表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

私モテるけど、別に男とかどうでもいいし……

 召喚の儀式の前に、魔術師は自分に仕える妖精ルセに言った。


「前回の夕夏が二人分以上のの魔力を残していってくれたな。実際呼んだのも二人だし、11人と数えていいだろう……あと4人だな」


 忘れていない。ルセの脳裏に大昔の、今となっては悪夢のような出来事が蘇る。この手で、十五人の少女を生贄として殺してきた。その報いとして、今は少女を幸せにする手伝いを強いられている。


 ――――そうなのか? あいつ、魔術師のカウント基準、妙じゃないか? 自分がルールだと言わんばかりで、全てあいつの気分次第。結果的には不幸なのに、腹が立ったからカウントすると言われた少女もいる。


いや、実際にそれだけのことをしている。どちらにせよ、この世界に魔力をもたらすには、異世界からそれを引っ張り込むしかない。それが出来る魔術師は傲慢になるだけの実力がある。

 第一、俺はこいつには逆らえない。反抗すると全身に激痛が走る呪いは、いまだ健在なのだから。


「4人か。いつの間にかもう半分以下になっていたな。じゃあ、召喚よろしく」

「ああ」


 当たり障りない言葉を返して、俺は世話役がいるべき待機部屋に向かう。召喚の間からはやや離れているが、それでも、ああ今呪文を唱えているな。ん? 今来たか。的なことは分かる。魔力の変動が凄まじいからだ。……全体的に見て、徐々に魔力の強い者が呼ばれているな。まあ今回はさすがに先代ほどじゃないが。


 やがて魔術師を伴って現れた少女は、まあ、悪くないがありがちな容姿で、普通という言葉がよく似合う少女だった。


◇◇◇


長谷川蘭(はせがわらん)です。これからよろしくお願いします」


 育ちがいいのか、彼女――蘭は丁寧に挨拶をした。世話役が先手を取られては形無しだ。慌てて自分も挨拶する。


「こんにちは、蘭。だが俺相手にそんなかしこまらなくてもいいぞ? 蘭はこの世界にとって重要な存在、ある意味神様のような人物なのだから」

「そう……ですか? もしかしてこれがこの世界では失礼に当たるのでしょうか」

「そんなことはないが……まあ身分差のケジメというか何というか」

「ごめんなさい。早く慣れます」


 ルセは、今回の花嫁は受身型でやや気が弱いと見た。無理矢理拉致されたも同然なのに、丁寧な対応には丁寧に返そうと考える辺り、意志薄弱で流されやすい感じもする。ううむ、その他大勢で生きるならまだしも、トップに立つべき人間がこれではな……。しばらくはひっついて守ってやる必要があるか。


 そんなルセの見解はある意味当たりで、ある意味外れていた。蘭は別に気が弱くなかったのだ。


◇◇◇


 この世界に来てから数日後、派手な行動が苦手な蘭は夜会に参加せず、昼間のお茶会や園遊会などに顔見世するだけだった。しかしそこでも隅のほうで壁の花となっている。

 世話役兼仲人としては、中心に追いやるべきなのだろうが、信頼をなくすのは困る……。まあ来てからまだ数日だし。とルセは頭の中で計算する。とにかく回数稼いで慣れれば打ち解けるだろう。あとは……。


 ふと隅の蘭を見ようとして、王族の中で蘭と比較的年が近く、最も美しいとされる青年が蘭に歩み寄ってくるのが見えた。

 あいつは確か……プレイボーイとの噂もあるが、まあ社交的なのは今回の花嫁には大歓迎だな。花嫁の夫=次の王だから逆玉狙いはこれからも多い。蘭には慣れてもらわなくては。


「こんにちは、蘭様」


 王子はニコニコと爽やかに声をかけた。蘭は一瞬びくっとしたようだが、じっと王子を見てからおもむろに笑顔になって挨拶を交わした。


「あ……こんにちは」

「急に声をかけて失礼。しかし声をかけなくても無礼かと思いまして。なにしろ蘭様は主役ですから」


 今日のお茶会は収穫祭を兼ねたもので、花嫁の名の下に行われている。なるほど、それならわざわざ挨拶しに行っても不自然ではない。


「そ、そうみたいです。その、まだ実感なくて。ええと」


 蘭は庶民出身なのだろう、崇められる生活にびくびくしながら暮らしている。そんな彼女の緊張を解きほぐすように王子は囁いた。


「分かりますよ。僕だって市井に出た時は、自分が見世物の道化になったように感じました」

「まあ……」

「……王子が情けないですかね?」

「まさか! 自分だけじゃないって分かって、私ホッとしました」


 お、こりゃフラグか? トリップ少女とそんな彼女を理解できる王子。うん悪くない組み合わせだ。蘭もその気なのだろう。お茶会が始まってからずっと強張っていた表情が、王子と話して初めて笑顔になった。王子のほうは……げ、やべっ。


