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『彼女、指名します!』 〜本音暴走の呪いにかかった俺、許嫁のいるお隣さんを攻略して公認ハーレム作ります〜  作者: 猫野 にくきゅう


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第1話 顧客満足度、ナンバーワンの彼女

 新緑の風が吹き抜ける四月中旬。

 大学生になって二度目の春だ。


 これまでの大学生活は、期待していたような華やかさとは程遠い。

 彼女いない歴=年齢、二十歳。


 俺の名前は富岡遊技(とみおか・ゆうぎ)。

 地味で平凡を絵に描いたような学生だ。


 総合美術大学に入学して一年が過ぎたが、キャンパスライフに甘いイベントなんて一つも起きていない。


「……はぁ。このままじゃ、本当に虚しいだけの四年間で終わっちまうな」


 夕暮れ時、一人暮らしの安アパートへ戻る途中、俺はふと足を止めた。

 古びた小さな神社の入り口だ。木々に囲まれた静寂の中、朱色の鳥居がひっそりと佇んでいる。


 これまでの人生で、真剣に神頼みなんてしたことはない。

 だが、その時は何故か――吸い寄せられるように拝殿の前へ進み、お賽銭を投げ入れて鈴を鳴らしていた。


(神様、誰でもいいです。高望みはしません。とにかく俺に、可愛い彼女をください……!)


