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「九条さん、これで参加者の治療は大丈夫ですか?」
颯太が問いかける。声には焦りが混じっていた。
「大丈夫だぜ!」
九条の声には、余裕すら漂う。
「管理者権限で医療ロボにデータを変えたからな」
颯太は少し考え込み、再び口を開く。
「ここは……美咲、九条さんに任せてもいいですか?」
「もちろん。あんな化け物相手、俺だって正直やりたくないからな」
九条は笑みを含ませ、肩の力を抜いたように答えた。
颯太はふと、美咲の方へ視線を向ける。
彼女は小さくうなずき、決意を滲ませて言った。
「絶対、みんな助けるんだよ」
「ああ……任せてくれ」
颯太は短く返事をすると、胸の奥に緊張を押し込め、中央エリアの方角を見据えた。
その瞬間――
轟く雷鳴が、空を裂いた。
「あれは……黒雷!? まさか、参加しているのか、神楽……」
颯太は美咲と目を合わせ、互いの覚悟を確認する。
言葉を交わす間もなく、颯太は中央エリアへ駆け出した。
♦︎
雫の体を、バチバチと電流が駆け抜ける。
黒々とした積乱雲が空を覆い、戦場をゆっくりと飲み込もうとしていた。
十文字が低く呟く。
「……なるほど、どうりで強いわけだ」
雫は一瞬、十文字を見据え、前へ踏み出した。
薙ぎ払う刃先から氷と電気が迸り、弾けるたびに閃光が戦場を裂く。
その圧倒的な威圧に、ジョイも距離を取らざるを得ない。
「これが、ウォーデンクリフが発明した軍事兵器…」
唸るような声とともに、口元に薄い笑みが浮かぶ。
雫は再び刃を構え、頭上に目を向けた。
「《システムコード・氷刃雨》――」
瞬間、無数の氷の刃が雫の頭上に生まれた。
舞い散る刃は嵐のごとく降り注ぎ、空気さえも凍りつかせる。
ジョイはその無数の刃を、信じられない速度でかわし続ける。
零距離で瞬時に間合いを詰め、反撃に転じる。
薙刀と日本刀が交わる瞬間、ジョイの瞳が輝いた。
「素晴らしい……!」
氷と電気が奔流のように渦巻く中、二人の戦いは、もはや誰の手にも止められない、凄まじい激烈さを増していった。
♦︎
ジョイが薙刀を肩に担ぎ、冷たい笑みを浮かべる。
「僕も本気で行かせてもらうよ――《プロトコル・氷雷殲滅》!」
薙刀が振り下ろされるたび、周囲に氷と雷の衝撃波が広がる。地面が砕け、空気が裂け、戦場全体が揺れる――範囲攻撃。
だが、雫は華麗に身を翻し、次々とその攻撃を避けていく。
斬撃が交錯するたび、氷の冷気が皮膚を刺し、傷口は凍傷のように痛む。
しかし、ジョイもまた無傷ではない。体中に刻まれた無数の傷が、戦いの激しさを物語っていた。
一点のミスが即死に直結する――その緊張感が、空気を張り詰めさせる。
斬撃が交錯し、互いの距離が瞬時に変わる。
その中、ジョイの瞳がふと揺れた。
「……何だ、この違和感は……?」
日本刀と薙刀が交わる瞬間、二人は互いに距離を取り、わずかに呼吸を整える。
雫が低くつぶやく。
「――システムコード、黒雷一閃!」
その瞬間、雫の体から黒雷が日本刀に一点集中。
刀身を駆け上がった黒雷が、眩い閃光となって放たれる。
ジョイは咄嗟に攻撃を止めず、薙刀を振るうたび、氷の刃が雫を襲う。
傷つこうとも、黒雷放を止めることはない。
凄まじい威力の黒雷が、一閃ごとにジョイを襲う。
「そんなもの……避ければいいだと!?どこに打ってるんだ、雫!お前の負けだ!」
怒号とともに距離を詰めようとするジョイ。しかしその瞬間――思考が一瞬、止まる。
「……何だ、この違和感は……?物事がうまくいきすぎてる……」
心が警鐘を鳴らす。
「そうか、やつは……どこに……どこにいる?」
ジョイの視線が必死に探すが、十文字の姿はどこにもない。
積乱雲の隙間から、影が伸びた――
黒雷を吸収したガントレットを背に、十文字が現れる。
「よお、クソ野郎……今さっきはよくやってくれたな」
低く響く声に、ジョイの体に強烈な衝撃が走る。
瞬間、黒雷を帯びたガントレットが猛スピードでジョイを襲う。
瓦礫が砕け、柱が何本も折れ、最後には戦場の壁に叩きつけられる。
――静寂。
壁に突き刺さったジョイは動かない。戦闘不能。
戦場には、荒れ狂った黒雷と氷の残響だけが残った。
♦︎
