12 働いてみた
――ヒロトがこの世界に召喚されてから早二ヶ月が経った。
イレーネの自宅で目覚めた博人がまず行うのは朝食の支度である。
もともと料理などしたこともなかったヒロトだが、幸い家主はそれほど味に頓着するタイプではない。
加えて情報版で検索すれば、ヒロトでも作れる料理レシピが載っていることも大きかった。
……とりあえずあの不毛な味を毎日味わずには済んだのである。
「……それで今日はなにかあったかな?」
「ええと……今日はアリス教授と会う予定になってたと思う」
ヒロトは現在、イレーネの秘書のような真似をしていた。いい加減でずぼらなところがある彼女は周りからは扱いづらく思われており、ヒロトは比較的重宝されている。
「じゃあ、俺は出るんできちんとアリス教授のところに行けよ」
「んー」
《気を付けてな、Cherry》
イレーネの生返事とハワードの見送りを背にヒロトは家を出る。
向かう先は――王城である。
◇ ◇ ◇
「――ふむ。ではそういうことで頼むよ、ヒロト君」
「はい、イレーネさんに伝えておきます」
黒々とした豊かな毛髪を蓄えた財務大臣は、ヒロトの肩を軽く叩き去っていった。
ヒロトは大臣からの要望を頭の中で纏め、どうイレーネを説得するか案を練る――これが現在のヒロトの仕事である。
たとえステータスが高くも、如何に魔法技術が発達しようとも、どうしても人に依存する仕事というものはあるものだ。そのうちの一つが人間同士のコミュニケーションである。
ヒロトの仕事は大臣から伝えられる国側の要望を纏め、気まぐれなイレーネのモチベーションをどうにかしてそれらに向けること。
また、いい加減なイレーネのスケジュール管理も仕事に含まれる。
……切っ掛けは、あの毛生え薬だった。
あの後、なんとかイレーネに頼み込み、拝み倒し、泣き落として薬を作ってもらってから、ヒロトは国とイレーネの繋ぎ役のようなことをやり始めることとなった。
ついでに言えば、この世界では高い身体能力に任せてごり押しで物事を解決をすることが多く、一部の技術面で未発達な部分があった。
なのでヒロトは、元の世界の便利グッズなどのアイディアを提供したりもしている。
もっとも多少知識があっても製作技量はなく、実際に作るのは人任せなので、イレーネの紐という立場に変わりはないが……。
想像していた異世界召喚とはあまりにも違っていたが、ヒロトは現状に概ね不満を感じていなかった。
少なくとも飢えることはなく、技術発達のおかげで異世界特有の不便さは全く感じずに済むからだ。
――しかし当初の野望を捨てたわけではない。ヒロトにとってはむしろこれからが本番だった。
◇ ◇ ◇
――標的は恐るべき速度で縦横無尽に動き回りこちらを翻弄する。
そのおぞましき動きと俊敏さは人を遥かに凌駕し、気を抜けば容易く姿を見失ってしまう。
ほんの僅かな隙に死角へと入り込む抜け目のなさは暗殺者顔負けと言えるだろう。
――落ち着け、心を静めろ。ロバートとの鍛錬を思いだせ。
敵の動きを制限し、逃げ場をなくし必殺の一撃でもって仕留めるのだ。
ヒエラルキーにおいて自身の上を行く鳥より賜った狩りの心得を思い出す。そして――
「どぅりゃあああああああああっ!」
全力で振り下ろされたヒロトの武器は敵を倒したのだった。
……なにをやっているのかと問われれば、まあレベル上げである。
最弱のモンスターにすら敵わなかった以上、こうやって害虫を潰して地道に頑張るしかないのである。
たとえその経験値が極小であったとしてもサボることはできない。
なにしろヒロトのステータスは赤子並み。うっかり死んでしまったということがギャクでなく本気であり得るのである。
そしてなによりも、ヒロトは未だこの世界にやって来た当初に抱いた夢を諦めてはいない。
それを叶えるためならば、たとえどれほど見果てぬ苦難であろうとも乗り越えてみせる――ヒロトはそんな強い決意を胸に宿していた。
そう、いつの日にか――いつの日にか、可愛い女の子とイチャラブできるその日まで……ヒロトの戦いは終わらないのだ!
これにて完結となります。閲覧ありがとうございました。
続きを書くかは未定です。
活動報告にて作品に関しての雑感を述べております。




