの場にいた参加者はもちろん、その他の貴族にも噂が広まり、悪女コーデリアと婚約はおろか、恋人になろうと考える者もいなくなるだろう。
ここ数週間、略奪を狙うジェニー嬢を泳がせ、ケイシーがパーティーで婚約破棄宣言をするよう裏で仕向けた甲斐があるというものだ。
己の完璧な計画遂行能力に思わず惚れ惚れしていると、お父様が寂しそうにぽつりと呟いた。
「誰とも婚約しないだなんて……。コーデリアはこんなに美人で賢くて、きっと素晴らしい女主人になれるのに」
そうだ。婚約回避を望んでいるのは、実際には私だけ。
お父様もお母様も、それからたぶんアーサーも、本当は私がどこかの貴族に嫁いで幸せになることを願っている。
でも、その期待に応えることはどうしてもできない。
なぜなら、私は前世の記憶を思い出してしまったから。




