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ルッカの女性騎士に対する評価は、とても細かかった。ロスヴィータは、これだけ細かく語るのであれば、記憶の新しい内に、と彼女が言うのも納得だ。
攻め方、連携攻撃の仕方、戦うときの癖、それらを騎士ごとに事細かに指摘していく。そして、どう動くのが最前だったのか、まで解説が加われば、完全な指導だった。
このまま、指導を毎日でも頼みたいくらいだ。
「久しぶりにとても体を動かして、私も楽しかったわ。ところで、私の事、どう思った? 怖かった? 強かった? それとも、冷徹で取っつきにくかった?」
ずいぶんと答えにくい質問をしてくる。ロスヴィータが驚いていると、ルッカは小さく笑った。
「戦場では、戦場とまではいかなくとも有事の際には、そう思われる事も必要よ。今はそうではないから正直に言うけれど――すっごく疲れた。今すぐにでも倒れそう」
新人たちがぽかんと口を開けた。ロスヴィータはその様子に小さく吹き出す。ルッカにそんなユニークな側面があったとは、誰も思っていなかったのだろう。
ロスヴィータだって、その一人である。
「私、きっとこれから数日寝込むわ。精神魔法で誤魔化しているから平気そうに見えるだろうけれど、かなり肉体を酷使したの。
魔力だって、すっからかん。私も精進が必要だわ。まだ、効率よく魔法が使えないの」
魔法に精通しているであろうルッカでも、そんな事があるのか。ロスヴィータは意外な事の連続に目を瞬かせた。
ルッカは表情をゆるめ、いたずらっ子のような顔をする。
「さっきの模擬戦、余裕そうに見えたでしょう? 本当はそんなことないわ。いっぱいいっぱいよ。
だって、同時にあちこちから攻撃がくるのよ。受け止め、受け流すだけで大変ったら」
ルッカの疲れた、大変だった話は続く。周囲の雰囲気が呆気にとられたものから穏やかなものへと変わる頃、ルッカはすうっと表情を引き締めた。
「だからね、私もみんなと同じ。ただ、表に出さないだけ。
取っつきにくいと思われるのは分かっているわ。でも、私は騎士らしい騎士でいたい。私は、腕を失っても騎士として恥ずかしくない自分でいたいの」
なるほど、これがルッカの考えた手か。ロスヴィータは理解した。
「騎士としての価値を証明したい。あなたたちは、何の為に騎士になったの? それぞれの思いは否定しないわ。ただ、華やかそうだからとか、実力があったから、とかそういうのでも良いと思っている」
ルッカの言葉に、誰もが真剣なまなざしを向けている。
「でも、騎士は職務に命を懸ける存在よ。自分の命を失わない程度に、最大限の命を助ける活動をする事になる場合だってある。私の事を怖がっている場合ではないけれど、まだ……私の事が怖い?」
小さく首を傾げてみせる彼女に、女性騎士団の何人かが無言で否定した。ルッカはすごい。ロスヴィータは昨日悩んでいたのが嘘のように、人心を掌握してみせた彼女を尊敬の念を込めて見つめた。
答えの出ない迷宮に入り込んでしまったかのようだったのに。
「よかった」
周囲の反応を見てそう言って微笑むルッカは、立派な指導役だった。
「ロス、どうでしたか?」
訓練を終えたルッカはロスヴィータの後をついてきて、ともに執務室へと入ってきた。その第一声がこれである。
「すばらしかった。ルッカの人間味のある“ここだけの正直な話”は意外だったが」
「あれは嘘です」
「は?」
ロスヴィータは動きを止めた。ルッカは来客用の椅子に腰を下ろし、淡々と語る。
「明日から寝込むだろうというのは本当ですが、温存しているので魔力は問題ないです。そもそも、あれで全力を出しきっていたら、今有事になった時に私は何もできないただの人になってしまう。
そんな本末転倒極まりない事をするわけがありません」
自慢げな雰囲気を醸し出しながら、ルッカは続ける。だが、騎士として正しい事をしている彼女を否定する事はできない。ロスヴィータはルッカの言葉を促した。
ルッカは小さく息を吐き、己の耳飾りを指先ではじいた。
「あの弱音は、親しみやすい人物像を植え付ける為の作られた本音です。半分くらいは大袈裟に話をしました」
「そ、そうか」
何という人だ。ロスヴィータは瞬いた。
「ロスのおかげです。マリンの話をしてくださったから、思い付いたのです」
マロリーの話が助言になったのは嬉しいが、マロリーの話がどうしてこんな架空のルッカ像を作り出す話になったのか分からない。
ルッカの発想力に、ただただ関心するだけだ。
「これから先、私が彼女たちに厳しい事を言っても、普通の人間らしい部分を思い出すでしょう」
「そうだな」
確かに、しっかりと印象づける事ができれば、今後の訓練で厳しい言葉をかけられたとしても乗り切れるだろう。ルッカの作戦は、理にかなっている。
「訓練時に怖いと思っても、すぐに気分を切り替えてくれるはずです」
……策士である。頼もしいが、頼もしすぎる。ロスヴィータは純粋な気持ちで同意する事ができず、ゆるく頷く事しかできなかった。