ラストヒロイン
魔術師はその少女を見た時、言葉を忘れた。少女もまた、魔術師が視界に入った時は驚きで呼吸を忘れた。召喚の間で無言の時間がほんのしばらく続いた後、声をかけたのは少女のほうだった。
「ルドルフ……?」
◇
足音が二人分、ルセの部屋に近づいてくる。来たか、とルセは少女を迎える準備にかかる。第一印象は何気に大事だ。ましてこれが最後。有終の美を飾るつもりなのだから気合を入れねば。
そして扉が開けられた。愛想よく挨拶しようと思っていたルセだが、少女を目にした瞬間、そんな考えは吹き飛んだ。
似ている。どうして。
「ルセ」
硬直しているルセに魔術師が声をかけて促す。そうだ、今の自分は少女の世話役なのだから。気を取り直してにこやかに挨拶をする。ちょっと不自然に思われたかもしれないが、向こうも何故か驚いているようだし。――まあ妖精形態の自分を見て驚かなかった少女はいなかったからな。これでおあいこだろう。
「……初めまして、ルセです。花嫁様の世話係をしております」
「ルセ? それがあなたの名前なの?」
少女は妙な事を聞いた。名乗った後に何故確認をする必要があるのだろう。まるでそれが本当の名前じゃないだろうと言いたげな。
「……花嫁様」
疑問を口にしようとしたルセを制するかのように、魔術師が少女のことを口にして、今度は少女を促す。
「あっ、うん。初めまして。よろしくね、コ……いやルセくん」
どこか違和感のある振る舞いをする少女だった。じっとルセを見つめるのも、珍しいからではなく、何か見張っているような……ともあれ、こちらの紹介は済んだ。あとは必要なのは、少女の名だ。
「お名前を聞いてもいいですか?」
びくりと少女の身体が動いた。ふむ? 小さいものにまで虐待されるような環境にでもいたのだろうか? それなら今までの対応も不思議ではないのだが。まあ正直、名前を聞かなくても『花嫁様』 と立場で事足りるが。つらいなら答えなくてもいいと言うべきか迷っていると、少女が意を決したように口にした。
「上代蓮華です。よろしく」
名字こそ違うが、名前までかつての――俺が殺した少女に似ていた。こんなことってあるのか?
◇
そんな違和感を抱えたまま、翌日から少女――蓮華の教育に取り掛かる。教育といっても、簡単にこの世界の歴史を説明するだけだ。
「……そして魔力を失った大地は徐々に滅びに向かって行った。しかしそこに魔術師が突如として現れ、異世界から魔力を持った少女を召喚することで補おうとした。この試みは見事成功し――」
「待ってよ、突如としてってどういうこと?」
教えていて判ったのだが、蓮華は鋭い物の見方をする。着眼点が良い。まるで実際そこに居たかのようだ。天才と呼ばれる人間は普通とは違うというが、蓮華もそういう手合いなのかもしれない。将来は愛奈のように学者兼王妃にでもなるのだろうか。
「どういうと言われても……本当に突然現れたとしか言いようが無い。それくらいあいつには過去の経歴がない。普通なら信用されないと思うか? しかし、魔力が枯渇寸前の世界で数々の魔法を操るあいつには、誰もが信用せざるを得なかった」
「……そう、分かった。じゃあ魔術師が現れる前の世界についてもう少し教えて。具体的にどんな被害があったの?」
「多くの災害で人口が半分以下に激減。なのにいつまで経っても人口を補える作物量はまかなえない……という資料でお察しということで。この辺りは俺もちょっと詳しくなくてな。事情があって……」
「どうして? まさか、死んでた?」
何故知っている。確かに俺は一度死んで、魔術師に生き返らせられている。そして蓮華の尋ねる時代はまさに俺が生き返るまでの時代。
「当たってた? 冗談だったのに」
顔が引きつる俺を前に、そう困ったように蓮華は笑った。……カマかけてたのかよ。気分はよくないが、ここは真相を突き止める手腕を称えるべきだろう。
「お察しの通り、俺は一度死んでる。それを魔術師が生き返らせた。だから詳しくないんだ。力になれなくて悪いな」
