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颯太が息を呑み、思わず声を漏らした。
「……タイムリミット、だと……?」
それを聞いたジョイは、どこか愉快そうに肩をすくめる。
「そうだ。この会場には、最初からタイムリミットがある」
淡々と、だが楽しむように言葉を重ねる。
「考えてみれば当たり前だろ? 何もしないで、ただ隠れ続けていれば、いずれ誰かが不審に思って外部から助けが来る。――それじゃ、ゲームは成り立たないじゃないか」
「……くそっ……」
颯太は歯を食いしばった。
攻撃に踏み出そうとした、その瞬間――
「おっと、待った」
ジョイが一歩前に出て、薙刀を構える。
刃の先が向けられたのは、鈴木の喉元だった。
「一歩でも動いたら――こいつを殺す」
静かな声。
だが、その一言で、空気が一気に凍りつく。
颯太は動けなかった。
拳を強く握り締め、吐き捨てるように呟く。
「……クソ……どうする……」
その時――
鈴木が、洗脳に抗うように震える声を絞り出した。
「そ……颯太君……こんな奴の言うことなんて、聞かないで……は……早く……クリアしてくれ……」
「黙れ!!」
ジョイの怒声と同時に、薙刀の刃が鈴木の首筋に食い込む。
一筋の血が流れ、雨と混じって床に落ちた。
♦︎
同時に、物陰に身を潜めていた悠人もまた、焦燥に駆られていた。
(どうする……? 下手に撃てば、鈴木にも当たる……)
今、装備しているのは《ジャッジメント・コード》と《オーバーフロー・アサルト》。
悠人は遺跡内部の構造を、瞬時に脳内で解析する。
(……これしかない。チャンスは、一回だけだ)
♦︎
《タイムリミットまで、残り一分》
その無慈悲な表示に、颯太は悔しさで手を強く握り締める。
だが、何もできない――。
その時だった。
チャージショットの一撃が天井に突き刺さる。
轟音とともに天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
「っ――!」
バランスを崩すジョイ。
その一瞬の隙を、颯太は見逃さなかった。
「今だ!」
颯太は飛び込み、トロフィーへと手を伸ばす。
ジョイも即座に反応し、薙刀を振る。
氷の刃が、一直線に颯太を襲った。
――その瞬間。
乾いた銃声。
悠人が放った二発目――相殺弾が、氷刃を消える
次の瞬間、颯太の手がトロフィーを掴んだ。
《GAME CLEAR》
無機質な文字が、空間に浮かび上がる。
颯太はゆっくりと、ジョイへと歩み寄る。
怒りの波動に呼応するように、黒銀のパワースーツのラインが強く光っていた。
「……クソが……」
ジョイが悪態を吐き、薙刀を振る。
――だが、遅い。
あり得ない速度で踏み込み、颯太の拳がジョイの顔面を捉えた。
轟音とともに吹き飛ばされるジョイ。
地面に叩きつけられたその顔は、無残に変形していた。
♦︎
颯太は、真っ先に鈴木のもとへ駆け寄った。
呼吸はある。だが、その瞳にはもう焦点が合っていない。
――洗脳が、解けた。
その代償のように、鈴木は意識を失っていた。
「よかった」安心した
(今さっきの氷刃が消滅した、そして天井に向けたチャージショット誰が僕を助けてくれたんだ)
その時轟音鳴った。
空を裂くような、巨大な雷鳴が響く。
颯太は反射的に顔を上げ、その方角を見た。
雨煙の向こう――
傷だらけの鬼の仮面が、静かに立っていた。
「……黒雷の、神楽……」
本能が叫ぶ。
「おい、待て!」
颯太は駆け出した。
だが、遺跡の入り口に差し掛かった瞬間、足が止まる。
そこに――
十文字が、座り込んでいた。
追いかけるのを、やめた。
「……十文字さん……?」
駆け寄り、何度も名を呼ぶ。
「十文字さん! 十文字さん!」
しばらくして、かすれた声が返ってきた。
「颯太か……」
十文字は、苦笑する。
「目が悪くてな……誰が来たのか、よく見えねえ」
冗談めいた口調。
だが、その身体が、もう長くないことを――
颯太は、一瞬で悟っていた。
「……そんな……」
声が、震える。
「俺……ずっと、あなたに憧れて……あなたの背中を追いかけてきたのに……」
拳を握り締める。
「あなたがいなくなったら……俺は……誰を追いかければいいんですか……」
十文字は、雨に濡れた地面を見上げるように、ゆっくりと息を吐いた。
「……颯太」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「サイバーヴァンプのことが……憎いか?」
颯太は、即答できなかった。
怒り。
憎しみ。
恐怖。
すべてが胸の奥で絡み合い、言葉にならない。
「……わからないです……」
絞り出すような、正直な答えだった。
十文字は、わずかに口元を緩める。
雨音に紛れるほど小さな声。
だが、確かに届く言葉だった。
「俺はな……一回、戦ってる最中に、奴らの涙を見たことがあるだ」
静かに、噛みしめるように続ける。
「奴らにも他の世界で待ってる人がいるんだ。守りたいもの、帰りたい場所があって……戦うしかなかったんだと思う。たとえその希望が噂であっても」
一瞬、十文字の視線が遠くを見る。
「だから俺は信じてる戦わないやり方で……サイバーヴァンプと共存する道が、きっとあるってな」
震える手で、十文字は颯太の袖を掴んだ。
「憎しみだけで進むな、疑え……悩め……それでも、守るって決めたものは、最後まで守りきれ」
雷鳴が、遠くで低く鳴る。
「それができるなら……お前は、もう立派だ。」
十文字は、最後に小さく笑った。
「西園寺と九条を頼んだぞ」
その手から、静かに力が抜ける。
「……十文字……さん……?」
返事は、なかった。
雨は変わらず降り続けている。
それなのに、世界だけが――静かに止まったようだった。




