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Karte.21-1「ぜんぜん聞こえなかったけど」

【ハルト】……ベルアーデ帝国騎士団第七隊所属、双剣銃を手にイエへ寄り添う青年騎士。18歳。

【イエ】……極東ニフ国の乙女で、大体いつもレベル1なのにチートのような守護精霊の力を使える白魔法師。16歳。

【マリー】……ドワーフのミニマムレディ、妖精機シュネーヴィを操る魔導技師にして第七隊のメイドさん。19歳。

【シェリス】……第七隊隊長、魔法剣ならぬ魔法シャベルを振り回すハーフエルフの残念系王女。20歳。

【アリステラ】……イエを守護する旧き『星』の意志であり、自称『勇者』。自称17歳。


 ✕


 反響する地鳴りの中。

 機工式の鞘が歯車仕掛けを回し、構造を圧縮させながら張り詰めていく。

 縒り糸を滑り止めに巻き締めたへ、革の指抜き手袋を填めた細指が添えられる。

 腰溜めの構えは、西方の剣のそれにあらず。

 ーーお、お、お、お……

 地の底で、大都市の残骸と並び立つほどの巨影へ狙いが定められるのだ。

 そこは、誰が呼んだか『ラストダンジョン』(Rust Dungeon)。

 冒険者ギルドの公式解釈としては『錆(Rust)の流刑地』とでもいうべき場所である一方、畏怖を込めて『終極(Last)の魔境』と呼ばれることも多い。

 旧き『星』の跡……神代の遺構……すなわちただの錆の塊と化した超文明の名残が、掃き捨てられたように捻れた吹き溜まりだ。

 世界各地で地上に残っているのは町村程度の規模だが、地下深くには都市級のものがいまだ未発見のまま数多く眠っているらしい。

 このラストダンジョンもまた、ごく最近見出だされたばかりの大空洞だった。

 頭と胴体に顔の付いた塔のオブジェが、地へ引きずられた()()()()()()()()()()()に取り込まれた。

 ーーお、お、おもいで……我々のおもいで……どこに……

 甲状軟骨……すなわち喉仏が数万から組み上がった巨人型の怪異が、遺構のドレスを着々と纏いつつあったのだ。

 ーー ラスボス対象 の 情報 を 開示  します! ーー

 ーー ………… ーー

 ーー エラー が 発生 しました! ーー

 ーー 冒険者ギルド ラスボスサーバー に 該当 情報 ありません! ーー

 怪異に見下ろされた()()の背のホルスターで、角付き妖精ハイフェアリーがサポートに励む。

 『鐘と盾』の意匠があしらわれた記章が、使い捨てのグロースティックライトに照る。

「……まだ未登録、か。仕事遅すぎなんだけど」

 怪異に相対するは、白金色のプロテクターを身につけたベルアーデ帝国騎士団員だった。

 なかでも軽・中・重のバランスをカスタマイズできる量産性重視の『第二隊』制服であり、彼女の場合は右腕の装甲だけ取り払っていた。

 制式装備ではあるが慣習的に誰も装備しようとはしないサーリットヘルムを被っていて、その両耳部分は垂れた猫耳のように拡張改造されていた。

 顔全体を覆ったバイザーの格子の向こうで、青い目が無感情に細められる……。

 ーー 関連 情報 を 検索 します! ーー

 ーー 冒険者フェアリーブック に 類似 の 未確認情報 が あります! ーー

 ーー 画像照合 テキスト分析 ーー

 ーー 一致率 83% ーー

 ーー 通称『怨囃鎖血呼(おんばやしさちこ)』 ーー

 ーー 特徴 『自己進化』・『デスボイス』 ーー

 ーー 弱点 不明 ーー

 ーー 備考 目撃者の投稿より引用『寝起きか? 今のあいつは芋虫というかサナギというか……放っておいたらやばいかもしれん。後は任せた、おれは逃げる』 ーー

 彼女は腰溜めの構えを揺るがさないまま、ため息混じりに鼻で笑った。

 ーーも、も、もしかしてもしかしてもしかして……あ、あ、アァァァァァァヴァァァァァァ!!

