神速抜刀
もうだめなのか。
悔しい。
ガロを。アオイを。リンを。
殺したゴミ野郎に——こんな奴に負けるのが、たまらなく悔しい。
身体の奥の熱だけが引かない。
頭は冷えてるのに、血が沸いてる。手のひらが焼けるように熱い。
刀を握った指が、まだ震えてる。怒りなのか恐怖なのか、もうわからない。
視界の端でミオの顔が見えた。
喉元に刃を突きつけられたまま、俺を見ている。
泣いてない。怯えてもいない。ただ——申し訳なさそうな顔をしていた。
やめろ。お前が謝る顔すんな。悪いのは俺だ。
ゆっくりと——刀を、鞘に入れた。
カチッ。
鍔が鳴った。静かな音だった。
こんなに小さい音だったっけ。いつもは気にもしなかったのに。
「早くしろやボケコラァ!」
キングジョーの怒号が部屋に反響した。
ミオの喉元に剣を押し当てたまま、血走った目でこちらを睨んでいる。
うっせえな……わかってるよ。
こいつ、殺したかったな。
あと数センチだった。あの突きが逸れなければ、今頃こいつの首は石畳に転がってた。
鞘ごと刀を両手で持って、ゆっくりと膝を折った。
石畳が冷たい。
あとは——地面に、置くだけだ。
置いたら終わる。
わかってる。こいつは刀を置いた瞬間に俺を斬って、ミオも殺す。
でも——ミオの喉に刃が当たってるのに、動けるわけがない。
手が、下がっていく。刀が石畳に近づいていく。
あと、十センチ。
あと、五センチ——。
ズッ。
鈍い音がした。
刃が肉に沈む音。聞き覚えのある音。
今日、何度も聞いた音だ。
でも——方向が、違った。
顔を上げた。
ミオの右手が、自分の腹に突き刺さっていた。
脇差。俺が預けた、あの脇差。
柄を握りしめたまま、刃を——自分の腹に、突き立てていた。
「うっ……」
ミオの口から、小さな呻き声が漏れた。
赤い染みが、服の腹部から広がっていく。
は?
「は!?」
キングジョーの叫び。
声が裏返っていた。目が見開かれている。
剣を突きつけていた腕が——一瞬、ミオの首元から離れた。
人質が、自分で自分を刺した。
こいつの想定にない行動。理解が追いつかない顔。
目が泳いだ。隙だらけの首が——晒された。
抜刀。
考えるより先に、身体が動いていた。
片膝を立て、鞘から刀を引き抜いた。
地面を強く踏み締める。膝の上から、腰の回転だけで振り抜いた。
今までで、一番速かった。
——シュッ。
首が、飛んだ。
キングジョーの頭が宙を舞った。
驚愕の表情のまま。何が起きたか理解する前に。
目が開いたまま、唇がまだ動いていた。
胴体が一拍遅れて崩れ落ちた。
首の断面から血が噴き出して、石畳を赤く染めた。
剣が手から離れて、甲高い金属音を立てて転がった。
終わった。
ドミネート宇宙——全滅。
だが、そんなことはどうでもいい。
「バカ!!」
崩れ落ちるミオの体を抱きとめた。
腕の中で、ミオの体がぐらりと傾いた。
腹に脇差が刺さったままだ。
柄の周りから、血がとめどなく溢れている。ミオの手はまだ柄を握っている。白い指が赤く染まっていた。
「なにやってんだよ!!」
声が裂けた。自分の声なのに、自分のものじゃないみたいだ。
ミオが薄く目を開けた。焦点が合ってない。
「ごめん、ね……」
「ごめんじゃねえって!」
「刀、置いちゃ……だめだから……」
笑おうとしていた。
口の端が、かすかに上がりかけて——力なく戻った。
「いや、は!? どうすんだこれ!」
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。
血が止まらない。腹から流れ出る赤が、俺の腕を、膝を、石畳を染めていく。
待て、抜いちゃダメだ……!
