10 モンスターと戦ってみる
「――それで目的地の『モンスター牧場』ってなんなんだ?」
「モンスターを繁殖させる牧場だ」
……モンスターは繁殖させるもんじゃないだろう、という突っ込みはしないことにした。いい加減この世界に関しては突っ込まない方が楽だという事を、ヒロトは学んだのだ。
「……なんのためにそんなのがあるんだよ?」
「一言で言えば、君のようなレベル弱者のためだな」
なので質問を変えるとそんな言葉が返って来た。
「親が子供のレベル上げの手助けをさぼったり、なんらかの理由でレベル上げができなかった人間のための補助制度の一環だ」
「……ってことは、そこに行けば俺も?」
「ああ、あそこで繁殖されているのは最弱のモンスターだからな。君は既にある程度の年齢だから子供ほどの成長は見込めんが、その分、数を熟せばいいだろう」
「おおっ」
『モンスター牧場』の情報を聞いたヒロトの顔に喜色が浮かぶ。
散々この世界には振り回されてきたが、やっと異世界召喚っぽくなってきた。
……『モンスター牧場』が異世界召喚っぽいのかは置いておくが。
「そういえば……昨日はなんで人が少なかったんだ?」
ふと思いつき聞いてみる。
道を行きかう人々は昨日に比べ明らかに多い。
「昨日はKAIJIN杯があったからな。ほとんどの連中は家にこもっていたんだろう」
「……いや、なんだよ? その物騒な名前のイベントは」
ともあれ、そんな話をしながら二人は足を進めるのだった。
◇ ◇ ◇
目的地である『モンスター牧場』は街の外にあったが、それほど遠くはなかった。もともとイレーネの自宅が街外れにあったからだ。
曰く、「騒がしいのは嫌いだ」ということらしい。
牧場は遠目で見るかぎりでは特に牧場のようには見えない。
しかし近づいてみると青い光の膜が生じ、《結界》で隔離されているのが分かる。
イレーネがその結界に沿って進む先には、少しばかり大きめの建物が見えた。
「時間だが準備はできているか?」
「おおっ、よくきたな嬢ちゃん。一通り用意はしておいたぞ」
建物に入り、イレーネから不躾に告げられた言葉に答えたのは高齢の男性だった。
しかし高齢者としての衰えは微塵も感じさせず、鍛え上げられた肉体・日焼けした肌・無骨な相貌、と公園であったロマンスグレーとは大分タイプが違う。
強いて言うなら職人肌の頑固爺だろうか。
「……で、そっちのひょろっちいのがレベル上げ志願者かい?」
「ああ、赤子の並みの最弱男なので気をつけてほしい」
「(ひょろっちい……赤子並み……最弱)」
「まぁ、まかせときな。低レベル向けの武具も用意しているからな」
なにやらショックを受けているヒロトをよそに話は進む。
「ヒロト、こちらはグルガ。この『モンスター牧場』の管理人だ」
「おう、よろしくな坊主」
「よろしく……お願いします」
「おいおい、元気がねえな。気合入れろっ、気合!」
「は、はい!」
怒鳴られ我を取り戻したヒロトは、グルガの指導のもと準備を整えることとなった。
「ふぎぎぎぎ……っ!」
奥の広間にヒロトの呻き声が響く。
「……まさかここまで貧弱だったとは」
「やれやれ、まいったぜこりゃ」
呆れる二人の視線の先では、ロングソードを決死の形相で持ち上げようとするヒロトの姿が。
(なんで……っ、こんなに重いんだよ……っ!?)
実のところ、これはごくごく当然のことである。
一般的なロングソードでもその重さは2キロ。細身の日本刀でも1.5キロはある。
それらを持つことはできるだろう。しかし、武器として使いこなすとなると話は別だ。
下半身を鍛えてなければバランスを矢持つこともできないし、上半身を鍛えていなければ重量に振り回されるだろう。
おかしな力の入れ方をすれば、自分自身を痛めつけることにもなる。
仮に剣道の段位持ちであったとしても、本物の武器というものはそうそう扱えるものではないのである。
ただの高校生が片手で剣を振り回すなどあり得ないのだ……常識的に考えて。
その上、この世界の武器は高ステータスの住民の力に耐えきれるように、独自の魔法技術によって文字通り魔改造が施されている。
特殊鉱物を高密度に圧縮したそれらは、見かけよりも遥かに重いのである。
「……しょうがねえ、坊主っ、剣は諦めてこっちにしろ」
グルガが差し出したのは、鋭いが小さな短剣だ。大きさ的には包丁と大差がない。
自分に与えられた武器に頼りなさを感じるヒロトに、さらに追い打ちがかかる。
「そんなんじゃ、鎧なんて無理だろうからな。こっちの軽い防護服を着ろ」
意気消沈しながら大人しく従うヒロトだが、この防護服――防弾チョッキなどより遥かに防御性能が高く、しかも動きを阻害しないという逸品である。
……モンスターと戦うなら、この程度は装備して当然ということだが。
「よーし、じゃあそいつを倒しな!」
――装備を整え、グルガの案内に従いヒロトが向き合うことになったのは一匹のスライムである。
形は粘液上ではなく、RPGの代表とも言える某ゲームの魔物に近い形状だ。
「そいつはうちの牧場でも最弱のモンスターだ。とりあえず100匹くらいを目指せ」
……ひゃくっ!? 多過ぎだと叫びたいがなんとか堪え、目の前のスライムに向き合う。
今まで常識を弁えない異世界に翻弄され続けたが……ここからだ。
そう、この一匹からヒロトの俺TUEEE異世界最強チートハーレム生活が始まるのだっ!
――そんなことを妄想するヒロトの眼前からスライムの姿が描き消えた。
「へ? ブゥウウウウウウウウッ!?」
《死んでたまるかーっ!》
腹に強烈な体当たりを喰らい、あっさりと意識を飛ばすヒロトの耳に、どこか幼げな声が響いた――。
一言「スライムだからって雑魚とは限らない」