 虚ろに呟いてばかりだった怨囃鎖血呼が、ふいに恐慌状態に陥った様子で顔の無い貌を震わせた。

 裂けて、咲いて、辛うじて歌のような絶叫が赤黒いエーテルを伴って幾重にも発せられた。

 するとどうだろう。それらは遺構などの無機物はすり抜けたが、有機物には自ずから纏わりついていった。

 ーーツチ、ッノ、ノ……コバャッ

 ーーノヅッ

 ーーヂュギュッ

 吹き溜まりの隙間に蠢いていた無数のツチノコたちが、這い出てきては苦悶に呻き、そして喉が異常に膨れ上がると爆散していった。

 聴くだけで死に至るそのデスボイスは、当然、()()にも縋りついてきて……、

「ふん」

 瞬間、抜刀。

 気合いというにはあまりにもダウナーな呼吸とともに、しかし、放たれた一撃はあまりにも冴えていた。

 鞘に納められていたのは、そう、極東ニフ国の『刀』だった。

 なかでも『打刀』と呼ばれる、どこにでもあるごく一般のニフ刀だ。

 それが機工式の鞘によって……鯉口近くに設えられたトリガーの解放で()()されたのだ。

 すなわち、居合斬り。

 歯車仕掛けの超高速抜刀術だった。

 とはいえ、対峙した怨囃鎖血呼はまだ数十メートルも向こう。斬撃はデスボイスを散らすに留まり、第二波や第三波が間髪入れずに迫り来て。

 抜刀とともに放たれていた()()が、それら全てを斬り捨てて怨囃鎖血呼まで食らいついた。

 ーーゆぎゃっばっ

 貌を構成する喉仏たちが1割近くは粉砕された。瞬く間に他の部位から補填されていったが、怪異は混乱した様子だった。

 ーーお、おん、おん、な、な、な、なぜ……

「…………」

 だが、見下ろした瞬間には彼女はすでに納刀していた。

 鯉口に切っ先を添わせて納めるまでもなく。刀を近づけるだけで鞘が開放され、スマートに納刀されていたから。

 本来なら『抜刀』には続く『連撃』と血振るう『残心』があり、『納刀』を以て一連の『居合術』とするのだが。

 それは『抜刀』と『納刀』のみの型破りな居合剣だった。

「ふうっっ」

 だから彼女は、また抜刀した。

 納刀、抜刀、納刀、抜刀、納刀、抜刀、納刀、抜刀、納刀。

 一秒足らずの間に、次々と居合剣気を速射したのだ。

 彼女には、斬撃そのものではなく剣気こそが本命だったのだ。

 ーーぎっ、ぎ、ぎっぎっぎっぎぁぁっ、と、ま、ぎゃぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!

 怨囃鎖血呼の節々が斬り飛ばされていく。

 剣気……東方の流儀で『気』と呼ばれる概念も、その意味を還元していけば『オドエーテル(体内魔力)の発露』の技だ。

 ーー レベル9 抜刀ムメイ ーー

 怨囃鎖血呼が歌声を攻撃へ変じさせたように、剣気たちは刀ではなく彼女自身に在る力に他ならなかった。

 それらはあまりにも大きく、怨囃鎖血呼を貫通してなお、塔や小山のような遺構どもを両断していったのだ。

 『ムメイ』の銘とは裏腹に、リズミカルに鮮烈に風切り音を奏でていく刀。

 駆け出した彼女は旋律に乗る調子で敵の周囲を回り込んでいく。

 ーー 居合術 レベル3(神級) ーー

 いかにも。それは人を超えかけ、神がかった業だった。

 ーーなぜ、なぜ、なぜ……! 我々はこの無念を晴らさないといけないのだ……呪詛を吐かねばならないのです、なのよ、怨みを届かせるんや届かせるのじゃ届かせるんだよ……が、ヴゥゥォォァァァァアアアア!