抜いたらもっと出る……!
脇差の柄に手を伸ばしかけて、止めた。
抜けば傷口が開く。刺さったまま圧迫してる方がまだマシだ。
でも——回復がない。
アオイはもういない。ミオ自身がヒーラーだが、自分に回復をかけられる状態じゃない。意識が朦朧としてる。
どうすんだ。どうすんだよこれ。
「カナエちゃん……」
ミオの声が小さくなっていく。
「ありがとう……おじいちゃんにも……」
「やめろ! やめろ! 聞かねえ!」
遺言なんか聞くか。
死ぬ前提で喋んな。
ミオを抱え上げた。
片腕を背中に、片腕を膝の裏に回して、立ち上がった。
軽い。怖いくらい軽い。
走った。
最下層へ。
魔王のところへ。
神でも魔王でもなんでもいい。
願いがあるんだろ。勝者に願いを叶えるって、そう言っただろ。
なんとかしてくれ。
なんとかして——頼む。
通路を駆け抜けた。
松明の灯りが流れていく。影が壁を滑っていく。
道がわからない。下に降りる階段を探してるのに、同じような通路ばかりだ。
くそっ、ここ通ったろ! さっき見た壁の傷だ!
引き返した。別の通路に飛び込んだ。
暗い。松明がない区間に入った。自分の足音だけが反響する。
「ミオ! ミオ! 返事しろ!」
腕の中のミオが、ぐったりしていた。
首が力なく傾いで、栗色の髪が揺れている。
目が閉じかけていた。
「寝んな! 目ぇ開けろ!」
ヤバい。顔色が白すぎる。唇の色が消えていく。
血が——腕から滴り落ちて、走るたびに石畳に赤い点を残していった。
腕の中の体温が、少しずつ下がっている気がした。
気のせいだと思いたかった。気のせいじゃなかった。
階段。
あった。下りだ。
一段飛ばしで駆け降りた。ミオの体が揺れるたびに、腹から小さく血が漏れる。
着地のたびにミオの顔が歪む。痛いんだろう。ごめん、でも止まれない。
もう一つ。もう一つ下の階層。
通路。部屋。通路。行き止まり。
くそっ、違う!
壁を蹴って反転した。別の通路。階段。降りる。
足がもつれかけた。膝が笑ってる。腹の傷が疼く。
関係ない。走れ。
「ミオ! 起きてろ!」
返事がない。
息はある。浅い。かすかに胸が上下している。
でも——さっきより間隔が長くなってる。
やめろ。死ぬな。まだ死ぬな。
いなくなるのは許さねえからな。
もう一つ階段を降りた。
空気が変わった。冷たい。重い。最下層の空気だ。
あった。
巨大な扉。見覚えがある。
最初に全員が召喚された、あの部屋の入口。
扉を蹴破った。
轟音が反響した。
石の破片が散って、冷たい空気が顔を叩いた。
広い。天井が高い。
薄暗い空間の奥に、玉座があった。
いた。
魔王が——玉座に腰かけていた。
――――
『ミオが自分を刺した……』
『嘘だろ……なんで……』
『人質の価値を自分で消した、そういうことか』
『カナエの抜刀見えなかった……速すぎる……』
『キングの首飛んだ、終わった……ドミネート全滅』
『終わったのになんで泣いてんだ俺』
『ミオちゃん……ミオちゃん……血が……』
『カナエ走ってる……ミオ抱えて走ってる……』
『血の跡が廊下に点々と……やめろ……見せるな……』
『魔王のとこ行くのか……? 願いか!!』
『間に合え……間に合ってくれ……頼む……』
『ミオちゃんの顔が白い……やばい……やばいよ……』
『カナエ走れ!!!!もっと走れ!!!!!!!!!!!!』
『よっしゃ最下層!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『魔王いた……!!!!!!!!!!!!!!!!!!』




