13
エルフリートはくたくただった。編み物を見せ、アーノルドから、その出来映えについて小さな指摘をいくつももらってしまったからである。
カルケレニクス領では、編み物は素養である。性別関係なく、自然と身についていくはずのそれは、だいたいの人間がそれなりに技術を持っているとされている。
理由は簡単である。隙間時間にちょこちょこと進められるものだからだ。そして、狩猟道具に縄や網を使う事も多く、必要に迫られた技能でもある。
仕掛けた罠に動物が引っかかるのを待つ時間に進めたり、という事もできる。少しずつ進められる編み物は、時間をつぶすのにちょうど良いのだった。
「編み目の不揃い、細かすぎじゃないかなぁ……?」
一番の指摘はそれだった。エルフリートは編み終わった作品をじっと眺めた。よくよく見れば、確かにいくつか編み目の大きい部分がある。しかし、気になるほどではない――というのがエルフリートの感覚だった。
それでも、これでは駄目だとアーノルドは言った。
「相場の半額以下の価値。って言われると、へこんじゃいそう」
明日で良いからまともな品を持ってこい、と言われてしまったエルフリートは深いため息を吐いた。
本来の仕事をこなしつつ、というのは簡単ではない。エルフリートは、寝る前にタスクをこなしておくしかない。睡眠不足になるのは避けたいが、後回しにするわけにもいかない。
エルフリートは覚悟を決めた。編み目を揃え、ちゃんとモチーフの形も揃える。少なくともそれだけはクリアしたい。
「……でも、やるしかない」
レース編みに使う糸を荷物の中から取り出し、かぎ針にひっかける。エルフリートは真剣なまなざしを向け、かぎ針を動かすのだった。
終わったぁぁ……。エルフリートはテーブルに突っ伏した。もうじき日が昇る頃である。ほとんど徹夜だ。しぱしぱとする目をそっと押さえ、ベッドに向かう。
ぼふっという音を立てて横になれば、すぐに意識は沈んでいく――はずだった。
コンコン、と乾いた音がエルフリートの耳に届く。
「起きた?」
「……起きるどころか寝てないよ」
「あ、ごめん」
エルフリートはがばりと起き上がり、部屋の向こうの相手へ声を上げた。声の相手はレオンハルトだった。
「何かあった?」
「ううん。ちょっと気になったから。朝早くごめん」
心配性な彼に、エルフリートは笑いたくなってしまった。
「ごめん、起きた方が良い時間になったら、また声をかけるよ」
「ありがとう」
レオンハルトは本気でエルフリートの心配をしてくれているようだ。足早に立ち去るその足音を聞きながら、エルフリートはベッドの中に今度こそ潜り込むのだった。
結局、エルフリートはあまり眠れない内にレオンハルトにたたき起こされる。
「フリーデ! 寝坊しちゃだめだからな!」
「うぅん……レオン、そんなに扉を叩かなくても起きるってばぁ……」
どんどんと重たい木の扉を叩く音に、エルフリートはのっそりと起きあがる。羽織ものを手に取り扉を開ければ、眠そうな髪型のレオンハルトがいた。
寝癖のひどい彼を笑えばいいのか、それともあまりにうるさい起こし方に文句を言えばいいのか悩ましい。
「レオン、早すぎない?」
「いや、遅いくらいなんだ……っ」
レオンハルトの焦る声に、どういうこと? とエルフリートは首を傾げた。
「アイザックが、なんか人を集め始めたんだ」
「えっ? こんな朝早くに?」
エルフリートは室内の時計を見た。エルフリートがベッドに入ってから一時間くらいしか経っていない。思ったよりも睡眠時間が取れていない事にがっかりとしたエルフリートは、小さくため息を吐いた。
「急いで支度するけど……どこに行けば良い?」
「カルケレニクス領の大岩」
領館内の一室だと考えていたエルフリートは、レオンハルトの言葉に目を見開いた。
「何で?」
「誰も、何の説明もないよ。だから、分からないんだ」
何も分からないのに、みんな急いでるの? 信じられない。エルフリートはアイザックの行動が全く理解できず、小さな唸り声を上げた。
「嫌な予感がするなぁ……だって、あれ……通路の工事とは関係ないじゃん」
カルケレニクス領の密かな名物であるあの大岩は、ある種宗教じみたシンボルである。カルケレニクス領民の大半は、あの大岩のおかげで魔法を使う事ができていると信じている。信仰の対象のようになっているが、大岩自体が何かを起こしたりするのを見た事はない。
だからこそ、わざわざ大岩に興味を抱いた事に違和感を覚えたのだ。
「すぐ着替えるから、待っててくれる?」
「もちろん。あ。マリンたちの事も呼んでくるから、勝手に行かないで」
「うん」
マロリー達を呼んでくるというのならば、少し猶予がある。エルフリートはレオンハルトと別れるなり、騎士団の制服を手に取った。外に行くなら、制服だよね。寒いからコートもしっかり着ないと。ああ、あとお化粧!
エルフリートは急ぎつつも手を抜かずに支度を済ませるのだった。