11.朝チュン
ある日の朝、俺は自分の周りにほんのりとした温かさを感じて、目を覚ました。
大あくびを掻いた後、重いまぶたを開けると……すぐに俺は目を疑った。
「うわっ。白石」
いつもの部屋。
いつものベッド。
そんな毎朝の光景に、一つだけ大きな変化が生じていた。
それが何かといえば、俺の恋人である白石が、同じベッドで寝息を立てていることだった。
「……あ、そうか」
寝ぼけている頭が冴えていく度、どうして彼女がここにいるのか俺は思い出し始めた。
どうして彼女が……白石が同じベッドで眠っているか。
その理由は、実に簡単な理由だった。
「……昨日から、白石がウチで暮らすことになったためだ」
先日、俺は両親を引きつれて白石家に訪問した。
訪問理由は、俺達の事実婚を祝ってのパーティー……なはずはなかった。
まもなく妊娠を控える白石と、お腹の中の子の父親の俺。
事実婚を果たした俺達二人が今後どこに住むか。
それを話し合うために、彼女の実家に赴いたのだ。
話し合いは……思ったよりもスムーズに進んだ。
本来であれば、未成年の子をどちらかの家に預けるなど、どちらの親も嫌がりそうなことだったのだが……俺達の親は、どちらも子に対して寛容的で、懐が深かった。
『じゃあ、子供が産まれた後、子育てのサポートの面を考えて……酒井さん宅でウチの娘を預かってもらう、ということでよろしいでしょうか?』
申し訳なさそうに言う白石の父の様子が、何故か印象的で、俺の脳裏を離れない。
『はい。……こんな形で娘さんと引きはがすことになって、申し訳ない』
『いいえ。こう言っちゃなんですが、娘との別れはいずれ必ず訪れるものだった。それが早いか遅いか。それだけですよ』
本当に、俺達の両親は寛容的だ。
というわけで、子供が産まれた後のことを考慮して……共働きとはいえ、母がパート勤務であり仕事の都合が付きやすい我が家で彼女を預かることになって、今日は二日目。
「……これが所謂、朝チュンか」
昨晩、俺と白石は……互いに気恥ずかしさを覚えながら、一緒のベッドで寝た。
一緒のベッドと言っても、シングルベッドを二つくっつけただけのものだ。
本当であればダブルベッドを一つ購入したかったのだが……今、俺の部屋にあるシングルベッドを粗大ごみに出すことが手間だった点。
ダブルベッドよりシングルベッドを購入した方が安上がりだった点。
他にも、同棲したカップルもダブルベッドを新調せず、シングルベッド二つをくっつけることも多いという事情を知った結果、そういう判断を下した。
曰く、ダブルベッド一つよりも、シングルベッド二つの方が幅サイズが広くなりゆったりと眠ることが出来るから、そういう風にしている人が多いそうだ。
「とはいえ……くっついて寝てしまったら、ベッドの広さも意味がないな」
昨晩、眠りにつく時は、白石は向こうのベッドで寝ていたはずだが……今、目を覚ますと、俺を抱き枕か何かと勘違いしているのか、俺の腰に両腕を回して眠っていた。
「……意外と寝相が悪いんだな、白石は」
一緒に暮らしたからこそ知れた白石の寝相に、少しだけほっこりとさせられた。
「……んぅ」
白石がもぞもぞとしだした。
「……酒井くん?」
「おはよう。すまない。起こしてしまったか」
「……ぃえ」
白石はまだ眠そうに目を擦っていた。
しばらくそんな感じでうつらうつらとして、唐突に彼女は覚醒した。
「……さ、酒井君」
「どうした」
「……おはようございます」
「おう。おはよう」
白石は顔を真っ赤にして、二度目の朝の挨拶をしてきた。
さっきまでの記憶は、どうやら混濁しているようだ。
「……うぅ。寝相が悪くてごめんなさい」
「気にするな」
俺のベッドにまで自分が侵食したことに気付いて謝罪をしてきた彼女に、俺は苦笑をした。
「ご、誤解しないでほしいのですが、いつもはあたし……こんな寝相悪くないんです」
「そうかそうか」
「……本当ですよ?」
「わかってるわかってる」
「ぜ、絶対にわかってないじゃないですか!」
ファーストインプレッションの重要性が身に染みるな!
「……本当ですよぉ」
「……わかった。信じるからそんなに落ち込むなよ」
あまりにも白石が本気で落ち込んでいて、俺は慌てて取り繕った。
「……でも、寝ている時に酒井君の匂いがして、思わずそっちに近寄ってしまったんです」
「人をキンモクセイみたいに言うな?」
「……気付いたら、酒井君を抱き枕にしてました。本当にごめんなさい」
「……まあ、俺も悪い気はしなかったし、もういいよ」
「……」
「……」
「……酒井君」
「なんだ」
「悪い気はしなかったんですか?」
「……」
「悪い気はしなかったんですか?」
黙る俺に、同じことを聞いてきた。
俺を見る白石の目は……少し怖かった。
「……まあ」
「本当ですか!? じゃあじゃあっ、今晩もいいですか!?」
「……まあ」
「やった! ありがとうございますっ」
心底嬉しそうに、白石は微笑んだ。
「それじゃあ、そろそろ朝ご飯を作りましょうか」
……俺達は一階のリビングに向かった。