 それは自分から祈ったというより――

 まるで神様に心の内を吸い取られ、覗き見られているような感覚だった。


 * * *


 目を閉じ、心の中で強く祈りを捧げた――

 その直後だった。


 ふわり、と境内の空気が揺れた。

 風もないのに桜のような甘い香りが漂い、まばゆい白光が視界を埋め尽くす。


『――ふむ。可憐な若者の切なる願い、確かに聞き届けたぞ』


 光の渦の中から現れたのは、浮世離れした美しさを纏う少女――

 いや、神様だった。


 十二単のような衣装を翻し、悪戯っぽく微笑んでいる。


『我のことはククリちゃんと呼ぶがよい。そなたの固く閉ざされ、結ばれることのない異性との縁――我が特別に結んでやろう』


「く、ククリちゃん……!?」


『くっくっく、感謝するがよい。これよりそなたの言葉は、想いを手繰り寄せる強い力となる。……ただし、隠し事はできぬようになってしまうがな』


 神様がくすりと笑い、パチンと細い指を鳴らした瞬間、強烈な光が弾け、意識が白転した。


 ……ハッと気づくと、俺は境内の石段で一人、呆然と突っ立っていた。

 夕焼けが赤々と境内を染めている。


「……なんだ今の? 課題の疲れで幻覚でも見えたのか……?」


 首をかしげながら神社を後にした俺は、この時の『異変』の意味を、まだ何も理解していなかった。


 * * *


 翌日の午後。

 総合美術大学の一角にあるアニメ研究会の部室。


 ここは、俺たちの溜まり場であり、クリエイター予備軍の作業場でもあった。


 壁際の棚には最新アニメの設定資料集や絵コンテがぎっしりと並び、型落ちの液タブやトレース台が乱雑に転がっている。

 紙とインクの匂い、そして安コーヒーの香りが部屋全体に充満していた。


「おい賢吾、この歩行モーションの割り出し、膝のタメが甘くないか?」


「うるさいな弥太郎。僕は今、原画のトレス作業に集中してるんだよ。話しかけるな」


 卓上では、メガネをかけた知性派の佐々木賢吾(ささき けんご)が、クロッキー帳に黙々と歩行アニメーションを描き込んでいた。

 将来アニメーターを目指しているだけあって、その手つきは本気そのものだ。


 一方、俺は部室の端にある作業机で、課題のデッサンに鉛筆を走らせていた。

 美大生らしく絵を描くこと自体は嫌いじゃない。


 だが、将来の夢はと聞かれると返答に困る。


 厳しいアニメ業界に身を置く覚悟はなく、ただ何となく親の後を継ぐものと思っていた。

 今年二十歳になったのを機に、親父から「現場を知れ」と家を追い出され、安アパートで一人暮らしをしている。


「まあ聞けって! 昨日の俺は、ついに大人の階段を登っちまったんだよ!」


 明るい髪色にトレンドの服を着こなした陣内弥太郎(じんない やたろう)が、身を乗り出して熱弁を振るい始めた。

 普段からラブコメの賑やかし担当みたいな男だが、今日はいつになく興奮している。


「大人の階段? どうせまた新しいギャルゲでも買ったんだろ」


 賢吾が手を止めずに鼻で笑う。


「違うね! メンズエステだよ、メンエス! 大学の課題で肩と腰がバキバキだったからさ、奮発して駅前の高級店に行ってきたんだよ!」


 弥太郎は目を輝かせ、語気を強めた。


「そこにいたんだよ……奇跡のセラピストが! その人の名は『シオン』さん! 顧客満足度ナンバーワンの神接客でさぁ、マジで天使だった……。俺、決めたわ。シオンさんに告白する。絶対に付き合ってもらう!」


 店員相手に何を言っているんだこいつは、と俺は心の中で呆れ果てていた。

 プロの営業用スマイルを本気にして撃沈する未来しか見えない。


(……まあ、メンズエステか。綺麗な人に優しくマッサージされるなんて、一度くらいは経験してみたい気もするけどな)


 そんな些細な興味を抱いた――

 まさにその瞬間だった。


 胸の奥が熱くなり、喉の奥から勝手に言葉が溢れ出してきた。


「……俺も、その店――行ってみようかな」


「――はあっ!?」


 部室内に静寂が落ちた。

 賢吾の鉛筆が止まり、弥太郎が般若のような顔で俺を睨みつけてくる。


 * *


(な、何言ってるんだ俺……!?)


 自分で発した言葉に、一番驚いたのは俺自身だった。

 心の中でふと思っただけの言葉が、フィルタリングも通さずに口から飛び出していたのだ。


「遊技……お前、俺のシオンさんを寝取る気か!? 友情より女かよ!?」


「いや、お前のものじゃないだろ。まだ付き合ってもいない店員さんなんだから」


「うぐっ……! 正論を言うな正論を!」


 核心を突かれた弥太郎がうめき声を上げる。

 だが、俺の冷や汗は止まらなかった。


(……なぜだ?)


 いつもの俺なら、こんな余計な一言を口にするはずがない。


 昨日の神社の幻覚が頭をよぎる。

『そなたの言葉は、想いを手繰り寄せる強い力となる――』


 まさか、あれは本当に“幻覚”じゃなかったのか……?


「へえ、こういうことに感心なさそうな遊技が、興味を示すなんて珍しいね」


 賢吾がメガネの奥の目を光らせ、ニヤリと笑った。


「まあ、口だけで実際には行かないんだろうけど」


「……っ」


 煽るような賢吾の視線と、弥太郎の悔しそうな顔。

 そして何より、一度口に出してしまった「行ってみたい」という本音。


 引くに引けなくなった俺は、その日の夜、スマホの予約サイトを開いていた。


(……予約、取れちゃったな。一番人気の『シオン』さん、奇跡的に枠が空いてた)


 画面に表示された「予約完了」の文字を見つめながら、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 * * *


 数日後の夜。

 シオンさんとやらが働ている駅前の高級店の前に、俺は立っていた。


(※ちなみに、この雑居ビルが親父の会社『富岡アセットパートナーズ』の所有物件であり、店自体も系列店舗であることなど、この時の俺は知る由もない)


