満足できないお姫様
「ようこそ、花嫁様」
魔術師は慣れた台詞を口にする。何度も同じ事を言ったが、その度に相手は変わっている。これを言われた少女は最初は驚きつつも、自分が特別な存在であると仄めかされて、抵抗なくこちらの話を聞くようになるのだ。例外はあるにしろ。だからきっと今回も。
少女は最初こそぽかんとしていたが、見る見るうちに興奮の顔つきになって言った。
「いつか! いつかこんな日が来ると分かっていました! 両親を置いていくのは悲しいけど仕方ないですよね、ヒメは選ばれた存在なのだもの!」
前回の少女と違って非常に前向きでノリノリの少女のようだ。魔術師は疲労もあってつっこむのをやめた。触るな危険という言葉を思い出したからでもあるが。
◇◇◇◇◇◇
「東堂姫美っていいます。ヒメって呼んでね!」
世話役を言いつけられた妖精のルセは、ひたすら明るい様子のヒメに安堵を覚えつつ、お決まりの過去話を聞こうとする。好奇心だけではない。過去の様子から相手の地雷やら好みやらをある程度は把握する必要があるのだ。
「……話すことなんて、ないですよ? 大事なのは未来、過去なんて振り返っても仕方ないと思うな」
少し意外だった。お喋りは今までの召喚少女は例外なく好きだった。しかし『聞くな』 と雰囲気で訴える少女に無理に聞くわけにもいくまい。ルセは謝り、ヒメの自室となる部屋に案内する。
「……ここが、ヒメの部屋?」
「ん? 気に入らないとこでもあるか?」
部屋に通されて呆然としているヒメにルセは聞いた。召喚少女にも色々なタイプがいる。派手なのを好む者。質素なのを好む者。仕事しやすいように機能的で便利さを求める者。過去が聞けなかったものだから、とりあえず無難だが綺麗に整えられている部屋に通したのだが……。
「気に入らないなんて! ただ、綺麗すぎてびっくりしただけよ」
「そうなのか? それならよかった。しかしヒメってくらいだから慣れているのかと思ってたのだ」
「な、慣れてるわよ、当然でしょ。ちょっとこっちとは価値観が違うの!」
これまで少女を十二人も見てきたルセには、それが虚勢であると分かったが、突っ込まないほうが上手くやれるとも分かっていたので何も言わなかった。
「そうか……気づいてやれなくてすまないな。今日はこれで下がるが、呼ばれたらいつでも来る。何かあればそこのベルを鳴らしてくれ」
「うん」
カチャン、と音を立てて部屋の扉が閉まった。誰もいないのを確認して、ヒメは辺りを見回し、溜息を漏らす。
素敵な部屋。私、本当に選ばれたんだ……。
そう感慨にふけるヒメの耳元で声が聞こえた――――ような気がした。
『もう十六でしょ、いい加減夢を見るのはやめなさい!』
ハッとして振り返るも、誰もいない。亡霊が、ここまで追いかけてきたのかとかの地の人間を恨む。
『ばっかみたい。知ってる? 外国じゃ横暴がすぎて処刑された王様もいるんだってよ。その王妃様だって贅沢ばかりしてたから憎まれたっていうのに。贅沢したい、チヤホヤされたい、でも義務だの勉強だのはしたくない。そんなあんたが姫なんて笑わせるわ』
お姫様になりたかった。服はいつもフリルとリボンがたっぷりの。買い物ではいつも終いには床に転がって大泣きして買ってもらった。食べるものだって、いつも高いの。本物は庶民の味なんて知らないの。
そんな私に、母も姉も冷たかった。
でも違うの。私は選ばれたの。妖精のいる世界。魔法がある世界。今日から私は、ここで生きるの!
