剣姫
「はー……ランクA降格だってよ」
通知を閉じて、スマホをテーブルに置いた。
向かいのタクヤがコーヒーを啜りながら顔を上げた。
「お前もか?」
「いや、お前もって……お前も!?」
「そうだよ。ダンジョンで敗走した負け犬だぜ、俺は」
タクヤが自嘲気味に笑った。
「あー、俺も似たようなもんだわ。どんどん強くなってきてるよな、最近のダンジョン」
「昔は楽しかったよな。みんなで配信して、攻略組が制圧して、それで終わり」
タクヤが天井を見上げた。懐かしそうな目。
「それが今や敗走やらダンジョン崩壊まであったときた。ランク制度の見直しも当然っちゃ当然だけどよ」
「Sランクの基準がえぐくなりすぎなんだって。俺ら去年までSだったのに」
「時代だよ時代」
ピッ。
スマホに通知が入った。画面を覗く。
「あ、町田の巨大ダンジョン制圧終了だってよ」
「はやすぎ。出現から何時間だよ……こりゃ剣姫様いったな」
「間違いない。すげえよな、いっつもソロで最速攻略。頭おかしいだろあの人」
タクヤが身を乗り出した。
「なにもんか知ってる?」
「いや? 情報全然出てこないんだよな。事務所にも所属してないし、配信もしてない」
「3年前さ——ダンジョン崩落事故あったじゃん」
タクヤの声が少しだけ低くなった。
「黄金拳とか、ダンジョン食堂ポポとかが犠牲になったやつ」
「……ああ」
なんとなく覚えてる。たしかニュースで何日も流れてた。
配信者が大勢生き埋めになった。地下ダンジョンができたところの地盤に問題があったとかなかったとか。
「あそこから自力で生還したって噂」
「モグラかよ。……まぁ、剣姫様ならできなくもなさそうだけど」
「ま、噂だよ噂」
タクヤがコーヒーを飲み干した。
「噂といえばもう一つ。——侍の幽霊がダンジョンに現れるらしいぜ」
「へー。昔そこに墓地があったとか? 俺霊感ないから関係ないけど」
「いや、実際に斬られたパーティがいるらしい。しかもクソ強かったって。ただそのダンジョンは閉じたから、確認のしようがない。本当に幽霊かもな」
「怖い話すんなよ、昼間から」
タクヤが笑った。
ピリリリ——。
スマホが鳴った。番号を見る。本部だ。
「はい——はい。緊急要請……。了解しました、すぐ向かいます」
通話を切った。立ち上がる。
「悪りぃな、緊急要請だ」
「おう、頑張れよ」
タクヤが手を振った。
店を出て、チームメンバーに連絡を取った。集合場所を指定して、急いで現場に向かう。
「おう、みんな集まったな」
メンバーの顔を見回した。
「急で悪い。状況は聞いたか?」
ケンジが腕を組んで頷いた。タンク。デカい体に似合わず繊細な盾捌きをする。
「巨大ダンジョン出現、緊急制圧要請。いつも通りっすね」
ユキが髪を結びながら言った。キャスター。氷系の精度が高い。
「ヒーラーいるから安心してね」
サヤが杖を抱えて微笑んだ。回復担当。判断が速い。
頼もしい仲間だ。
現場に着いた。
ダンジョンの入口に、すでに何組かのパーティが集まっていた。
見たところ——Aランクが大量に。それとSランクパーティが一組。
なんとか成果出してSランク戻らないとな。
「よし——みんな、頑張ろうぜ!」
三人が頷いた。ダンジョンに踏み込んだ。
暗い。
松明の灯りが壁を照らしている。石畳の通路が奥へ続く。
空気が重い。ダンジョン特有の冷たさと、どこからか漂う獣の臭い。
中層まで順調に進んだ。モンスターの処理はケンジが前衛を張って、ユキが横から氷で仕留める。サヤの回復も的確だ。連携に問題はない。
下層に差しかかった時——足元が光った。
「トラップ!」
叫んだ瞬間、床が抜けた。
「うわあああ!!」
落ちた。
全員が真っ暗な穴に吸い込まれて、硬い地面に叩きつけられた。
粉塵が舞う。咳き込んだ。
「全員無事か!?」
「……なんとか」
ケンジが起き上がった。盾を拾う。
「ここ……どこだ?」
暗い。広い。天井が見えないほど高い。
松明の灯りが壁面を揺らしている。
奥に——巨大な扉があった。
「あ、ここボス部屋……」
ユキが呟いた。声が強張っている。
他のパーティを待つか?
