事の始まり 2
この時はまだ、僕は猫が助かったことに気を取られ、伯母さんの変化に気づけなかった。この時に気づいていたら、きっと何かが変わって……………………いなかったか。いなかったと思う。もう既に僕にはどうしようもなかった。
一命を取り留めたものの、まだ衰弱が激しいようで猫は入院することとなった。
支払いをする伯母さんの横で、領収書を覗いてしまって驚いた。とんでもない金額だった。
僕が連れてきた猫だから、僕が払わせてしまったのと同じだ。勝手に頼ってお願いしたのは僕だけど、こんな大金を伯母さんいつになったら返せるのか予想もつかない。
僕の顔に心の声でも書いてあったのか、伯母さんはすこし微笑んで言った。
「大丈夫。こういう時のために、しっかり稼いでいますから」
かっこよかった。女の人にかっこいいって言葉は合っているのかはわからないけど、ひたすらかっこよかった。
その後、タクシーで僕は家に帰った。伯母さんも一緒に。
気がつけばとっくに夜で、もう門限は過ぎていた。玄関を開ける時になって、お母さんに言わずに出てきちゃったことに気づいた。凄い怒られると思って怖くなったけど、その心配もいらない心配だった。
「おかえり、ちーくん頑張ったね」
そう言ってお母さんは笑ってくれたから。
伯母さんは本当に凄い。いつの間にかお母さんにも連絡してたんだ。僕なんかお母さんのことも、門限のこともすっかり忘れてたのに。
そのまま伯母さんは家でご飯を食べることになった。
「お姉ちゃんごめんね、こんなものしか用意できなくて」
お母さんはそう言ったけど、僕は知ってる。いつもよりおかずが多いことと、いつもより野菜を使ってること。伯母さんの好みに合わせたんだと思う。
「忙しいとつい外食で済ませてしまう日もあるので、暖かいご飯が嬉しいです。野菜も多くて美味しそう」
ほら、やっぱり。豆腐の入ったハンバーグよりも、お肉たっぷりの方が僕は好きだけど、たまにはいいと思う。
「ところで、猫を保護したんですよね?義姉さんが飼うんですか?」
お父さんが敬語を使って聞いた。お父さんの敬語なんて中々聞かないから不思議な感じがした。
「ちーくんが保護したので、ちーくん次第かなと思ったんですがどうしましょう」
そうか。病院に連れてって終わりじゃないんだ。命が助かったんだから、誰かが飼わないと。すっかり忘れてた。
「お父さん、うちで飼ってもいい?」
一応聞いてはみるけど、多分駄目なのは知ってる。期待したら負け。駄目だと言われた時が凄く悲しい。
僕には兄弟がいないから、一人の時間が寂しくて何回かペットを飼いたいって言ったこともあるけど、お父さんもお母さんも旅行が好きだからペットは飼えないって言われた。
「うちでは飼えないよ」
ほら、やっぱり。断られるとわかっていても少し悲しい。血で汚れていたけど、あれは真っ白い猫だった。元気になって、一緒に住めたら嬉しかったのに。
「では、私が引き取りますね」
自分でペットを飼うことが決められる大人が羨ましい。猫を助けてくれたのは伯母さんなのに、この時は伯母さんが少し憎く感じた。
「猫を飼うのは初めてですが、退院するまでに勉強します。猫を迎えたら遊びに来てくださいね」
まるで目からウロコが落ちる気分だった。
そうだ。今までは飼えない、それで終わっていたけど、 伯母さんが飼うってことは伯母さんちに行けば会えるんだ。
そう思ったらなんだか楽しくなってきた。
「退院したら教えてね」
「はい」
僕も猫はテレビで観るくらいで、実際には遊んだことはないけど、後でお父さんと一緒に動画を観て猫のこと勉強しようと思った。