鈴木は完全に我に返り、焦燥に駆られていた。
「まずい……早くクリアしないと、観客も参加者も――全員が死ぬ……!」
西園寺と悠人は、同時に息を呑んだ。
「全員、死ぬだと……?」
その瞬間、西園寺の傷口が再び開き、赤い血が服に滲む。
悠人が咄嗟に彼女の腕を掴む。
「君はここにいなきゃダメだ!」
だが、西園寺は強く首を振った。
「私は……これでもサイバー部隊よ」
気丈な声とは裏腹に、服の内側から血が広がっていくのがわかる。
悠人は目を細め、迷いのない声で言い切った。
「任せてくれ。必ず、俺が全員を救い出す」
その横顔が、ふと――
西園寺には、幼い頃に背中を追いかけた「兄」の姿と重なって見えた。
思わず、言葉が零れる。
「……あなた、絶対に死なないでね」
「任せろ!」
短く力強く返すと、悠人は鈴木と並んで走り出した。
その瞬間、空から雨がぽつり、ぽつりと落ちてくる。
懐かしさと不安が胸を締めつける。
西園寺は立ち尽くしたまま、額を伝う雫に触れた。
――それが雨なのか、涙なのか。
彼女自身にも、もう判別はつかなかった。
♦︎
積乱雲が空を覆い、冷たい雨が降りしきる。
雫は重傷の十文字の肩を支え、遺跡の階段を駆け上がっていた。
雨に濡れた石段は滑りやすく、一歩踏み出すたびに緊張が身体を刺す。
その背中に、過去の記憶が重なる。
「サイバーヴァンプ襲撃事件の時、俺は蒼空の流星と戦っていた……」
十文字は低くつぶやく。
「戦ってる最中、奴の仮面越しに涙を見たんだ……」
雫の瞳が、わずかに揺れた。
(あの蒼空が……涙……)
「それまで俺は、サイバーヴァンプは狂気に染まった、イカれた思想の連中だと思っていた。
だが、あの涙に嘘はなかった。お前らも、何かしら理由があって戦っているんだな」
雫は少し沈黙し、やわらかく言う。
「あなたみたいな考え方の人が増えればまた変わるのかもね」
その言葉の途端、十文字の口元から血がにじんだ。
雫は肩越しに彼を支え、慎重に階段を登る。
やがて最上段に辿り着くと、遺跡の奥で光を反射する何かが目に入った。
――トロフィーだ。
雫は十文字を入口付近に座らせ、静かに言う。
「あなたは、ここにいて。無理しないで」
通路を進む雫の片腕には、ビリビリと電流が走っていた。
「……完璧に壊れてるわね」
小さく、独り言のようにつぶやく。
⸻
♦︎(遺跡・中央広間)
奥から、何者かが迫ってくる気配。
雫は咄嗟に身を隠した。
闇の中、雨粒が肩を叩き、冷たい感触が肌を刺す。
やがて姿を現したのは、全身をパワースーツに包んだ人物だった。
装甲は雨に濡れ、鈍く光を反射している。
(味方……? それとも敵?
サイバー部隊なら、今この姿を見つかったらまずいわ)
雫は息を殺し、動かずに様子をうかがった。
⸻
♦︎(同・中央広間)
「どうやら、ぼくが一番に先についたようだな」
颯太が低く言う。
トロフィーへと手を伸ばした、その瞬間――
鋭い氷刃が飛来した。
颯太は瞬時に身をひるがえし、間一髪で回避する。
暗闇の奥から、ひとつの影が浮かび上がった。
ボロボロの姿のジョイだ。
体内の配線や内線が露わになり、淡く光を帯びている。
「次から次へと……僕には、休む時間はないのか……」
冷たく呟きながら、まるで宙を滑るように階段を進んでくる。
(こいつがジョイ……)
颯太は息を呑む。
(やはり、体内にガジェットを埋め込んだサイバーヴァンプ……)
⸻
♦︎(遺跡・外周通路)
悠人と鈴木は遺跡へ足を踏み入れた。
奥から声が聞こえ、二人は反射的に柱の影へ身を隠す。
「……あれはパワースーツか。サイバー部隊か……それと、ジョイだ」
悠人が小声でつぶやいた。
その瞬間――
鈴木が、柱の影から飛び出した。
「待て!」
悠人が小さく叫ぶが、間に合わない。
鈴木の声が、広間に響き渡る。
「このゲームにはタイムリミットがある!
早く終わらせないと、この会場ごと爆発するぞ……!」
ジョイの目が、怒りに燃え上がった。
「お前……裏切ったのか?」
指が、静かに鳴らされる。
「もういい……君は用済みだ」
次の瞬間、鈴木の身体が荒ぶり始めた。
壁に頭を打ちつけ、理性を失ったかのように暴れ出す。
「おい! 今すぐやめろ!」
颯太が叫ぶ。
その瞳に映るのは――事件被害者と同じ、暴走する姿だった。




