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ノートを読むだけ

 初めまして。私は大野由香子(おおのゆかこ)といいます。十六までは異世界の地球の、日本というところに住んでいました。それがある日、突然この世界に召喚されて、世界に必要な方なのだと言われて、驚きました!

 初めは戸惑ったけれど、ここに住むと決めました。だってここにいる限り、夢にまで見たお姫様みたいな服に住居に待遇が保障されてるっていうんですもの! こう言うと、大半の方は羨ましがり、少数の方は眉を顰めるのでしょうか。『親はどうした?』 と。


 普通の親でしたよ。私もまた普通でした。ただ、私にはそれが死ぬほど苦痛だっただけ。もし自分の未来が見られるとして、それが平々凡々に終わるのが見えたら、誰だって狂い死しそうになると思う。私は、その他大勢なんて耐えられない。


 ここに居られればチヤホヤされて、世界も救えるって言われたら、そりゃあ着いて行くでしょう。


 要するに、俗物根性丸出しでここに残りました。あの時は絶対それでも後悔なんかしないと思っていた。


 ……それが六十余年も立てば、人は変わるものです。子供を産んだ時には親の顔を思い出しました。孫の顔を見たときには、親の老後を考えてしまいました。


◇◇◇


 真夜中の自室。蝋燭の明かりの中、初代の頃からあるという机に座って、ぼんやり先のことを思います。備え付けの鏡に映る、しわくちゃの顔、しわしわの手。私も老いました。死後のことなんか考えたことはないけど、やっぱり地獄に落ちるのかな……。特に意味もなく、ただ身体を動かすことでその考えを振り払うように、私は机の引き出しを開けたり閉めたりを繰り返す。


「あら……?」


 ふと、引き出しの一つが、他と微妙に狭いことに気づく。


「これは、二重底? どうしてまた」


 古いものだから、元々大きさが違っていたり軋みが出てたりもしていたので、今の今まで気がつかなかった。部屋に誰もいないのを確認して、そっと板を外してみる。

 そこにあったのは、懐かしい、日本のノート。よく五冊でいくらとなっていたから、受験の時に重宝したのを覚えている。


「残したのは、歴代の誰かなの? 私と同じ? ……」


 由香子は乾いた手で、そっとページをめくる。もしかしたら、今の私を救う何かがあるのかもしれない、そう思ったからだ。


『多分私が初代になる、由乃です。隠すようなことでもないけれど、後の人の参考になればなーって思って書いてみました。これからあとに召喚される人は今をどう思っていますか? 少なくとも私は、幸せです』


 確か私で十八人目だったはず。初代……そんな人がこれを。しかも自分の境遇は良いと女の子らしい文字で断言している。由香子は救われた気持ちになった。しかしそれも次のページで粉砕される。


『最低。来たくなかったこんなところ。私は死んで日本に戻ります。これは私の考えだから、別に真似しなくてもいいけど 実花』


 走り書きで短くそう書かれていた。

 そうか、そう考える人もいるんだ……。私のやってること、やっぱり断罪されるようなことなの? 震える手で次のページをめくる。


『法整備やら改革やらと色々なものに手をつけて、この世界が良くなっていくと実感する時は幸せだった。好きな人にも最終的に巡り会えた。今ではここが第二の故郷だと思っています。 愛奈』


 そういえば色々な事業の影にこの人の名前があったな……。筆跡を見ればなるほどと納得するような、才気のあるしっかりした読みやすい文字。うん、不幸な人もいるけど、幸せになった人もいるんだし……。


『違う世界に来ても、私は私でした。 いつき』


 ……えーと、これは一体? どことなくか細い印象の文字。筆圧の弱いのか、薄くて読むのに時間がかかった。どういう意味なのか考えたが結局分からず、次のページに目を通す。


『やべえ、越楽しい 希美』


 とりあえず、字が間違ってますよ。まあ覚えていられるほうが貴重なんだろうけど。


『幸せです。皆あまり書かないけど、私は死ぬ前にもう一度くらい書きたいな。ルセくんの話だと十五人は必要っていうし、私はまだ初期のほうだから、後の人のために色々しないといけないと思うの。 翠』


 そう書かれているが、追記は見当たらない。何かあったんだろうか?


