第98話 政治の数字
ヴァルト市は、
地図の上では
重要な都市だった。
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交通の要所。
かつての工業拠点。
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だが。
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今は違う。
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列車を降りた瞬間、
リーネはそれを理解した。
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「……静かですね」
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駅前広場。
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人はいる。
だが。
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活気がない。
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店は開いている。
だが。
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客がいない。
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広告は貼られている。
だが。
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色あせている。
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「数字は悪くなかったはずですが」
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リーネは
資料を思い出す。
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ヴァルト市。
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NCI:中位。
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悪くない。
むしろ安定している。
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だが。
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「……これは」
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その時。
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「ようこそ」
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声がした。
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振り向くと、
一人の男が立っている。
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「市政局の
担当官です」
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やや疲れた顔。
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「NEAから来たと
聞いています」
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「はい」
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リーネは
軽く会釈する。
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「状況を
見せてください」
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担当官は
苦笑した。
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「見れば分かりますよ」
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車に乗る。
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街を走る。
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工場。
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動いている。
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だが。
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人が少ない。
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「自動化です」
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担当官が言う。
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「効率化で
人は減りました」
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次の場所。
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商店街。
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シャッターが
目立つ。
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「利益の出ない店は
閉めました」
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さらに進む。
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学校。
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規模が縮小されている。
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「予算配分の
最適化です」
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リーネは
静かに聞いていた。
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すべて。
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正しい。
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効率的だ。
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無駄がない。
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だからこそ。
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「……余白がない」
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小さく呟く。
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担当官は
驚いたように
見る。
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「余白?」
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「新しいことを
始める余地です」
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担当官は
少し黙る。
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そして。
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「そんな余裕は
ありません」
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静かな声。
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「失敗すれば」
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「NCIが下がる」
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「予算が減る」
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「責任を問われる」
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その言葉は、
重かった。
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「だから」
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「誰も
やらない」
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車が止まる。
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「ここです」
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降りる。
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そこは。
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かつての
工業団地。
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今は。
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半分が
空き地になっている。
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風が吹く。
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静かだ。
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「ここは」
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「新規事業用地でした」
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担当官が言う。
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「ですが」
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「全部
止まりました」
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「なぜ?」
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リーネが聞く。
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「リスクが高い」
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「評価が下がる」
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「だから
却下」
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短い言葉。
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だが。
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すべてを
表していた。
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リーネは
空き地を見つめる。
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何もない。
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だが。
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ここには
本来あったはずだ。
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未来が。
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「……これが」
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小さく言う。
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「政治の数字」
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効率は上がった。
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無駄は減った。
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だが。
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未来も
消えた。
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その時。
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「おい」
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声がした。
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振り向く。
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見覚えのある顔。
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「久しぶりだな」
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カイルだった。
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軽い笑み。
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だが。
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どこか
懐かしい空気。
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「……なんでここに?」
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「呼ばれた」
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肩をすくめる。
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「“実行役”として」
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リーネは
少しだけ笑った。
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「ちょうどいい」
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「現場が
止まってる」
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カイルは
空き地を見る。
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そして。
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「なるほど」
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「完璧に
止まってるな」
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軽く言う。
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だが。
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その目は
鋭かった。
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「で?」
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「ここからどうする?」
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リーネは
答える。
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「動かす」
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短い言葉。
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だが。
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それは。
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国家制度を
動かす最初の一手だった。
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