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拒絶する少女

「ようこそ、花嫁様」

「……?」


 その少女は、満身創痍といった風情で召喚の間に横になっていた。魔術師を気だるげに見ると「生きてる……?」 と蚊の鳴くような声を出した。


◇◇◇◇◇◇


「それで、名前は何というのだ?」

小林沙代(こばやしさよ)……。ねえ、ルセくん、ここはどこ? 飛行機は無事に不時着したの? 日本の国内線だったんだから、ここ日本なんだよね?」


 召喚の間からルセの待機する部屋に移動したが、少女――沙代はここを理解している気配がしない。ルセはちらりと魔術師を見る。視線で「説明しても無駄だったんだ」 と送ってくる。


 ううむ……。とにかく事情を聞くか。女はどんな状況でも自分が話すのは好きだ。喋らせて気が済むか体力が無くなったところで、こっちの事情を話して納得してもらおう。


「沙代というのだな。ところで、俺をどう思う?」


 ルセは自分を指して言う。ルセを見れば大抵の人間が異世界と判断するだろうと思ってのことだった。沙代は明らかに人間ではないルセをまじまじと見た後、言った。


「絵本の妖精みたいな見た目してるけど……。でも尻尾を持って産まれてくる子供もいるし、先祖返りか何か? まさか障がい……ごめんなさい失礼よね。でもルセくんみたいな子が普通に暮らしているなんて、日本の秘境にでも落ちたのかな?」


 異世界だと疑う様子もない沙代にルセのほうが困った。おいおい、一体どんな状況から召喚されたんだ。それに、落ちたとは? どうやら彼女の境遇を知る必要があるらしい。

 妖精を見てもそれどころではない、と言いたげに動揺を隠そうとしない少女の話を……。


「ああうん、分かった。沙代、とりあえず、まずそちらの事情を話してもらえないだろうか? ここに来るまでに起こったことについて」

「あ、そうですよね。それを話したほうが……いいんですよね……」


 少女の顔が強張った。間を置かず身体が震えだす。額には汗が滲み呼吸も荒い。


 ただ事ではない。魔術師は召喚の疲労のため部屋を去り、ルセと少女のみが残り、少女の直前の事態が語られる。



◇◇◇◇◇◇


「おじいちゃんちに行くの?」

「そうよ、沙代。失礼のないようにね」

「大げさだな、自分の孫だぞ。そうそう怒られたりしないさ」


 お盆を利用して、父の実家へ訪ねることになった。父と私と母の三人で行く。実家は少し遠いので、今回は飛行機を利用して行くことになった。空を飛ぶ乗り物に乗るのは、生まれて初めてだった。


「すごーい! 浮いてるよ!」

「沙代、騒がしくしちゃだめよ。他の人に迷惑でしょう」

「飛行機は初めてなんだ。今日くらいはいいだろう」

「もうあなたったら……」


 ちょっと厳しい母と、優しい父。我ながらバランスの取れた家族だったと思う。離陸してからしばらくは、和やかな時間が続いた。あの音がするまでは。


ドォン


 何かが爆発するような音がどこかでした。


「……? お母さん、今の音、何?」

「静かに! 沙代、いい? スチュワーデスさんや、放送の言うことに従うのよ」

「……これは……」


 機内に不穏な空気が流れた。間もなく、安全のために再度シートベルトを締めることが放送された。訳が分からぬまま締め、しばらくすると今度は酸素マスクなるものをつけろと言われた。


「お母さん……」

「言うとおりにしなさい」

「沙代、大丈夫だから」


 随分長い時間空を飛んでいた。泣き出す男の人もいた。救命胴衣をつけることも指示され、この頃にはこの飛行機もしかして、落ちる? と能天気と言われた私も勘付いていた。


 怖くて何度も泣きそうになったけど、お母さんお父さんが手を握って励ましてくれた。そして、何時間もそんな空気が続けば、やがて感覚が麻痺して、最後のほうはもうどうにでもなれという気分だった。


 けど、いよいよ落ちる瞬間には、私は母を呼んだ。重力がかかって声にはならなかったけど。


「……!」


 たすけて。



 飛行機は前から山の斜面へ向かって行って――――そして。


「ようこそ、花嫁様」


◇◇◇◇◇◇


 ルセは言葉を発する事ができなかった。空飛ぶ鉄の塊――――。愛奈から聞いたこともあるが、そうか、それも事故はつきものか。深く沈黙したルセは、沙代に同情して一言だけ呟く。


