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ロスヴィータの予想通り、最初の犠牲者はナタリアだった。腰が引けていてろくな攻撃にはならないものの、かろうじて戦う姿勢を見せるナタリアに向け、ルッカは容赦ない蹴りを入れた。
「あぐっ」
強化魔法でけた違いの威力になっていたその蹴りは、ナタリアを容易に吹き飛ばす。
「ナタリー!」
「向かえば戦線離脱と判断するわよ」
「!」
慌ててナタリアへ駆け寄ろうとしてルッカに止められたのは、彼女の同期のキャサリンだ。だが、彼女はそのままナタリアの方へ向かう。ロスヴィータは戦線離脱を承知で仲間の元へと向かう少女に好感を抱く。
自分一人で勝ち目はない今、仲間を雑に扱ってでも勝ちにいこうとするよりは、戦線離脱してでも仲間を助ける方がよほど良い判断だ。
これが現実の戦争だったら。
この判断は仲間の命を救う判断になる。敵を倒すのに時間がかからない場合であれば、キャサリンは仲間を助ける前に敵を倒すべきだ。だが、今回は倒せない相手である。負傷した仲間を放置する時間が長引く可能性のある状況では、戦力にならない人間が仲間の戦線離脱を手配した方が生存率が上がる。
キャサリンがそこまで考えて動いたかどうかは定かではないが、彼女の動きは正しかった。
ルッカは自分に背を向けたキャサリンから視線をはずすなり、すぐに攻撃の姿勢をとった。
「攻撃に遠慮がある。私が隻腕でなければ、今ごろあなたたち、全滅よ?」
ルッカの挑発に乗ったのは、意外にもドロテアだった。
「ルッカはっ、ずる、すぎ、ますっ!」
へえ。ロスヴィータは先ほどから感心してばかりいた。部下たちの成長が喜ばしい、と言えばいいのだろうか。ドロテアは女性騎士団に入団してすぐに戦争へ駆り出され、ルッカの部下として動いていた。
そのせいか、普段のドロテアがルッカに対してどこか信奉めいた視線を向けているように見えていた。
ルッカの言葉がすべて、といった風に素直について従っていて、反抗的な言葉を口にする事は一度もない――はずだった。
「ちょうど良いから、片手間に聞いてあげるわ」
ルッカはエイミーの攻撃をひらりと避け、ドロテアの剣を受け止める。ルッカはまだまだ余裕そうだ。優雅な動きを維持し、微笑んでいる。隻腕のままでも、じゅうぶん騎士としてやっていけるのではないだろうか。
「私なんか、どうやったって……っ、追いつけないっ! 努力だってしてるのにぃ!」
「うん」
「こうやって、腕が片方になったって、私の攻撃受け流すしっ」
「強化魔法かけているから」
なんという事もないように言うが、ロスヴィータはそれが簡単な事ではないのを知っている。ドロテアの攻撃は軽くはない。意外と筋肉質な彼女は、見た目によらず重い一撃を繰り出してくる。
片腕だけで受け止め続けていれば、ロスヴィータでもすぐにしびれてしまう。
「ドロテア、力みすぎているから剣筋が読みやすいわ」
「くやしい! 魔法具の研究している先輩より、私の方が絶対訓練しているのに!」
「ふふ」
闇雲に剣を振り回しているわけではないし、緩急つけて考えられた攻め方をしている。だが、ルッカはそれらすべてを器用にもすべて受け止め、または受け流していく。
ドロテアの動きを完全に読んでいなければできない動きだった。
「私の苦手をついても良いのに、優しい子」
ルッカの反応が鈍くなる左腕を狙えばいいのに、それをしなかったのは、ドロテアの優しさである。
「だって……っ!」
「はい、おしまい」
ドロテアに足払いをしかけ、そのまま転倒する彼女の肩の付け根を踏んだ。痛そうな悲鳴はなかったものの、ドロテアの首筋にはルッカのレイピアの先がぴたりと添えられている。
完全に勝負あり、である。ドロテアは悔しそうに唇をぎゅっと結ぶと、目を閉じて「降参します」と宣言した。
「魔法なしは、厳しいよなぁ。ドロテアの攻撃メインで対応していたけど、ルッカはその間も別の騎士からの攻撃を避けつつだったし。本当に余裕そう!」
ロスヴィータの耳にはジークの解説はもう届いていなかった。聞いても理解できないのだから、仕方ない。
ただ、ジークが楽しそうだという雰囲気だけを感じているだけだ。
「ルッカ、会話しながらしれっと強化魔法のかけ直ししてて、格好いいないぁ」
「判断力があるからこその、だね」
ジークとバルティルデがルッカの動きに関して頷き合っている。ロスヴィータはそんな二人を意識しつつ、ルッカたちの動きを追う。
いつの間にか、相手はエイミーだけになっていた。
「エイミー、強くなったわね」
「私、魔法が全然駄目だから、その分を補えるだけの強さがほしくって、いっぱい訓練してもらったの!」
「なるほどね。体力測定の時から、ずいぶん変わったわ」
「当たり前でしょっと」
ルッカはエイミーの変則的な動きをぎりぎり避け、小さく笑う。ドレスの裾がエイミーの剣で切り裂かれてばさばさと暴れている。
ロスヴィータはエイミーの善戦に驚くも、ルッカのその余裕さが気になっていた。