「私こそ、変なこと聞いちゃってごめん。ねえ、妖精でも死ぬの?」
「そりゃあ弱いところを突かれれば……妙なこと考えるなよ?」
「はぁい」
蓮華はどこか遠くを見ながら、無駄に明るい返事をした。……言う事を聞く気、なさそうだな。まあ、面倒くさい女子の相手は慣れているが。
「さて、そろそろ昼食の時間か」
「もう? 今の時間は……」
そう言って蓮華が少し離れた所にある時計に視線をやった時、彼女は眉間に皺寄せてマジマジと見たあと、席を立って近くまで歩いて現在の時刻を行った。
「ちょうど正午、ぴったりだね」
「蓮華……お前、まさか目が悪いのか? 職人に眼鏡でも作らせるか?」
ルセの親切を、蓮華は一瞬不愉快そうな顔をして拒否した。
「違う。酷いガチャ目なだけ。ピント合わすの大変なの。右目が2.0で左目が1.0。小さい頃はそうでもなかったんだけどね……。何だか最近急に左目だけ落ちてさ。前世で左目に何かあったのかな、何て」
心臓に、杭を打ち込まれたようにルセは感じた。
その夜、蓮華は歴代の気持ちが綴られたノートを前に、考え事をしていた。
「……夢の通りだ。全部。誰かが遠くからずっと呼んでる、知らない世界で同じ日本人が定住している。全部本当の事だった。じゃあ、私が殺されたのも本当のこと? あの人は、ルドルフ? あいつの本名は……」
◇◇◇
花嫁が消えた。いや、正確にはきちんと置手紙をして出て行ったのだから、消えたというと語弊がある。
『ちょっと出歩いてくる。心配しないで』
もちろん世界の重要人物のそんな行動を「そうなんだ、じゃあ待ってる」 なんて暢気に受け取るものはない。ルセは表ざたにならないように気を配りながら蓮華の行方を探る。そうすると、ある場所が浮かび上がった。
かつて、自分が少女達を殺した火口の跡地。今はカップル達のデートスポット。何故そこに、との疑問は後回しにして向かったところ、隠密達の言葉通り、蓮華はそこに居た。
「見つかっちゃった」
夕暮れの中、美しい木立のそこかしこでカップル達がいちゃついているのを、遠目に見る蓮華がいた。何のつもりでここに来たのか雰囲気や様子から探ってみるが、居心地が悪そうな蓮華からはイマイチ分からない。確かに一人でくる場所ではないが。
「誰か供をつければよかったものを」
「えー、それって女の子? 男の子? 女の子はイヤだな。おしゃべりだもん。男の子もダメ。だって私結婚出産が仕事でしょ? 異性と二人きりはまずいじゃない。でも何人も連れて行くようだと私の立場だと公式行事っぽくなっちゃうし。たまには一人になりたいよ」
そこまで分かってるのだったら、大人しく公式行事にすればいいのに。とルセは思った。何代も世話役をやっていて思うが、こういうエセ自由人系が一番始末に終えない。
「誰か連れて行きたい人でもいて、デートの構想でも練っていたのか?」
「……そうかもね」
嫌味と皮肉を込めて蓮華に言ってみる。すると蓮華は曖昧に答えるだけだった。
空はどんどん暗くなっていく。ルセは何となく、昔を話したい気分になった。
「ここの元々の謂れ、知ってるか?」
「かつての人身御供の地、でしょ? 今はデートスポットだけど」
「誰が主犯なのかも?」
「ルセくんでしょ? それで魔術師に仕えることによって罪を清めている……って本に書いてあった」
「俺が悪人だと知って、どうだった?」
「……どうでもいい」
よどみなく答えていた蓮華だったが、最後は投げやりにそう言った。それがルセには不思議だった。
「怖くないのか?」
「別に。ああ、もう日が暮れるね。戻ろうか」
この所、ずっと当時の夢を見る。少女を道具としか思って無かった頃、この手でそれらを殺してきた頃。その中の一人によく似た人間に仕えていると、気が狂いそうになる。
悪かった、俺が悪かったから、許してくれ。いっそ責めてくれ。
それは蓮華に当り散らすようにぶつけられた。
「俺は昔、お前によく似たやつを殺したこともあるんだぞ」