◇◇◇◇◇◇
お披露目を兼ねた夜会では、絵本に出てくるようなドレスで颯爽と登場して見せた。ここに来るのが遅かったから、着慣れてないのは仕方ないけど、すぐ慣れてみせる。頭の中で何度もイメージトレーニングしてきた。ドレスの裾を掴んで優雅にお辞儀。
「素晴らしい。まるで元からここの世界の人間のようだ」
「それよりも見て、彼女の楽しそうな顔。やはり来てもらうならこういう風に積極的に馴染もうとしてる方じゃないと」
成功した……の? 元の世界、ううんあの世界では失笑ばかりされていたから、こんな風に言われるの、初めて……。
ますます興奮して血色がよくなるヒメに、寄り添うルセは内心安堵していた。
前回はここに馴染もうとしない少女だった。それに比べれば溶け込もうとするヒメのなんと優等生なことか。と、管理者からすれば合格点だが、向こうの世界からすればどうなんだろうなとも思う。薄情者との評価は免れないだろうが、そうでないと召喚もされなかっただろうし、この件は考えることもないか……。
◇◇◇◇◇◇
ヒメは花嫁としてまずまずの評価を得た。勉強をサボりがちなのが難点だが、ぶっちゃけ子供を産むのが第一なので、その辺はまあいいとルセは思う。あとは……恋愛だ。
分かってはいたが、ヒメはチヤホヤされることが第一で、異性を好いたり好かれたりの概念が希薄なのだ。自分を称える相手はそれなりに対応するが、そうでない相手は存在すら無視という分かりやすいヒメ。人間には三大欲求というのがあるらしいが、ヒメの場合はまず人間達から褒め称えられることが最上位なのではと考えることすらある。
……とにかく結婚はしてもらわないと話にならん。城内でそれらしい相手がいないのなら、いっそ田舎に視察でも行って……。
「ここが西の村? 辺鄙なところね。でもヒメは、ルセ以外にはこんなこと言わないからね!」
ルセの考えは速やかに実行に移され、ヒメは慰問の名目で田舎を訪れていた。豪華な指輪を嵌めた手で孤児院の子供達に玩具を配る様子に、さすがのルセも苦いものを感じる。まあとにかく、これで名目の用事は済んだ。
あとは田舎の領主、評判の青年、城内では出来ないが、ホストのような男までヒメに紹介してみた。ヒメは楽しそうだったが、やはり恋愛にはいきそうもない。
恋愛に不感症なのかとすら思った時、それは起こった。最後の挨拶回りの日。近くで村の子供達が遊んでいた。それは男が五人、女が一人のひどくアンバランスな図だった。ルセには「そういえば、前回少女が子供を産まないまま帰ったから、この地方には女子の死亡率が高い病気が流行ったな。今回こそは成功させねば」 と事情が分かっていたから納得だったが、ヒメにはそうはいかない。
「むかつく」
領主から贈呈された、地方の特産品である焼き物を、ヒメは女子に投げつけた。女子は倒れ、血が辺りに零れる。悲鳴がわく。
「……なにやってんだ!?」
「ヒメを差し置いて逆ハーなんかしてるんだもん、当然よ」
幸いなことなのか、この時二人の周りには必要最低限の人数かつ忠実な側近しかいなかった。また村の関係者は近くにいない。目撃者は大部分がこちらの者だけ。
ルセは即座に部下に女子の手当てを保護、男子の徴兵を命じた。花嫁に不利な情報を流されるわけにはいかなかった。怪我をした女子は何者かが贈呈品に細工をした不幸な事故として処理、男子には花嫁が目をかけたとして美談のように。この件はこれで一応の幕は閉じた。
「ルセ、ヒメは選ばれた存在じゃないの? 特別だからここに来たんじゃないの?」
「ああ選ばれた、特別な存在だ。だからこそ、あんな庶民に嫉妬することもないだろうに」
「嫉妬なんかしてない! 特別だったら庶民がわたしと同じようなことして良いわけない!」
「ヒメ……そうだな。悪かった。これからはちゃんと命じておくから」
「……」
楽しい楽しい、夢のような時間。なのに、どうしてだろう。時々、この世界はヒメを酷く不安にさせる。母と姉が「現実見ろ」 って言った時みたいに。
「ヒメ、そんな顔をするな。……そうだ、これをやろう。染物師が桂樹の幹から染めた、桜色のリボン」
「あ、ありがとう」
フリルやリボンが好きなヒメはご機嫌取りだと分かっていても、リボンに目を輝かせた。桂樹って確か世界の象徴にもなってるあの木だよね? 優越感!
「似合うぞ」
「そうでしょ! ヒメっていうからにはピンクが似合わないと!」
小説みたいなトリップ少女が優遇される世界。確かに私はそこに来た。
けれどたまに母と姉を思わせる目をする周囲が、世界が――私は苦手。
ある日、勉強をサボって一人中庭で遊んでいると、清掃担当の侍女達のお喋りが聞こえてきた。それは私には衝撃の内容だった。
「……でも前の花嫁がマシだと思える日がくるなんてねえ」
「独占欲と嫉妬心強すぎでしょあの女。その点、沙代様は誰とも恋仲にならずに帰ったわけだしね」
「ねえねえ、城下では女余りで結婚できない女性が増えてるって知ってた?」
「それあの女が独り占めしてるからよね。ほんと生意気。あーあ歴代でも最大の貧乏くじひいちゃったー」
……トリップ少女って、私だけじゃなかったの? 他にもいたの?
その瞬間、最初にこの世界に来た時に言われた言葉を思い出した。
『ようこそ、花嫁様』
何考えてるのあいつ。いかにも特別な存在ですってこと言っておいて、あんた何人に同じこと言ってきたの? 知らないと思って、バカにして!