 王子ことレムは慢心していた。身分と美貌と実力と名声。寄って来る異性は数知れず。しかしそんな彼でも召喚少女次第では王になれないというのだ。ふざけるな。絶対落としてやる。俺にかかれば召喚少女なんてその辺の女と何も変わらない。自分だけ王妃なんて未来が約束されてるなんてずるいだろ。絶対落として王になってやる! そして目の前の少女は既に自分にメロメロだ。まあこんなこと、俺にかかれば朝飯前だが。

 ……しかし俺という男を簡単に見られても困るな。結婚しても俺は歩時代の王のように遊びたいんだ。今からそれを分からせなくては。すっと腕を上げると、待機していた貴族の少女達が走り寄って来る。


「レム様、あちらにとても香りの良い花がありましたの!」

「ちょっと、今日は私が優先よ!」

「レム様、あの、これ自分の領地で取れたもので作ってみましたの!」


 レムの周りにわらわらと小奇麗な女性達が集まった。蘭ほぼんやりと花が咲いたみたいだなーと思った。


「ああ君達か。ごめんごめん、思ったより話し込んでしまって。申し訳ない、蘭様。今日はこれで失礼させてもらって構いませんか? せっかく楽しんでいたのに僕という人間は」


 地位を笠に着て「私と居てください!」 と言うか、拗ねて「どーぞご勝手に!」 と言うか、はたまた「初めて好きになった人にライバルがいっぱい! こんなのないよ!」 と悲劇のヒロインぶるか……。しかし王子の予想はどれも外れた。


「約束があったんですね。どうぞお構いなく。天気も良いですもんね。楽しんでらしてください」


 蘭はニコッと笑ってそう言った。これが王子の目にはこう見えた。


「王子を好きな人がたくさん!? でも……所詮私なんて後から来た人間だし……つまらないことで王子を苦しめたくないわ。王子の幸せが私の幸せだわ!」


◇◇◇


 蘭から見た一連の出来事はこうである。


 まず召喚直前、見知らぬ女に「よくも人の男を誑かしたな!」 と刺されそうになったところをトリップし、九死に一生を得る。


 知らない男が「ようこそ花嫁様」 とか言ってる……。え、ドッキリ? まあ無難な対応しておこう。


 妖精がいる……ここ本物かも。本物だったらここで暮らしていくわけだから、丁寧じゃないとまずいよね。こだわりとかないし、こっちのやり方に合わせる感じでいいや。そのほうが絶対楽でしょ。


「お前は心配で目が離せない少女だな」 ……誰のこと? 私ですかルセさん。


 しかしドレスだの夜会だの派手なのはちょっと……というか男の人関連がちょっと……。でも立場上断れないんだよね。


 ううう人の目が怖いよう。ん、王子様? ぶっちゃけ男の人とか興味ないんだけど。


 この王子様は普通の人なのかな? へえ動物園のパンダみたいな気分が分かるんだ。よお同類! 


 うわ、女の人が寄って来た。ん? なんかこの人勘違いしてるっぽくない? 話しかけてたから普通に話しただけなんだけど楽しんでるって……。社交辞令だったんだけどなー。距離おくか。


「約束があったんですね。どうぞお構いなく。天気も良いですもんね。楽しんでらしてください」

『興味ないです。お好きにどうぞ。さっさと行ってください』




 蘭は相手を勘違いさせて付け上がらせる天才だった。



◇◇◇


 レム王子が去ったお茶会で、蘭は一人座って優雅にお茶を飲んでいた。やがて給仕の男がおかわりを注ごうとして、それは起こった。


 レムの取り巻きの一人が落として行ったゴミに足を取られ、給仕の男は蘭のドレスに盛大にお茶をひっっかけた。


「!」

「ひっ……」


 花嫁相手にとんでもないことをした――――男は青ざめたが、当の蘭は目撃者がいないことを確認した後、落ち着いて言った。


「日が傾いてきて、少し涼しいわね。貴方、ひざ掛けを持ってきてくれる?」

「は、はい!」


 意図は分からないが、これ以上花嫁の機嫌を損ねたくなかった。急いで持ってくると、蘭は大喜びで言った。


「まあ紫色! 私紫が大好きなの! どうもありがとう!」

「は、はぁ……」

「この色を見るだけで、嫌なこと全部忘れるくらい」

「はあ……?」

「だからもう忘れちゃった。気にしなくていいんですよ?」


 蘭は「新人かなー、元庶民にちょっと失礼なことしたからって厳罰とか可哀相だなー。まあ適当に何か言ってプラマイ0にすれば……」 くらいのノリだったが、勿論相手はそうは取らない。


◇◇◇


 またある時は、逆玉狙いの男が蘭の気を引くために、蘭が読みたがっていた本を贈った。数日後、蘭は「貴重な本をわざわざありがとう」 と男に返した。何だ気に入ってもらえなかったのか……とがっくりした男が本のページをめくると、四葉のクローバーとメモがひらりと落ちた。『とても幸せな気分になったから、幸せのおすそ分け……なんちゃって』 植物の本なのをひっかけたジョークにするには、相手の男が初心すぎた。