「そうなんだ。じゃあ私はその人になりきって、ルセくんを許しますって言っちゃおう」
けらけら笑って、蓮華はルセの八つ当たりを流す。
例え蓮華が適当に言ったことでも、ルセが恋に落ちるのは充分だった。何も知らずに。
「……そりゃあ許すよ、もしコルセッポくんが媒介になってくれて、それでルドルフと再び出会えたっていうならね」
◇◇◇
注意された翌日、二十四時間もしないうちに、蓮華はまた部屋を抜け出してある場所へ行っていた。どうしても、警備が厳しくなる前に行かねばならなかった。多分、こういう話はあの人も公にはしたくないんだろうし。
魔術師の館をノックした。まず中から出てきたのは小間使いの男女だった。説明に時間を割きたくない。睨みつけて退場させると、魔術師の自室へ向かう。
「来ましたか」
その人は穏やかに出迎えた。まるで他人事みたいに。蓮華は泣きたくなるのを堪えて追求する。
「ルドルフ、貴方ルドルフなんでしょ?」
「……やはり、記憶があるのですね。あんな記憶、思い出さないままのほうがいいだろうに。ルセといるのは苦痛だろ?」
「やっぱり……!」
涙を流しながら、蓮華は目の前の人間に抱き着いた。
「会いたかった! 私、貴方に会いたかった!」
恋人がするように、蓮華はルドルフを抱きしめる。ルドルフのほうはただ、あやすように蓮華の背をポンポンと叩く。
「前世ではごめんなさい……私、罪もない貴方に八つ当たりばかりしてた」
「それで貴女の心が少しでも慰められたなら、俺には幸せなことだった」
「貴方がここにいて、何十人も女の子を召喚してるのは……私が前世に何かミスとかしたから? ルセも私の直後に死んでるみたいで」
「少女達は魔力を満たすのに必要だったから。ルセは、俺が殺した。無関係な人間を引きずりこんで殺すなんてこと、当時の俺には許せなかった」
「神を殺したの?」
「蓮華の命に比べれば、軽いものに思えた。……貴女は死んだが、俺は後悔していた。どうしてみすみす死なせたのかと。もしやり直せれば、貴女に幸せな人生をあげるのに……。その考えだけが、俺をここまで生かし続けた」
そう言って微笑みながら蓮華の頭を撫でる仕草には、情愛がこもっていた。勘違いではない、彼は私のために生きて、私をずっと待っていたのだと確信して、蓮華はルドルフに最後の質問をする。
「じゃあ、じゃあ、ルドルフ、貴方はルセの力をどうにかして奪ったのね? それで生きていられるのね? 私と生きてくれるために……」
どんどん笑顔になる蓮華とは対照的に、魔術師の顔は、最初から最後まで悲しみを湛えていた。蓮華のその言葉にいたっては、悲痛な顔で否定した。
「違う」
「え?」
「俺はもう人間じゃないんだ」
「……どういうこと?」
「あのあと、俺は間を置かず死んだ。そして魂は黄泉路を歩いていた。そこへ……」
『あんなやり方でも、俺達には希望だったのに』
『災害が復活したのは、お前のせいか』
『人殺し。ルセが殺した少女達より、お前が同属を殺した数の方が多くなったぞ』
『娘の犠牲を無駄にして。この世の終わり、もしくは世界が復活するまで、お前を呪ってやる』
「気がつけば、俺は異形の身体で再びこの世に降りていた」
「異形って」
「こんな感じだ」
ルドルフは蓮華から離れ、身にまとっていたローブを脱ぐ。その下に隠された生身の身体を見て、蓮華は絶句した。何も言えないでいる蓮華を見て、ルドルフは服を再びまとって伝える。
「分かっただろう? 君と生きることは俺には出来ない」
「こんな……こんなの……」
「俺がここにいるのは魔の力じゃない、呪いだ。だから世界が再生するまで生きるし、再生が完了すれば、死ぬ」
ついに堪えきれず、蓮華は嗚咽をあげて泣き出した。今度は、ルドルフは慰めることもしなかった。
「確かに愛しい君をずっと待っていた。生まれ変わりが必ず来るように、この地と貴女の因縁をを強くするため、ルセを蘇らせ、同胞を何人も定住させた。けれどそれは君の幸せな姿が見たいがため。そしてそれは俺がすることではない。前世からいっても、元々俺には力不足だったのだから。……どんなに幸せにしたくとも、この身体では出来ない……」
