第118話 兄との再会
目が覚めてから、数日が過ぎた。
最初のうちは部屋から庭へ出るだけでもおぼつかなかった足取りも、みんなの支えもあってか、だいぶ回復してきている。
「はーい、今日のおやつよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
散歩の後は、イリディア様がどこからともなく珍しい果実を用意していてくれる。
赤く透き通った実や、星の形をした黄色い果実。どれもかじりつくと瑞々しい甘さが口いっぱいに広がり、もう一口と手が伸びてしまう。
中には大きくて平たい種が入っているものもあった。
なんとなく捨てるのが惜しくなって洗っておいた。
芽が出たら面白そう。
早く山へ戻って土に埋めてみたくて、うずうずしている。
朝は爽やかな風が吹く庭を散策し、昼には屋敷の廊下を何往復も歩きお腹を空かして沢山食べる、夜も沢山食べてぐっすり眠る。
そんな生活をしている。
二週間も眠り続けていたとは思えないほど、身体の回復は早かった。前回バルコニーから落ちた時もそうだったけれど、本当に不思議なくらい。
それに、今回ここまで回復が早いのは、イリディア様が毎日持ってきてくれる不思議な果実のおかげなのかもしれない。
そう思って尋ねても、イリディア様はいつも意味ありげに笑うだけだった。
鈍っていた身体も、今では庭を一周できるほどまで回復した。
そして、今日は特に調子が良い。屋敷の窓から入ってくる太陽の光やそよ風が気持ち良くて、歩く練習だけではもったいない気がしてくる。だからつい……
「ヴァル様、見て! 私もう走れる気がする! 行くよー!」
「お、おい、前を……」
と、ヴァル様の制止を聞かず勢いよく駆け出した、その瞬間。
ごつん。
「いっっったっ!」
額を押さえていると、頭上から呆れた声が聞こえた。
「家の中を走るな」
「……」
見上げるまでもなく、この声はルーカスお兄様だ。恐る恐る目を開けると、風に揺れる深いグリーンの毛先が視界に入った。
山へ向かう前より髪の毛が長くなっている。その長さが久々の再会を物語っていた。
「久しぶりね! でも、ちょっと試してみたかっただけで……」
言い返そうとした声は、ルーカスの深く、長いため息に消された。
「なかなか目を覚まさなくて心配したんだからな……こっちの気も知らないで。いつまで経っても子供だな」
ぶっきらぼうな声と共に、頭にぽんと大きな手が置かれる。
「様子を見にきたが、随分と元気そうだな。また無茶をしているんじゃないか?」
そのやり取りを見ていたヴァル様もうんうんとルーカスお兄様に同意している……
(えっ、私の味方してくれないの!?)
「……まあ、無事で何よりだ」
そう言って、優しい顔を向けられる。
ルーカスお兄様にそんな顔向けられる日が来るとは思わなかった。私が知っているのは眉間に皺を寄せる怖い兄の顔だ。いつもこうならきっとモテるだろうに。
「……何、失礼なことを考えてるんだ」
「え、なに!?」 (なんで分かるの!?)
「お前ほど顔に出るやつは見たことないからな」
え、そんなはずはないと思いヴァル様を見るとうんうん、と頷いている。
やたらと兄に同意している。もしかすると二人で示し合わせているのでは、と考えてみたけれど、そんなことをする理由がどこにもない。……と、いうことは事実なのか。これからは悟られないように気をつけなきゃ。
偉い人に会う前に気付けて良かったと考えていると再び話が続けられていた。
「それに魔法が使えるようになったそうだな。人一倍色々な事に興味を持つお前が、使えなくて悔しいと昔相談してくれた事を思い出してこちらも嬉しくなったよ。おめでとう」
そう言って、再び頭にぽんと大きな手が置かれる。魔法が使えるようになったことを、誰かが「おめでとう」と祝ってくれたのは初めてだったので、嬉しくて目頭が急に熱くなりだした。
「……ありがとう」
やっと絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。
涙が溢れそうになり慌てて天井を見上げた。こんなところで涙を見せるなんて、子供みたいではないかと思ったのに、一度溢れかけたものは簡単には戻ってくれない。
それに、盛大に上を見上げたまま泣き始めた私を見て、兄は困りながらもとうとう笑い始めた。
こんなふうに喜んでもらえるなんて思ってもみなかった。
ルーカスは一度視線を逸らし、困ったように後頭部をかいた。
「……ほら! いい加減泣きやめ!」
ルーカスは懐からハンカチを取り出すと、私の目元を雑に拭った。
「だって……」
まさか昔のことを覚えていてくれていると思っていなかったから。
魔法が使えなくて悩んでいた私を、ちゃんと見ていてくれた。
その事が、思っていた以上に嬉しい。
「……ほら、早く泣き止まないと来客だぞ」
窓の外へ目を向けたルーカスが、呟く。
つられて私も窓の向こうへ視線を向けると、門の前に立派な馬車がゆっくりと止まるところだった。
さっきまで胸いっぱいに広がっていた温かさが、すっと引いていく。
誰が来たのだろう。
……そう思ったのも束の間だった。
驚き過ぎて、涙もいつの間にか止まっていた。
「あれは……」
「公爵家の馬車だ。」
「えっ!? 聞いてないんだけど!?」
「ああ。すまん、今言いに来た。到着が思っていたより早かったが……顔を洗って着替えてこい。」
公爵家。
その言葉だけで、さっきまで泣いていたことなど一瞬で頭から飛んでしまう。
この顔のまま会うわけにはいかない。心の準備だって、まだできていない。
ルシアン様と会うことは、お父様にも「もう大丈夫」と伝えていた。
でも、それが今日だなんて聞いていない。
「は、はい!」
そう返事をすると、大急ぎで部屋へ戻り、身支度に取り掛かった。
このところ更新が滞ってしまい、申し訳ありません。
16年半一緒に過ごした愛犬を見送ったこともあり、少し気持ちの整理に時間をいただいています。
本日投稿した話は少し前に書き溜めていたものになりますが、次回の更新も少し遅くなるかもしれません。
落ち着き次第、また更新を再開しますので、よろしくお願いいたします。