 怨囃鎖血呼はダメージを補填するごとに小さくなっていったが、狂ったようにデスボイスを垂れ流し続けた。

「ちっ……」

 それらはどう斬り捨てようとも避けきれない密度となり、ついには彼女も回避しきれずに纏わりつかれた。

 が。ただそれだけに終わり、呪詛のエーテルは存在を保ちきれずに消えていった。

 ーーな、な、な、なぜ、なぜっ、なぜぇぇっ! どうして効かない、聞かない、我々は我々はぁぁ……こんな終わり、を、迎えたくはなかった!

 遺構のドレスさえほとんど崩れ落ちながらも、怨囃鎖血呼はそこに在ろうとし続けた。

 ーー 状態変化 『発狂』:永久的狂気! ーー

 それは羽化に似ていただろうか。背中から翼が生えていった。

 喉仏が連なった等身大の人型を羽根として、翼が……。

「お断りなんだけど。ラスボス第二形態なんて」

 しかし。それが開ききる前に、かのモノは連続剣気に悉く散らされたのだった。

 ーー人へ……精霊へ……あいつへ……我々の、歌を……。

 最後まで大空洞に残っていた赤黒い歌も、やがて完全に喪われたのだった……。

「…………ふう」

 深呼吸。手首のスナップを利かせて刀を回すことで血振りならぬエーテル振りの『残心』、いちおう刃こぼれが無いか目で追いながら『納刀』。

 今度こそ省略無き一連のかたは、戦闘を終えた彼女がはじめに行うルーティンだった。

 ニフ刀を腰に佩くと、サーリットヘルムのバイザーを押し上げた。

「なんか言ってた? ぜんぜん聞こえなかったけど」

 露わになったのは、青髪をぱっつんとおかっぱにした乙女の相貌だった。

 ニフ人……ではなくエウル人の顔立ちの中で、凛としているのだか冷めているのだかわからない目付きが際立っていた。

 サーリットヘルムの機械猫耳にはスピーカーと集音マイクが搭載されており、今はメタルアレンジの和風楽曲が流れていた……。

 ーー ライトフォン を 集音マイク に切り替えます ーー

 ーー レフトフォン プレイリスト を 『ボス戦終了後:63』 へ 変更 します ーー

 ーー 《ミニ・インベントリ》 ーー

 ハイフェアリーの利点の一つ、簡易収納魔法ミニ・インベントリの次元の狭間から、慣れた手際でひとくくりのポーションセットを取り出した。

 それぞれの小瓶には『スタミナ』や『水飴ちゃん』や『HP(ヒーリングっぽい)』などとラベルされていて、戦闘終了後に整えるべき一通りが揃っていた。

 ーー 『リペアパウダー』 と 『予備装甲』 を キャンセル しますか? ーー

「イエス。今回はどっちも必要なかったんだけど」

 彼女は水飴ちゃんポーションを呷ろうとして、しかし、振り向いた。

 遠く、崩れた遺構に塞がってしまっていた大空洞の入口を見つめて。

 やにわにそこが発破されれば、二十人以上からなる冒険者たちの一団が駆け込んできた。

 札状の装甲を重ねているのが特徴的なニフの和鎧や、大きな胸当て付きの着物を装備した、ニフ人たちの集団だった。

「あらまあっ。おサムライ様、ひょっとしなくてもお一人で倒してしまわれましたの?」

 探索用装備を多く提げた案内役が、目を丸くしながら彼女の前までやってきた。

「あらあらまあまあ。わたくしが応援を呼んで戻りますまで、生き延びることだけを考えてくださいましと言いましたのに」

「それって『倒せ』ってことと同義なんだけど」

 薄く笑った案内役のみならず、誰もが「誰もそんなことは言っていないのだが」とばかりに苦笑していた。

 対して彼女は背を向けて、改めて水飴ちゃんポーションを一気飲み。

「『雑魚は引き受けた』とか『ここは任せて先に行け』とかどんどん離脱していったから、また体よく捨て駒にされたかと思ったんだけど。都合よく入口も塞がれたし、あんたたちの仕業じゃないかって考えたぐらい」