「……!」
「ルセの羽音がするな。さあ戻りなさい」
ルドルフの言葉通り、ほどなくルセの声と扉をノックする音がした。
「蓮華? ここにいるのか?」
◇◇◇
魔術師の館から出てきた蓮華は、泣きはらした目をしていた。過去の経験からいって、魔術師に告白でもして振られたな、とルセは検討をつけた。
「あいつは筋金入りの仕事命人間だから、恋愛ごとは無駄だと思うぞ。前にもあいつを気にして告白した少女がいたんだが、相当きついことを言ったかして、その少女は最後までちょっと病んだ感じになったりしててな……。あいつもあいつで今でも自分が悪いとは思ってない感じだし」
悪印象を与えるように言うのは、もちろん嫉妬からだ。そうはいっても、ルセからすれば俺の自由を奪った挙句、好きな少女まで傷つけるとは! と妙な正義感と復讐心からきている。それでも陰口には違いないが。
「慰めてくれるの? ありがとう……。でもご主人様? をそんな悪く言って大丈夫?」
蓮華は当たり障りないことを口にする。遠縁のお金持ちのおじさんに「消えた姉に似ているから」 と引き取られて以来、遺産狙いの自称親戚達にあらゆる嫌がらせを受け続けてきた身だから、迂闊な事は絶対に言わない。そんな蓮華の心情も知らず、ルセは蓮華から見れば暢気に話し続ける。
「目の前に居なければ何とか。それに今回で終わりだからな」
「今回……そういえば随分と長い付き合いみたいだけど」
「ああ、二十人くらいの少女分の付き合いだな」
「長いね……」
「こき使われてきた時間がな」
そうか、そんなに長いんだ。きっとこの世の誰よりも、ルドルフの側にいた生き物……。
「俺のほうが、よっぽど蓮華、お前を大切にできる」
「?」
ルセが突然、蓮華からしたら妙な事を口にした。
「あいつより、俺にしろよ」
しばらく考えて、ルセの言葉の意味を理解した瞬間、蓮華は微笑んで言った。
「うん。私も、そうしたいなって思ってたの」
◇◇◇
「狂ってる」
結婚式の前夜、ルドルフは花嫁の、蓮華の部屋を訪れていた。両肩を抱いて何事かを問い詰めている。
「ルドルフ、いくら生殖機能がないからってまずいよ。誰かに見られたら……」
「そんなのはどうとでもなる。それより蓮華、気は確かか? ルセは前世のお前を殺した人間だぞ」
「そうだね。そんでもって、ルドルフに一番近い男の人だね。というか、ルセを人間にしたのルドルフなのに、今さら……」
「俺の呪いから解放されたら、普通の人間になって結婚したいと言われて、それを叶えただけだ。まさかその相手がお前とは」
「だって、貴方とは結婚できないんでしょ? でも私は結婚しないといけないんでしょう? だったらせめて貴方と近い人間としたい。それだけよ。ルセなら騙しても何の罪悪感もないし、都合がいいじゃない。大丈夫、あいつとは寝ないから」
目を逸らさずに言う蓮華に、ルドルフも本気を感じ取る。蓮華を前に諦めたように溜息をつくと、つかれた蓮華は悲しそうに呟いた。
「でも本当は……貴方と生きたかった」
「……すまない」
「今でも貴方が好き。ねえ、直に消えるんでしょう。せめて最後に……」
戸の隙間から、二人のキスシーンを見ていた者がいた。人間となった、ルセだ。
『いつか、生贄にされた少女達の誰かが、ルセ、貴方に復讐をするでしょう』
耳の奥からあの時の呪うような声が聞こえた気がした。
復讐って、これか? 俺は他人を思う相手と結婚するのか? いいや、蓮華がかつて殺した少女なのが復讐か。魔術師とグルだったというのが復讐か。
答えが出ないまま、一夜が明けた。
結婚式。花嫁衣裳を着た蓮華を改めて見て思う。
いいさ、これで終わりにしてやる。最後には幸せだったって言わせてやる。俺と結婚して良かったと思わせてやる。だから。
好きに、なってよ。




