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エルフリートは上機嫌でドレスを選んでいた。というのも、早くも1期の卒業生が現れたからだ。騎士学校は特定のカリキュラムを習得すれば、卒業できるシステムになっている。騎士学校には、後一歩及ばなかった者から頑張らなければ騎士になれない者まで、多種多様な人間がいる。
これは、騎士学校の生徒に習得技術や知識、思考などの個人差が大きい為の措置なのであった。
「でも二年で卒業生が出るとは思わなかったなぁ……」
エルフリートは淡い色彩のものを手に取り、体に当てる。そのままくるりとひと回転し、鏡の前に移動する。
中々悪くない。エルフリートは先生側であるからして、主人公である卒業生より目立つ格好をするわけにはいかない。
「明るい色だと目立つかな……? でも、そんな事言ったら私の髪の毛……うぅん」
己の髪色を見て、エルフリートは唸る。ふんわりとした髪質の銀糸は目立つ。
「寒色にすれば馴染むかも。淡い色から濃い色のグラデーションとかどうかな。いや、お洒落すぎるから駄目。いっそ、グレー系にしちゃう?」
エルフリートはぶつぶつと独り言を呟きながら、ドレスを漁る。グレー系はあまり着た事がない。エルフリートの髪色と近い為、何となく避けていたのである。
エルフリートは濃いめのグレーのドレスを探す。ネックからデコルテにかけて、そして袖全体がレース生地のドレスを見つけた。これなら、エルフリートの体型と腕の傷両方を隠す事ができる。
腹部には太めのベルトを巻く形になっており、その下のスカート部分は大人しめのボリュームで可愛らしくまとまっている。堅いイメージを崩す為だろうか、シフォン生地がスカートの上に重ねられており、大人っぽさの中に可愛らしさが垣間見える意匠となっていた。
これ、良いかも! エルフリートはスタッフを呼んだ。幻影魔法で女性っぽく見えるように誤魔化した状態でドレスのフィッティングをしてもらう。
エルフリートはその姿を見て、満面の笑みで鏡にポーズを取る。
「髪型はどうしようかな。編み込んでアップでも良いけど、意外とハーフアップとかにしてドレスの上に髪の毛がかかっても大丈夫そう」
エルフリートが髪の毛を弄りながら顔の角度を変えたりして鏡を見つめていると、フィッティングに立ち会っているスタッフの一人が口を開いた。
「エルフリーデ様の髪の毛はお綺麗でいらっしゃるので、ハーフアップでも素敵ですが、今回は編み込みでアップにした方が無難かと存じます。
美しすぎて目立ってしまいますわ」
「まぁ……ありがとう。当日はまとめ髪にするわ」
確かにエルフリートがハーフアップにすると、まとめていない髪の毛はふわりと広がってしまう。それはそれで目立つだろう。
さすがはフィッティングのプロ。悩む事なく即決で意見を出してくる。エルフリートは彼女たちに礼を言い、このドレスに決めた旨を伝えるのだった。
そして、当日。エルフリートはロスヴィータの腕に手を添え、卒業式典に参加している。ロスヴィータは普通に騎士団の制服――式典用の準正装――を着ている。
制服で良かったんじゃん……! エルフリートがドレス姿で現れた時にロスヴィータが一瞬目を見張ったのは、これが理由であろう。目立たないようにするつもりが、逆に目立つ姿をしている事に気づいたエルフリートは他の騎士たちの準正装姿をみとめて、より羞恥心に襲われた。
「フリーデ」
「ロス……」
声をかけられてロスヴィータに顔を向ければ、その目には眉尻を下げて不安げに彼女を見つめる自分の姿が映り込んでいる。どこからどう見ても可憐な少女であるが、実態は空気が読めずにお洒落をしてきたお転婆娘――男ではあるが――である。
ああ、失敗した。エルフリートが気持ちに支配されていると、ロスヴィータが優しげな表情で微笑みかけた。
「フリーデ、今日も可憐な妖精さん。その姿を披露して、女性騎士団の一員になる為に美しさを求めるのを諦める必要はないのだと、周囲を安心させておくれ」
「ロス……!」
エルフリートが感極まった声を出すと、ロスヴィータは彼女の耳元に囁く。
「私もドレスにしようか悩んだのだが、結局自分の気楽さを取ってしまった。
さっきはあまりの可憐さに言葉を失ってしまったんだ。勘違いをさせてしまってすまなかった」
エルフリートは感激のあまりに言葉が出てこない。全く何も思い浮かばず、ただこくこくと頷く事しかできなかった。そんなエルフリートの事を見つめるロスヴィータが、王子様そのものといった笑みを浮かべて語りかける。
「さあ、私の妖精さん。その姿、みんなに披露しよう」
エルフリートは笑顔を取り戻し、会場へと踏み込むのだった。