君がくれた解毒薬
リーナの過去回です。
リーナはずっと、自分に魔法の才能があると信じていた。――というより、そう信じ込まされて育った。
両親を早くに亡くし、幼い頃から孤児院で育った彼女は、特別な存在だった。――魔法を使えたのだ。火を灯し、水を操り、風を吹かせるその力は、院長や他の子供たちにとって驚きと憧れの対象だった。リーナは「天才魔術師」としてちやほやされ、幼いながらも周囲の期待に応えるため、魔法の練習を重ねた。
魔法書もろくにない環境で、彼女はほとんど独学で基礎魔法を習得したのだった。
「大きくなったら、立派な冒険者になるんだ」
それが彼女の夢であり、目標だった。十六歳になったある日、リーナは孤児院を後にし、冒険者ギルドに登録する。その名を刻んだライセンスカードを手にしたときの高揚は、今でも忘れられない。
そんなある日、ギルドで声をかけてきたのが、アレフという青年とその仲間たち――ベルクとゼラだった。彼らはちょうど魔法使いを探していたらしく四人でパーティを組むことになった。最初の頃は皆優しかった。リーナの魔法に驚き、褒め、頼ってくれた。だが――毒の魔物との遭遇が、全てを変えた。
ある日、リーナはポイズンラットの毒を浴びて倒れた。ポイズンラットは低レベルの魔物で通常であれば毒を浴びても多少身体が痺れるくらいで済む。
しかし、リーナは体が動かず、呼吸さえままならなくなった。仲間たちに介抱されたが、その日を境に、彼女は「毒の耐性が全くない」という致命的な弱点を自覚することになる。
以降、毒系の敵と遭遇するたびに恐怖で動きが鈍くなり、詠唱もままならず、仲間の視線は次第に冷たくなっていった。
アレフ達は次第に苛立ちを隠さなくなり、ベルクに「お前、魔法の才能があっても役立たずじゃ意味ねえんだよ」と吐き捨てられ、ゼラにも「足手まとい」と言われた。
リーナは萎縮した。魔法は外れ、集中もできず、さらに罵倒される――負の連鎖が彼女を蝕んだ。
それでも数ヶ月、リーナはそのパーティにしがみついた。孤児院を出たばかりの彼女には、他に行く場所も、頼れる人もいなかった。次第に扱いは悪化し、戦闘では雑用係、報酬も最小限、魔法を頼られることもなくなった。
そして、決定的な事件が起こる。
森での依頼中、アレフが偶然、価値の高いアイテムを見つけた。浮かれていたその時、ポイズンスパイダーが三体出現する。仲間たちは二体を倒すが、リーナはもう一体の蜘蛛の毒をかすり、再び動けなくなった。
「ちょうどいい。分配金、減らすのも嫌だしな……ここで死んでもらおうか」
アレフの言葉に、ベルクとゼラは躊躇なく頷いた。
「……え……?」
リーナは言葉を失った。三人は彼女を置き去りにして、森の奥へと消えていく。
――まだ、死にたくない。
震える指先に、ほんのわずかに魔力が集まった。
「ライ……トニング……!」
彼女はかろうじて雷魔法を放ち、蜘蛛を麻痺させて動きを止める。だが、力尽きて森の中で倒れた。――絶体絶命。蜘蛛が麻痺から回復し、迫ってくる。
死を覚悟したその瞬間だった。
「させるかよっ!」
鋭く飛んできた投げナイフが、目を貫きポイズンスパイダーは逃げていった。
彼――カイは素早く駆け寄り、懐から取り出した解毒薬をリーナの口元に運んだ。
「ほら、これ飲んで!」
「……え? なんで……?」
リーナの視界がぼやける中、彼の声がなぜか心地よく響いた――それは、久しく感じたことのない「誰かに大事にされた」という温かさだった。
毒に蝕まれていた彼女を救ったのは、毒を自在に操る――不思議な少年だった。