『とりあえず、いくら選ばれた存在だからって調子のりすぎはよくないと思う。みんな生身の人間だからね。最初の夜会は失敗しちゃった。 志保』


 最初のことだけ? そういえば、不慮の事故で死んだ少女達も多いというけど……そういう事なのかな。ちょっと子供っぽい文字に哀愁を覚える。


『親友が送り出してくれたから、私がいます。元の世界にはもう家族はいないし、私はここに来てよかったと思う。親友のためにも幸せになる。 陽菜』


 知り合い公認で来てる人もいたんだ。私もそうすればよかったのかな? 無理か。止められただろうし。


『こんなノートあったんだ。色々あったけど、私は来てよかった! 元の世界にいたんじゃ、一生独身だったかも分からないもの。わざわざ不遇な子を引き取るなんて親切じゃない。私はこの召喚に大賛成! 礼子』


 ちょっとほっとした。やっぱり今の自分を肯定してくれる人は心強い。


『名目上でも王妃だからね。幸せなんだと思います。 歩』


 何故に他人事? しかも短い。あっさりした筆跡で簡単に済ませているなと思っていたら、珍しく追記があった。


『ルセくんが色々気をつかってくれるのが救いでした。彼が急に優しくなったって言う人がいて不思議。普通に優しいと思うよ? でも確かに妖精なんてルセくん以外に見ないし、一人ぼっちで独善的になるのも分かるかも。理解者がいれば簡単に変わるんじゃないかな。 歩』


 確かに良く出来た世話役だったけど。何この人、ルセくんと浮気でもしてたの? ……ないか。ルセくん妖精だし。


『いくらいい環境を提供しても、元の世界が心底恋しい人には無駄でした。私は近々帰ります。こんな参考にもならないようなの書くのはためらわれたけど、念のため。 沙代』


 少しドキッとした。こういうのは、自分が責められてる気分になる。筆跡も筆圧が濃いのか力強い文字だった。見ろと言われているような……怖くてさっさと次のページをめくる。


『魔法に妖精に花嫁。こんなに理想の世界なのに。なのに。 姫』


 ??? うーんこういう書き逃げみたいなのってちょっと困るなあ。意味が分からない。それにしても、名前によく似合った優雅な筆跡だこと。


『何も書くことはありません。 真澄』


 えええ。いや書こうよ! 何があれば自分の一生をそんな軽く書いちゃうんですか! ツッコミを入れつつ、またページをめくる。


『来てよかった。そう思います。あとでもう少し追記します。 香織』


 のっぺりした文字でそう書かれていた。とりあえず幸せだったのかな。それならいいけど、これも結局追記されてない。何があったんだろう。


『美憂の名前は無いね。私が正式な花嫁ってことになるのかな? さすがにもう二人同時召喚なんて無いだろうけど。ううん絶対やめてほしい。私、恵まれてるけどちっとも幸せじゃなかった。 夕夏』


 後半はほとんど殴り書きのようだった。言っちゃ悪いけどとても読みにくい。この人に何があったんだろうか。


『戻ったら殺されるし。もし殺されなくても、きっと同じことの繰り返しだったろうしね。私はむしろここに居たほうがいい人間なんだろうな。地位が約束されてるから、変なのは隔離してくれるしね! 普通の生活ができるなら勝ち組! 蘭』


 召喚条件が不遇な少女なのが知ってるけど、この人は何をしたんだろうか。あと筆跡が無駄に可愛い男受けしそうな文字だけど、これ女子しか見ないであろうノートで何やってるの? 天然?


『結婚するのが夢だった。でもあのまま日本にいても死ぬのを待つだけだったから。私はここに来て良かった。 藤』


 ちょっとぎくしゃくした文字なのが気になったけど、身体が弱いなら仕方ない。……震える身体で書いてたのが癖になっちゃったのかな。


 次の話を見ようとしたが、ノートはそこで途切れていた。ああ、そうか、私の番か……。迷った末、ペンを取り出す。


『幸せだと思うし、元の世界を考えれば後悔もあります。けど、どうか一人で思いつめないでください。私は貴方が幸せであるように祈ります。 由香子』


 やけにおばさんくさい文章だなと自分で笑う。でもしょうがない。実際おばあさんだし。自分のことというより、自分が今一番言ってほしいことを書いて、私はそっとノートを閉じた。


 世界に魔力が満ちるまで、あと一人だとか。この歴史が、どうか幸せな結末でありますようにと、柄にも無く老婆心を出してみる。

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