 呟きながらポーションセットを飲み進んでいって、このルーティンも完了。

「まあいいけど」

 と一方的に切り上げて。再び振り向いた彼女は、腰に提げていたパンパンの採取袋を案内役へ突き出した。

「ほら、遅くなったけどもともとの依頼だった品。ハチツチノコの肉と、ビクニ香草、シリコゼリー」

「まだ覚えていらっしゃいましたのね」

「仕事だから当たり前なんだけど。……まったく、ベルアーデ国境までの商隊護衛だったのにどうして極東くんだりまでくるハメになったんだか……」

 ーー クエスト 達成 しました! ーー

 ーー ベルアーデ帝国騎士団第二隊 サーバー へ 報告書 を 提出 します!

 ーー 報酬 未受領 の 報告書 が 186件 あります ーー

「わかってるんだけど。いいかげん帰るんだけど」

 彼女は《ミニ・インベントリ》から最後に《リターン》のインスタント魔法書を取り出し、表紙のエーテル小袋を叩き割って湯戻し(起動)させた。

 活性化したエーテルにより開かれ、自動詠唱とともにページが素早く捲られていって。

「じゃあ、今度こそサヨウナラ。やれと言われればやるけど、世界を救う戦いがクエストに含まれるなら事前にそう言って。無理だろうけど」

 案内役たちは十人十色に返す言葉を探していたようだったが、もとより彼女は返事を待ってはいなかった。

 頭上に開いたゲートが降り、彼女をくぐらせた……。




 するともう、そこは大空洞ではなかった。

 足元から突き上げられるような感覚に合わせてジャンプすれば、地面に出現していたゲートから飛び出せた。

「…………」

 彼女が帰ってきたのは、ベルアーデ帝国は帝都ベルロンド……グレートベルアーデ城(正式名)の外苑だった。

 帝国騎士団本部、パラダイスナイトガーデン(正式名)だ。

 そのなかでも、物理系ジョブの猛者が集う第二隊砦の裏口前に帰ってきた。

 役目を終えた物理武器を建築の一部としてあしらった砦が、早朝の長い影へ彼女を包む。

「うわビックリしたっ、あんたかよ」「誰?」「我が隊自慢の隠しキャラ」「帰ってきてたのか」「3ヶ月ぶりかあ?」

 と。裏口から入ろうとした彼女は、酒瓶をしこたま抱えて出てきた騎士たちと鉢合わせした。

「「「「おかえりぃ!!」」」」

「……ん。……ただいま」

 見るからに筋肉質な彼らの大声すぎる挨拶へ、彼女はごく軽い会釈で頷いて。

「連絡ぐらいよこせよー」「そうだぜ、またとんでもないとこまで出張してたのか?」「今回は何ヶ月ぶりだっけか」「おれとははじめて会うよなっ、なあこれからみんなで酒盛りするんだが……」

「ああ、うん、わるいんだけど休む時は自分の時間にしたいから」

 興味津々と見つめられた途端に、踵を返し、砦から離れていった。

「あっ、おーい!? そりゃ朝っぱらだがお互い仕事あがりだろ!?」「っとと、ほっといてやれ」「ああそうだったそうだった」「ちょっとグイグイいきすぎたな」「わるいな! また後で!」