いや——
「俺たちだってつい最近までSランクだったんだ。いこうぜ!」
拳を握った。弱気になってどうする。
扉を押し開けた。
石の擦れる重い音が反響した。
中は広かった。
闇の奥に——何かがいた。
巨大な影。四本の腕。頭部に角が生えた、岩のような体躯の魔獣。
赤い目がこちらを向いた。
「くるぞ! ケンジ前!」
「おう!」
ケンジが盾を構えて飛び出した。
魔獣の腕が振り下ろされる。盾で受ける。衝撃で足が滑った。
「重っ……! やべえぞこいつ!」
「氷槍!」
ユキが三本の氷の槍を撃ち込んだ。魔獣の胴に突き刺さる——が、弾かれた。表面に傷一つつかない。
「硬すぎる! 通らない!」
「ヒール!」
サヤがケンジに回復を飛ばした。だが魔獣の攻撃が速い。二撃目がケンジの横腹を掠めた。血が飛んだ。
まずい。火力が足りない。
ケンジも長くは持たない。
俺が前に出た。剣を構えて、魔獣の脇腹を狙った。
渾身の一撃。
——弾かれた。手が痺れる。刃が通らない。
魔獣の腕が横薙ぎに振られた。
「っ——!」
避けきれなかった。脇腹に直撃。体が吹き飛んだ。壁に叩きつけられて、息が止まった。
「隊長!!」
視界が回る。立て直す間もなく、魔獣がこちらに迫る。
四本の腕が振り上げられた。
影が落ちてくる。
あ——やべ——。
閃光。
銀色の一筋が、視界を横切った。
音が遅れてきた。風を斬る音。肉を断つ音。
魔獣の胴体に、一文字の傷が走った。
裂け目から光が漏れるように血が噴き出して、巨体がゆっくりと左右に分かれた。
地面が揺れた。二つに分かれた魔獣が、轟音を立てて倒れた。
粉塵が晴れた。
その中に——人影が立っていた。
小柄な女性。栗色の癖っ毛。
腰に——二本の刀を差していた。
一本は短い脇差。もう一本は長い刀。
鞘が古かった。柄の巻きが使い込まれて色が変わっている。受け継がれてきたものを、ずっと使い続けているような。
「け、剣姫様!?」
声が裏返った。
剣姫が振り返った。
表情が薄い。穏やかだが、どこか遠い目をしていた。
「大丈夫?」
短い言葉だった。
「あ、はい! 危ないところをありがとうございました!」
頭を下げた。深く。
「無茶しないようにね」
それだけ言って、剣姫は踵を返した。
俺たちには目もくれず、ダンジョンを去っていく。
背中が小さくなっていく。
松明の灯りに照らされた影が、通路の闇に溶けていく。
ダンジョン制覇の速報が、スマホに届いた。
剣姫様のソロ制圧。また最速。
孤高って感じだ。
ずっとソロ。誰ともパーティを組まない。誰とも関わろうとしない。
それが最高にクールなんだけど——どこか、寂しそうにも見えた。
「すごいなー、剣姫様」
サヤが呟いた。傷の回復をしながら、剣姫様の消えた通路の方を見ていた。
「あの人なら幽霊侍も倒せそうだよね」
剣姫様の足が、一瞬止まったように見えた。
もう通路の奥、ほとんど見えない距離だった。
気のせいかもしれない。影が揺れただけかもしれない。
……気のせいか。
あれ?そういえば俺、ボスに脇腹抉られたような……。
傷はない。
やっぱ頑丈だな俺。まだまだいけるぞ。
「よーし! 俺もいつか剣姫様みたいに強くなるぞ!」
拳を握って宣言した。
「目標おっきいなー」
サヤが笑った。ケンジが肩を叩いてきた。ユキが鼻で笑った。
いいんだよ、目標はでっかい方が。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
もし好評であれば、続きを仮タイトル『史上最強の剣姫、本職はヒーラーだった件』で書こうと思ってます。
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