◇◇◇



「蘭様、次の休日に遊びましょう」

「……私、インドア派なので(外出たくありません、つーかお前と出かけたくありません)」

「不健康ですよ。たまには外に出ましょう。もちろん取り巻きは連れてきませんから」

「……いえ、その、遊びたいなら取り巻きの方とのほうがいいのでは? きっと彼女達も喜びますよ(私よりずっとな)」

「なんと優しい……。しかしたまには素直になってもよろしいのでは? そんな無理をなさらなくても」

「……(心置きなく暴言吐けと申すか)いえ本当に、公務が無い時は一人で居たいんです(察しろいい加減!)」

「そんな、僕がいるのに……」


 レムは蘭の手をぎゅっと握った。


「レムさん……(なんで私はだめんずに縁が有りすぎるのか……)」



◇◇◇



「あああああ!!! もうイヤ! もーイヤ!!!! 私が何したっていうのよ! 人間として普通のことしてるだけじゃない!」


 真夜中、ベッドに向かって枕をバンバンするのが、蘭の唯一のストレス解消だった。それを横目で見ながら、ルセは思ったことを素直に口にする。


「見た目が地味だから余計誤解を招くんだろうな。この子がこうするのは俺だけに違いない! とか、この子に他に相手がいるはずない! とか、この子は簡単に落ちるはず! とか」

「知らないよそんなの!」


 ヒートアップした蘭はバンバンバンバンと枕を叩いて、辺りに羽毛が舞い散る。


「チャラ男がキャラ変えんな! 給仕は給仕らしくしてろ! 本を宝物にすんな図書館置け! 断ってるんだから空気読め! どいつもこいつもーーーーー!!!!!」


 ひとしきり暴れたあと、落ち着いた蘭はぼそっと愚痴を零した。


「……私こんな性格悪いのに。騙されてるのに……」


 そうかなあ、とルセが思っていると、部屋の入り口をノックする音がした。侍女がそっと扉を開けて心配そうにこちらを窺ってきた。


「あ、あの、近くを通りかかったら蘭様の部屋から激しい物音がした……ような気がしたので」


 若い侍女が心配して訪ねてきたらしい。ルセが初めて夜の蘭の暴走に気づいた夜と同じだ。それを聞いた蘭は、電話に出る時のようにころっと態度を変えた。さすがに世話役と同じようにはいかないらしい。


「あんまり布団がふかふかだったから、つい盛り上がっちゃったの! ねえ今日のベッドメークは貴方?」

「あ、はい」

「いつもありがとう。私がよく眠れるのは貴方のお陰だよー。騒がせちゃってごめんね、お休みー」

「お礼などそんな……あ、いえ、お休みなさいませ」


 ルセには侍女が頬を赤らめていたのが見えた。それを知らない蘭は侍女が去った後、またグチグチと言い出す。


「……二重人格やだー。内弁慶最悪ー。私なんか……私なんか……モテるような人間じゃないのに」

「いや、お前はモテて妥当だと思う」

「どこが?」


 知らぬは本人ばかりなり。それにしてもモテることを前向きに考えれば蘭の境遇はかなり良い物だと思うのだが。


「下心を感じると嫌悪しかない」

「下心のない恋愛ってあるのか?」


 調子に乗った男達からまともなアプローチをされたことがないのだろう。蘭は恋愛そのものに苦手意識を抱いていた。

 ならば、と、ルセはネタのつもりである男を紹介した。女嫌いで研究一筋の学者の男だった。会った瞬間から、二人は意気投合した。


「自分は感情的で口やかましくすぐ泣く女が大嫌いです」

「奇遇ですね! 私も独善的で言葉が足りなくてすぐ勘違いする男が大嫌いです!」


 数ヶ月後、二人は結婚した。


「周りはいい年なんだから結婚しろってうるさいですしね。異世界人なら研究にもなるし異性の認識は薄いです」

「彼ってすごくドライなんですよねー。一緒にいて疲れない!」


◇◇◇


「それでいいのか……って言いたくなったぞあれは」


 魔術師の館では、ルセが定期報告をしていた。複雑怪奇な蘭の恋模様? にさすがのルセも前回とは質の違う疲労を味わった。


「お互い納得してるなら、別にいいんじゃないのか。これで十二人か? 今回は波乱らしい波乱もなく平穏無事で良かったな」

「それはまあ、な……」

「何ださっきから。自分の恋愛感と違っていたから不満か?」


 歯切れの悪いルセに魔術師は、からかいのつもりで聞いてみる。


「まあ……お互いがお互いを想うのは当然として、こう運命っていうか、めぐり合わせっていうか、そういうのあってもいいと思うんだよね俺としては。あいつら乾きすぎ」

「……お前の理想を押し付けるなよ。それが重いって人間もいるだろうし、それを求めて死ぬまで一人のやつもいるだろう」

「手厳しいやつ。前から思ってたけど、ほんとお前リアリストだな。あと三人だけど、救世主終わったらどうすんのお前、一人で死ぬの?」

「ああ」


 当然のように答えた魔術師に、ルセは凍りついた。それを意に介さず、ぼんやりを遠くを見て魔術師を呟いた。


「そうか、あと三人……か。ほんとにもうすぐだな」


 ルセは何と返事していいか分からなかった。ほんとにこいつ、謎の多いやつ。つーか、その時は俺を解放するんだろうな……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