 いちおう後ろ手は振り返したが、ただそれだけに済ませて彼女は仲間たちから離れていった。

『あの第一隊にスカウトされたのを蹴ってウチに入ったんだろ? あんなんでやる気あんのか?』

 しかし、遠ざかっても彼女は()()()いた。

『構うな構うな。あの子、腕前は超一流なんだが仕事以外で構われると嫌がるんだよな』『んだよ、コミュニケーションも仕事のうちだろ』

 片耳の集音マイクから、苦笑混じりのざわめきを聞いていた。

『あいつの場合は付き合いは重要じゃないんだ』『ああ、完全にソロ専門だからな』『隊長からFメールでクエスト貰って、何ヶ月も一人旅……こうして帰ってきたのを見ること自体が激レアだ。なにやってるんだか……』

 ーー プレイリスト を 『自由時間:41』 へ 変更 します ーー

 もう片耳からは場末の酒場でも思い起こさせるようなピアノミュージックを聴きながら、城壁に沿って歩き続けて。

 到着したのは、外苑の隅も隅。

 砦とは呼べない、せいぜい館といったところだろう最小最貧の拠点。

 七番館と呼ばれるそこへ、彼女は正面口からスルリと入り込んだ。

 するとそこは、ロビーだ。

 依頼を持ってきた来訪者用のスペースと事務所とを、冒険者ギルドのそれのように受付カウンターで仕切っている。

 ……ただし事務所のほうは名ばかりで。ソファやローテーブルやキッチンまで設けられ、リビングのような生活感に溢れていた。

「……おいおい」

 そのリビングにて。ローテーブルを挟んだ一対のソファに、騎士らしい青年が一人寝そべっていた。

 短めの灰色の髪。エウル人の面立ちから逸脱しない、どこにでもいるような青年だ。まだ少年と呼んでも差し支えない年頃か。

 布の服とセットになった白金色のプロテクター姿は、各隊の特徴づけがなされていない基本デザインの制服。今どきは予備か見習い隊員用としてしか運用されていないものだ。

 しかし見習い隊員にしては、彼の目は荒んでいた。

 気高さの陰ってしまった、まるで傷ついた狼の目だ。

「邪魔するけど」

「……ぉん……」

 彼女はカウンターの脇を抜け、リビングへ踏み込んだ。来訪者を見上げていた青年は、斜めに頷いただけでまた肘掛けへ頭を下ろした。

「ふ……ぅ」

 そして彼女もまた、もう一脚のソファへ寝転がった。

 バイザーを半分だけ下ろして、採光窓からの眩しさを遮って……目を閉じる。

 ……静寂。

 彼女の片耳には、青年の息遣いだけが静かなリズムで集音されていた。

 一方で青年も、彼女の片耳から漏れる音楽がかすかに聞こえていることだろう。

 ……静寂。

 一曲終わって。

「……あの王女もメイドもいないぞ」

「べつに訊いてないし用も無いけど」

「ああそうかよ……」

 ……破られかけて、しかし、静寂。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……働きもせずに家の警備とか最低だけど」

「大きなお世話だっっ!」

 破られるくらいなら、彼女が破った。

「こちとら人さらい同然でこんな騎士団に入れられて……っていうかおまえもサボりにきてるだろうが!」

「あたしは仕事上がりでここに来てるし、なんなら休息も仕事のうち。好きな音楽を聞きながら存分に心と体を休めてるけど。あんたは?」

 彼女は身じろぎもせず横目を向けただけだったが、青年はソファから身を乗り出していた。

 彼の苛立ちの表情が、見る間に沈んでいって……。

「……いろいろあるんだよ。仲間から聞いてるだろ、俺のこと」

「べつに真面目に答えなくていいんだけど。勝手に自問自答しといてって話」

「な、なんなんだよ……」

「ほら、あたしにかまったらめんどくさいでしょ。これに懲りたらほっといてほしいんだけど」

「人ん家に上がり込んどいてなにを……いや、べつにここは俺の家なんかじゃないんだけどさ」

「…………」

「…………」

 彼女がまた静寂の中に微睡みかければ、ソファの革が擦れる音。諦めた青年がゆるゆるとまた寝そべったらしい。

「…………人と違うことができるからって、友達でもないヤツの言うことなんて気にするまでもないじゃない。馬鹿みたいなんだけど」

「だからあ! かまうなって言うくせに人にかまうのはなんなんだよ!? もういけよ、()()!」

「あんたにそんなこと言われる筋合い無いんだけど、()()()()()

