心を殺して
「ようこそ、花嫁様」
「……私?」
いつもと同じ召喚の間。いつもと違っていたのは、少女が熱っぽい瞳で魔術師を見つめていたことだった。
◇◇◇◇
ルセはいつものように少女に名前を尋ねた。
「それで、お前の名前は?」
「寺門真澄です。あの……私がここにいるのって、さっき魔術師と名乗る方が言った通りで合ってるの?」
「もちろん。異世界の少女がこの世界を救ってくれるのを、俺達はずっと待っているのだ」
嘘は何も言っていない。ただそのために必要な少女の数は十人以上はいるのだが。
自分だけが特別じゃなかったと知るや発狂せんばかりの醜態を晒した少女もいたから、そこはご都合主義、大目に見てもらおう。
そんな甘言じみたルセの言葉に少女は気をよくして話す。
「そうなんだ。それで、私はこれからどうすればいいのかな?」
「ここに居てくれるだけでいい。……と言いたいところだが、なにせ世界で一番の重要人物だからな。色々やってもらうことはある。だが一人で背負うことはない。いい人がいたらそいつにも背負わせてやれ」
特別な存在を強調して自尊心をくすぐりつつ、結婚可能と説明する。無駄がなく思考を誘導する回答のはずだった。
「それって誰でもいいの?」
「それはもちろん」
「じゃあ、あの魔術師さんがいいなあ」
ルセは思った。何故今まで気づかなかったのだろう。確かにそういう選択肢もあった。
だが……あの魔術師が結婚? まったくイメージ出来ない。
◇◇◇◇
部屋に通された真澄は、豪華な部屋に目を見はる。今度は大成功と思ったルセはニコニコ顔で部屋を去った。
一人になった真澄は、ふかふかのベッドに飛びこんでお姫様気分を味わいながら、ここに来る前のことを振り返る。
『女なんだから、母親が引き取るのが筋だろ』
『冗談じゃないわ。これから仕事再開して忙しくなるのに。そっちはもう再婚のメドが立ってるんでしょ。浮気相手に見てもらいなさいよ』
『彼女にそんな不愉快なことさせられるか! お前だって浮気相手に見てもらえばいいだろう!』
『女は再婚まで時間かかるのよ! これ以上我慢なんて嫌よ!』
弁護士と子供のいる前でよく言えたものだ。あの時は家族全員がクズなんて思われたくなくて、弁護士の前で心を殺して平静を装ってたけど。
◇◇◇◇
ルセくんが部屋に来た。世話役だけあって、彼は大抵のことは聞いてくれる。今日は、魔術師さんのことを調べてきてもらったのだ。
「どうだった?」
「遠回しだといまいちだったから、最後には直球で聞いたのだが……ダメだった。『そのような身ではありません。またそのような感情もありません』 だとよ」
普通なら脈なし、もしくは嫌われているかもと諦めるような答え。しかし真澄は違った。
「召喚なんて出来る人だもの。何か事情があるのかも。呪いとか? だったら私が解いてあげたい!」
こうなると唯一の存在と植え付ける洗脳教育が裏目に出る。ルセは今度は少女の人格を見てから適切な教育をしようと心に誓った。何気に召喚少女用覚え書きノートは十冊になった。
◇◇◇◇
真澄がそう一人決めした日から、魔術師の館では魔術師の安息できない日々が続いた。
「はい、あーん!」
「……花嫁様、今の私にはそういったものは必要ないので……」
「何も食べないで寝てるだけなんて身体に毒です! そんな遠慮しないでください!」
「そもそも普通の身体ではないので、本当に睡眠だけで……」
「独身が長い人はすぐそういうこと言う! たまには人を頼ってください!」
「……」
実のところ、魔術師は真澄を追い出したかった。しかし二連続で少女の定住と子孫繁栄に失敗している状況がそれを許さない。ある意味、最悪の少女を呼んでしまったと一人うつむく。
「気分悪いんですか? ほら食べないから!」
……どうしてくれようか。いや、そもそも何故自分なのか。思ったままを伝えたら、真澄は過去の――両親が離婚の際に邪魔な自分を押し付けあったことをペラペラと喋った。
「……そんな状況から救いだしてくれたのは、他ならぬ貴方です。むしろ、貴方を差し置いてなんで他の人と結婚しないといけないんでしょう? 歴代の花嫁はずいぶん薄情だったんですね」
言い終わってから真澄は、話を少し盛っていたことに気づくがまあいいと思う。
実は離婚協議中、不憫に思った祖父が「儂の財産は真澄を引き取ったものに相続させる」 との遺書を残して亡くなったのだ。大した財産ではないだろうと両親は思ったが、祖父は田舎に土地を持っていた。それが何とかの開発に使いたいとかの申し出があり、その報酬は――――。
翌日、両親は手のひらを返した。
『真澄、遊園地に行かないか? 新しい母親もお前に会いたがってる』
『真澄ちゃん、新しいお父さんの息子さんがね、貴方に会いたがってるの。かっこいいわよ』
学校の帰り道、浮かれた両親からのアプローチをかわし、自分の値をつり上げのにも飽きたなあと思っていた。
どうせ引き取るまでのご機嫌取りなのは明白だ。祖父のはぶっちゃけ解決になってない。
いっそ、このまま消えてしまいたい。そうしたらどっちも相続できなくて地団駄踏むだろう。ああ、叶うわけない妄想までする私……。と思ってた。
そうしたら、ここに居たのだ。
選ばれた存在? 知ってた。祖父が私をシンデレラにしてくれたように、今度は貴方がシンデレラにしてくれるのね。
気難しい老人だからって邪険にしなかった私。両親に疎まれた私。可哀想で優しい私を、早くハッピーエンドにして!
どや顔している真澄だが、魔術師はその台詞に白けている。
――――本当につらい過去なら気安く他人に話せるものか。少なくとも自分と先代はそうだった。
だから自分と結婚しろ、と過去を交渉の材料にするこの女は――――。
「……少女を世界の歯車くらいにしか思っていない私と結婚ですか。確かに情が厚いことで」
真澄は青ざめた。
多少の皮肉はあったが、まさかそんなダメージを与えるとは思っていなかった。今も実感がない、と、のちに魔術師は語った。
◇◇◇◇
真澄が亡くなったあと、ルセは恒例の定期報告に魔術師の館へ来た。
「……結果的には一男二女をもうけて、立派な王妃やってたよ」
「そうか、一時はどうなることかと思ったが、大人になってくれたようで何よりだ」
「大人に? ……つーか、あの時にお前何を言ったんだよ。あれから真澄は無口になるし、いっつも死んだような目して」
「? 私が関係あるのか?」
「……さあな」
「?? とにかく、これでようやく八人だな。さて、次の少女を召喚しよう」
「数に入れるのか? 俺には入れて良いような件に見えないが。真澄のやつ、心を殺してずっと生きてた……」
ルセは最近、意味不明のことを言う。まるで人間のように。
心を殺した人間が、長生きできるはずがないのに。と、魔術師は遠い昔を思った。