「失礼します……」


 重厚なドアを開けると、そこは都会の喧騒からかけ離れた別世界だった。

 落とされた間接照明、耳に心地よいヒーリングミュージック。

 そして空気中を満たす、柑橘とフローラルが混ざり合った上品なアロマの香り。


 案内に従って静まり返った個室に入り、用意された施術着に着替えてベッドの上で待つ。

 心臓がうるさいくらいに脈打っていた。

 女性と二人きりの空間なんて、これまでの人生で一度も経験がない。


 コンコン、と控えめなノック音が響いた。


「失礼いたします。本日を担当させていただきます、シオンです」


 ゆっくりとドアが開いた瞬間――

 俺の時が止まった。


 そこに立っていたのは、あまりにも美しく、透明感に満ちた女性だった。


 緩く巻かれた艶やかな黒髪が、華奢な肩へと滑り落ちる。

 ライトに照らされた肌は、陶器のように白く繊細で、ほんのりと上気したようなチークが可憐さを引き立てていた。

 大きめの瞳は潤んでおり、唇は濡れたようなピンク色をしている。


 清楚さと、胸を締め付けるような色気が絶妙なバランスで同居していた。


 着ているのは、上品な薄ピンク色のセラピスト衣装。

 豊満で柔らかそうな膨らみが、息をのむほど艶めかしい。


(デカっ!! だ、駄目だ。はやく目を逸らせ、気付かれる)


 ふわり、と彼女が歩を進めるたびに、甘く甘美な香りが鼻腔をくすぐる。


(……なんだこれ。綺麗すぎるだろ……)


 頭を殴られたような衝撃が走った。

 弥太郎が熱弁していた「天使」という言葉は、決して誇張ではなかった。


 一目惚れ、という概念を、俺は十九年間生きてきて初めて理解した。

 視線が彼女から離せない。胸の奥が熱く熱く焼けるように高鳴っていた。


「富岡様、メンズエステのご利用は初めてですか?」


 シオンさんが、鈴を転がすような声で優しく微笑みかけてくる。


「あ、はい……初めてです」


 声が裏返りそうになるのを必死で抑えながら、俺は頷いた。


 * * *


「ふふ、少し緊張されていらっしゃいますね。大丈夫ですよ、力を抜いてリラックスしてくださいね」


 シオンさんがベッドの脇に腰掛け、温められたアロマオイルを手に取った。

 カシャカシャとオイルを馴染ませる心地よい音が響く。


「それでは、お背中から失礼いたしますね」


 そっと、彼女の温かい手のひらが俺の肩に触れた。


「……っ!」


 背筋に電撃が走った。

 柔らかく、しっとりとした肌の感触。指先が吸い付くように滑り、凝り固まった筋肉を丁寧に解していく。


 密着する距離感。

 彼女が動きに合わせて呼吸をするたび、甘い吐息が耳元をかすめる。


 衣類が擦れ合うかすかな音、そして指先から伝わってくる至高の温もり。


 五感のすべてがシオンさんに支配されていく。

 そして俺は――リラックスするどころか、緊張でますます身体が固まっていくのが自分でも分かった。


「……あら、富岡様。すごく力が入っていらっしゃいますね?」


 シオンさんがくすりと小悪魔的に微笑み、ぐっと顔を近づけてきた。


 至近距離。

 吐息が触れ合うほどの距離に、彼女の美貌がある。

 

 潤んだ瞳に見つめられ、豊かな胸元が眼前に迫る。

 アロマの香りと彼女自身の体温が混ざり合い、脳が痺れそうだった。


「もっと私に身を委ねてください。……ね?」


 囁くような甘い声。

 普通なら「すみません、緊張してて」と照れ笑いを浮かべるところだ。


 だが――

 胸の奥で、あの『呪いのような熱』が激しく跳ね跳んだ。


 抑え込もうとした理性はあっけなく吹き飛び、思考と口が直結する。


「……あの」


「はい」


「俺、シオンさんに一目惚れしました。……俺と付き合ってください」


 静寂。


 ピタリと、シオンさんの手の動きが止まった。


「………………え?」


 完璧だった彼女のプロフェッショナルな接客スマイルが、一瞬で固まった。

 大きめの瞳がこれ以上ないほど見開かれ、可憐な唇がぽかんと開く。


 完璧な美少女の顔が、驚愕と困惑で完全にフリーズしていた。


(や、やっちまったああああああああっ!!??)


 俺は心の中で絶叫した。

 施術開始三分、初対面のセラピストに向かって、俺は何を口走っているんだ!?


 告白!?

 しかも『付き合ってください』だと!?


 気持ち悪すぎるだろ!!


 気まずさと恥ずかしさで死んでしまいたい空間の中、静かな部屋にヒーリングミュージックだけが虚しく響き続けていた。

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