「いやあるだろ!」

 ーー レベル91 ロウニン ハナ ーー

 ーー レベル■■■ ■■■■■■■■ リヒャルト ーー

 それでもそれは、穏やかな静寂には違いなかった……。


 ◯


 七番館の朝は穏やかだ。

 朝のみならず、一週間に一度くらいしか依頼が来ないのだから昼夜問わずもっぱら穏やかなのだが。

 それでも。他の隊が依頼持ちの市民たちを行列単位で捌いていくこの時頃に、朝食のテーブルを囲んでいられるのは役得といえるだろうか。

「空から降ってきた女の子に好きな人を取られるなんて、幼馴染みさんが可哀想です」

「……シェリスに借りた本の話?」

「シェリスさんに借りた本のお話、ですです」

 青年騎士ハルトは、第七隊顧問白魔法師のイエとともにマグカップを傾けあっていた。

 空から降ってきた白魔法師のアトリエ『アトリイエ』がぶっ刺さったまま、最小最貧の騎士隊拠点は今日も閑古鳥状態だ。

「ですけど私、幼馴染みさんにも落ち度はあると思うのです。心地の良い立場にあぐらを掻いているから、余裕を見せているうちに押しかけ女房さんに出し抜かれるのです」

「いやわるい、俺は読んでないから力説されてもな……。そんなに面白いのか?」

「面白いお話です。一章ごとに必ず性交渉があるのでお話に集中できないですけど」

「エロ本じゃないかよ!」

「えっ。シェリスさんは『エロがあるだけの恋愛物』と……」

「だからエロ本じゃないかよ!」

 と、そんな時、ロビーにベルの音が鳴った。

 ニフの『鈴』が鳴ればアトリイエのほうに来客がやって来た報せだが、ベルの仕掛けはこちら七番館の正面口が開かれた合図で。

「…………?」

 二人が振り向いたその戸口には。……なんとも形容しがたい感情を眉間の皺に寄せた、仏頂面の乙女騎士が立っていた。

「おっ……ハナだ」

「ハナさん? お客さんです?」

「まあ客といえば客だな」

「ハナダさん」

「なんで一回正解してから間違えるんだよ。ハ・ナ」

「……どうも。邪魔するけど」

 量産性とカスタマイズ性重視の制服は第二隊騎士のもの。腰に佩いたニフ刀を扱いやすくするためか右腕の装甲だけを取り払った姿はまさに極東の武士のようだ。

 とはいえ青い目の顔立ちはエウル人のものに相違なく。おかっぱボブの青髪に、機械猫耳を垂らした風変わりなサーリットヘルムを被っている。

「…………」

「「…………?」」

 そんな彼女が来客用カウンターをすり抜けてくると、なぜか、二人が座るソファセットの周りを思案の様子とともにうろちょろしはじめたから。今度はハルトとイエが微妙な面持ちになってしまった。

「……あっ。そうだ、そういえばおまえが座ってるのは……」

 気づいたハルトはイエを指差そうとしたのだが、急にハナが彼女の真横で立ち止まった。

 見下ろす者と見上げる者、乙女二人の眼差しが交わされた。

「第二隊のハンナだけど。はじめまして」

「ハナさん」

「ええ、そう、こんな刀下げてるからニフ人に間違われてハナとかハルナとか呼ばれてる。好きに呼べばいいけど」

「あ、いいえ、単に発音できなくて呼んでしまいました。ごめんなさい」

「三文字で? べつにいいけど。あんたはニフ人よね」

「はい、ニフのイエと申します。白魔法師です」

 なんだろう。イエはいつもの無表情でニッコリしているし、つっけんどんな口調のハナもべつに突っかかっているような仏頂面ではないのだが……、ハルトは落ち着かなさを覚えた。

