第5節
突然背後から降ってきた矢の雨に帝国軍は混乱に陥り、悲鳴や怒号が飛び交う。
「なんで背後からなんだ。」
「おい、しっかりしろ。」
「背後に盾を構えなおせ。死にたくないだろう。」
「死にたくないよ。助けてくれよ。」
「痛てぇよ。もう俺たちは終わりだ。」
「司令部は何してやがる。」
兵達は状況についていけずに右往左往するばかりで、一部の兵士のみが前方に構えていた盾を背後に向けて矢から身を守ろうとしていた。
その中でセントリッヒだけが、人の波をかき分けながら矢の降り続ける中司令部に向かって走り続ける。
(総司令。総司令。総司令。無事でいてください。神よどうか総司令をお守りください。)
今の彼には王弟の無事を祈りつつ本陣へ走り続けることしか出来ない状態にあった。
幸いなことに彼は司令部からそう離れていない位置にいたことと、彼自身は無傷だったことが幸いしすぐに本陣に戻ることができた。
「総司令。総司令」
セントリッヒが目にした本陣はひどいありさまだった、張ってあった陣幕には矢が刺さり無残に破れ兵士達は地面に突っ伏するように倒れていた。
その光景に悲しみや怒りの感情が沸き上がるが、それを心の奥底に押し込め王弟の名を叫ぶ。
「総司令。総司令。返事をしてください。セントリッヒです。総司令。」
セントリッヒは本陣があった場所を探す様に叫び続ける、味方の死体や落ちている物に躓きならも探し続けた。
「セントリッヒか。」
どこからかくぐもった様な弱々しい声が聞こえてきた、その声は一番聞きなれていて今一番聞きたい声だった。
セントリッヒはその声に惹かれるように走り出す、もう何も考えられない早くその声の主の下に行きたい一心で走り続ける。
「総司令ご無事ですか。」
「簡単には死なないさ。」
王弟は辺りを見渡す様に言うと、倒れていた兵士の数人の兵士達も立ち上がっていた。
「本陣で生き残った指揮官達はこれだけか、半分にも満たないか。セントリッヒ。」
「はっ。」
セントリッヒは勢いよく跪く。
「お前はすぐに動ける者達をつれて本国への道を確保しろ、後方にも敵部隊が展開しているのは間違いない。お前が開いた道を通って、残存戦力を引かす。お前はただ本国まで走り続けろ。いいか、後ろを振り向くな走り続けろ、いいな、ぜった、いだ、ぞ。おまえ、はいきろ。」
王弟の声は段々と擦れていき最後の方は聞き取れない程だった。
「総司令。」
セントリッヒは眉をひそめつつ王弟に近づく、すぐそばに来て初めて気が付いた。
王弟は立ってはいるがその足元は血を大量に吸って赤黒く変色し、背中にはには数え綺麗程の矢が刺さっている。
普通の人なら即死していてもおかしくない傷に、彼はその強靭な精神で耐え最後の命令を下したのだった。
あまりにも呆気ない死、壮絶な人生を送ってきた者に対しての無慈悲な扱いに怒りを覚えつつもそれを振り払うように叫ぶ。
「ビドア。お前は動ける者をつれて退路を開け。」
「副指令。総司令の指示では。」
「総司令は亡くなられた。私が指揮を引き継ぐ、私までここを離れたら残存戦まとめ上げることはできない。お前はすぐに命令を実行しろ。」
「了解。」
ビドアと呼ばれた兵士は勢いよく走りだすと、周辺に檄を飛ばしながら兵を集めた。
「副指令。あなたも引きなさい後は我ら老人の仕事だ、若者は生きなければいけない。」
先ほど立ち上がった兵士達はそういうと、セントリッヒの背中をやさしく押した。
「そうだ。あなたは生きるべきだ、生きて総司令の意思を伝えるのだ。あなたが総司令に一番信頼されていた、一番近くにいたではないか。」
「確かにそうかもしれない、だが私は死に場所を見つけてしまった。私は副官になった時に決めていた、死ぬときは総司令のそばでと。」
「意思はかたいか。」
周りの兵士達は肩をすくめると笑みを浮かべ笑い出す。
「総司令すまない。だが若者を一人いかせはしない、我らが最後まで付き従おう。その命が尽きるまで戦い続け、味方を一人でも多く逃がすために。」
「おぉぉぉ」
「おぉぉ」
先ほどまで逃げ回っていた者たちもセントリッヒ達の下に集まり叫び出す、自分たちを鼓舞し敵を威嚇するために。
自分たちは死ぬことになるだろう、動ける者達は退路を開くために敵中突破をはかったのだから。
ここにいるのは怪我などをして動けない者しかいないのだから、自分たちは味方を逃がすための囮に過ぎない、それを理解しつつ彼らは叫び続ける。
まるで帝国にいる大切な人への別れのあいさつの様に、永遠に届くことのない叫びを。
「全員武器を持て。我らは友の為にも戦い続けなければいけない、大切なものとの挨拶は終わったか。あそこに見えるのは渡河をしてきた追撃部隊だ、我らは奴らを倒し再び友と酒を飲みかわそうではないか。よくみれば貧相な装備ではないか、革で出来た鎧もどきを着ているだけだ。我ら真紅の鎧に比べたらおもちゃだ、恐れることはない。我らが勝つぞ、総司令に敗北の烙印を押させるな。我ら帝国最強の第一軍隊だ。」
セントリッヒの叫びの元兵士達はぶつかり合う、確かに装備は帝国軍の方がかなり上だったが。
傷つきろくに動くことのできない者たちにしたら、ただの重りにしかならなかった。
そのうえ敵は複数人で1人に当たる戦法をとっており陣形もしっかりしていて、一人また一人帝国軍は確実に数を減らし続ける。
「副指令これは長くはもちませんな。」
「わかっている。元々まともに動ける者はいなかった、耐えているほうだ。これからが本番だ。」
セントリッヒは大きく息を吸い込むと、体の奥から声を出す。
「我こそは帝国第一軍隊副指セントリッヒだ。我が槍を受けたいものはかかってこい。」
「セントリッヒ。帝国最強の兵士。」
「最強の槍の使い手。あの首は計り知れない価値があるぞ。」
「おぉぉぉ。」
その声に吸い込まれるように3人の兵士がセントリッヒにきりかかる。
セントリッヒ手に持っていた朱色の槍を正面に構えると、すり足をする様に一歩進むと槍を3度突いた。
その鋭い突きは襲い掛かる兵士たちの首を確実に貫き、3人はのどを抑えるように倒れた。