ルセの勉強を真面目に受けていれば、一通りの説明はなされるのだが、サボっていたヒメにはそういうのは分からなかった。女の勘というもので、魔術師がよからぬことをしていると決め付けて、単身魔術師の館に向かった。それが外れていたのかは、誰にも分からない。
◇◇◇◇◇◇
気配を殺して眠る魔術師に近づく。お手伝いを名乗る男女二人がいたが、どちらも居眠り中だ。枕が変わって眠れないと言ったら、ルセがくれた睡眠草は本当によく効く。
ベッドの上で横たわる綺麗な魔術師の顔をしばらく眺めていたヒメは、ふと思う。
あら? この人、男だったっけ。そういえば名前も知らない……。召喚に携わる人なのに、ほとんど知らないってどういうこと?
そう思ったらいてもたってもいられなかった。悪事すらもみ消されたヒメには、寝てる人間の衣服を奪うくらい何でもない。
剥ぎ取って確認したヒメから、恐怖の叫び声が発せられた。もちろん魔術師はその声で起きる。一瞬で事態を把握した魔術師は当然ヒメに怒りの矛先を向ける。
「……このようなことをされる覚えはありませんが、貴方にはあるのでしょうか? 姫美様」
「あっ、あ、あんた何なの! 男じゃない! でも女じゃない! 化け物!」
「十二人、貴方の世界から少女を呼びました。恵まれない少女を。でもこんなことをされたのも、そんなことを言われるのも貴方が初めてですよ」
魔術師の手からパチパチという音が聞こえる。――消される――とヒメは思った。
「い、今までもそうして消してきたの?」
場の雰囲気をそぐわない笑いが魔術師の口から漏れた。
「とんでもない。少女達にはこれ以上無い厚遇をしてきて、天寿を全うさせました。何故か上手くいかない時も多いですが。それでも少女自らお礼をくださる時もございましたよ」
「……何のために? 世界を救うためにしては、なんか……」
ああ、ルセの教育を受けてないのだなと魔術師は思った。けれど、たまには真実を言うのも悪くないか。
ヒメは、もうすぐ死ぬのだから。
「……昔々、あるところに魔力で成り立つ世界がありました」
「?」
ヒメの動揺を意に介せず魔術師は続ける。
「人間は便利な暮らしのために魔力を大地から搾り取って、枯渇寸前にまで追い込みました。当然大地は反発。以後災害が絶えない世界となります。そこへ、一人の神が現れた。神は科学で失われた信仰を取り戻そうと、魔力の供給を約束。しかしその方法は、異世界から魔力を拉致して大地と同化させること。……もうお分かりですね? 神は貴方の世界から少女を誘拐して殺してきた。それが十五人目となったころだった。その少女は神に自分から死にに行くように仕向けられ、隻眼となった哀れな姿で森を放浪していた。そこで一人の男と出会った。男は口にこそしなかったが、少女に恋をした。やがて男は真相に辿り着き、神を殺した」
元々、考えるのが苦手なヒメは、魔術師の話を聞いてもただただポカンとするばかりだった。
「……それと貴方の身体とこの連続召喚が何の関係があるのよ?」
魔術師はそれ以上は答えようとしなかった。ただ、微笑んで、ヒメに死刑宣告をした。
「情報が力なら、貴方は歴代の中でも最高の地位ということになるでしょう。だからもう、充分ですよね?」
死ぬ寸前、ヒメは魔術師から最後の肉声を聞いた。
「かつての私の名前は、ルドルフいいました」
◇◇◇◇◇◇
ヒメが消えたと知ったルセは、慌てて周囲を探させた。そして最後に、魔術師の館へ来た。寝ているかと思っていた魔術師自ら出迎えたのを見て、ここにいると確信したが、いくら探しても見つからない。
「では次を召喚するとしよう。見つからないものは仕方ないだろう?」
ルセは一瞬魔術師に恐怖した。いつもは魔力回復も大変云々というくせに、今日はやけに前向きだ。やったのは、こいつなのか? しかしどうして……。召喚少女は幸せにするために呼んでるのではなかったのか?
言いたい事は山のようにあったが、どうあっても今は魔術師に逆らえない身。ヒメの捜索を打ち切って、召喚の準備へ向かう。召喚は王城で行われる。
ふと、魔術師の館の廊下の隅に、見覚えのあるリボンが落ちていた。
「……!」
見つからないように拾って懐にしまう。
なあヒメ、どこかで見ているか? 見ているなら――――
俺が、お前のことくらい覚えててやるから。我侭で傲慢で、地位に固執した、どこまでも小心者だったお前のこと。