 だからおもわず、ソファから腰を上げていた。

「イエ、あのな、わるいがちょっとそこ譲ってやってく……」

「やめてほしいんだけど」

 ハナは見もせずにハルトを遮った。

「そういうふうに気を遣われたら申し訳なくて休むに休めないから。ほっといてほしいんだけど」

「うーん、こいつ……」

 ……ハルトが座っていたソファへ、文字通り隙を突くようにスルリと寝転がってしまった。

「具合でも悪いのですか? 私、体の内外から心のことまで大抵のことは診察できますよ」

「そういう職業病はいいんだけど。気持ちだけ受け取っとく」

「ああ、諸々気にしないでやってくれ。なんていうかこいつ、ここで休むのが気に入っててさ」

「なるほど、わかります。マリーさんこだわりのソファはフカフカです」

 仕方なく、ハルトはコーヒーカップとソーサーと持って移動。イエと同じソファに隣り合わせで座った。

「あの第一隊にスカウトされたこともある実力者なんだけどな、俺が第七隊に入れられた頃からの知り合いなんだ。友達……って言ってもいいんだが、言ったら絶対しつこいからやめておく」

「わあ。ハルトさんがお友達のお話をされるのをはじめて聞いた気がします」

「やめろよ」

 すると。イエがソファをフカフカさせる音に紛れて聞こえはしないが、おそらくは音楽を聴き始めたのだろうハナが……十秒も経たないうちにうたた寝の目を開け、二人をチラ見してきた。

「リヒャルト。聞いてないんだけど。その子は新入り? そっちに突き刺さってるアトリエはなに? そこにあったあんたの部屋は?」

「待て待ていっぺんに言うなって……聞いてないもなにもずいぶん会ってなかっただろ。今回は特に長かったが半年ぶりくらいか?」

「答えになってないんだけど。それにFメールのアドレスなら教えてあったし」

「長い話なんだよ。てかなんで風来坊のおまえにわざわざ伝えておかないといけないんだ」

「あ、はいハナさん、私は新入りの第七隊顧問白魔法師なのです。そちらにあるのは私の『アトリイエ』で、ワケあってハルトさんの部屋を壊してしまったので……責任をとって私、ハルトさんのパートナーとして働いています」

 ガタッッッッ。

「……は?」

 ……ソファからズリ落ちかけたハナが、編み上げ靴のつま先だけで踏みとどまっていた。

「だからイエおまえなあっ、その言い方やめろって言ってるだろややこしいから!」

「……? 第七隊の顧問白魔法師として私はハルトさんの助手ですし、アトリイエの白魔法師としてハルトさんは私の助手です。この捻れを一言で表すにはパートナーが一番かと……」

「真面目か!」

「……ハル、ト? リヒャルト? ……あんたたち……」

「ーーおっ、ハナ美じゃねぃの」

「ーーハナちゃんっ? あちゃ~今市場行ってきよったとこなんに」

 と、そんな時だった。二階への階段からは黄金色の彼女が、通用口からは林檎色の彼女が現れたのは。

 ベビードール姿の寝起きな王女シェリスと、卵入りの買い物カゴを下げたラバーメイド侍女マリーだ。

「サニーサイドアップにするつもりだったけどまあいっか。わしら今から朝ごはんなんじゃがあ、スクランブルエッグでよかったら食べてく?」

「おかまいなく。あたしのためにみんなの献立が変わるのが重いんだけど」

「相変わらずめんどくせぃなぃ」

 いつの間にやらシュタッと、ハナはソファに座り直していた……。

(1話につき4部分構成の短編連作です)

(毎週月曜日、18時頃に更新中です)

(1話完結の翌週……つまり5週間に1回、次話の準備期間として更新にお休みを頂きます。よろしくお願いいたします)


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