「辛かったな……」


 その言葉に、沙代はかすかに微笑んだ。気を遣ってくれる心が嬉しかったのだろう。しかし、全てを話し終えたあとに、彼女はハッとして辺りを見回す。


「お父さんと、お母さんは?」


 まずい。ルセは考えた。今までは召喚条件から両親がいなくても気にも留めない少女が多かったが、今度はそうもいかない。事故により死に瀕した少女の召喚だ。両親を思うのは当然。だが――。


「……俺からはどうにも。魔術師に聞いてくれ」


 ルセは後の処理を魔術師に下駄を預けることにした。何にしろ、力を奪われた今ではそういうのは魔術師の仕事だ。


◇◇◇◇◇◇


「必要なのは強い魔力のある、少女といえる年代の者だけ。それに召喚も複数などとても。私には貴方を呼ぶだけで精一杯でした」


 魔術師の館で可能性に縋る沙代に、魔術師はすげなく言った。


「でも、良かったではないですか。貴方はこうして生きられた。ここでの生活は必ず良いものを保障しましょう。費用や身分、交友の心配はありませんよ。貴方はここで楽しく生きるのです。両親の分まで」


 魔術師は笑ってそう言った。それが沙代を激怒させるなんて露ほども思わずに。


「なに……言ってるの?」

「はい?」

「私、生きないといけないの? 両親の分まで? ううん両親を見捨てて自分だけ? よくも……よくもそんな無神経なこと……」


 ドスのきいた声に魔術師は慌てた。が、何をそんなに沙代が怒っているのかは理解できていなかった。


「いかがなさいました? ルセが失礼でもしましたか? それとも部屋や調度品に落ち度でも……」

「もういい!」


 沙代は金切り声で叫び、館を後にした。魔術師はただぽかんとしていた。



◇◇◇◇◇◇



「貴女は……古風な人なのですね」


 あれから沙代は頑として夜会だのお披露目だのに参加しなかった。「ここは私の場所じゃない」 そう言ってルセを困らせた。彼女はいつも部屋に閉じこもるか、さもなくば桂樹の植えられた城の中庭に座り、何時間も泣き続けた。 

 魔術師は何とかして沙代の気持ちを変えろとルセにせっつくが、ルセは沙代の孤独感に同情していた。


 ルセ一人が四方八方からの不満を浴びて、沙代はこんな生活を数年も続けている。


 その間に、沙代に一人の友人が出来た。何でも王子様で、先代召喚少女の息子だとかいうが、両親をほうって自分だけが幸せになった少女の息子なんて無理そう……との沙代の偏見をよそに、王子――――ユーファルはどこまでも慎ましく穏やかな性格で、二人は暇さえあれば中庭で語らっていた。

 沙代はユーファルを変人だと思う。私が古風?


「そうでしょう? 骨を埋めるなら故郷で、なんて初めて聞きました」

「そんなにおかしい?」


 両親は子供の幸せを願うものだ、だからお前はこの世界で幸せになるべきだ――何度この世界で言われただろう。私はそう言われるたび、誰も両親に直接聞いたわけじゃないし、希望的観測でものを言っている。なら私は両親を思う子供として、両親の眠る地で死にたい。そのためなら元の世界へ戻ることも厭わないと吐き捨ててきた。


「僕は故郷にも両親にも愛着がもてないんです。だから、そう思える貴女が少し羨ましい。故郷を思ってずっと泣くなんて、僕には無縁だろうなとも思います」


 ちょっとかちんと来た沙代だが、何か事情があるのかもとユーファルのことを聞いてみる。


「母は魔法で整形して父を騙して結婚。そのせいで生涯冷えた夫婦だったと聞きます。その母は胸を病んで物心つく前に死んだし、父も今じゃ若い女性と再婚。何もかも捨てたくとも、この生まれはこの世界で誤魔化せない」

「……」

「僕は何を思えばいいんでしょうね? 何を支えに生きていれば」


 沙代は考えたすえに言う。


「支えなんて必要なの?」

「……そういうのは無意識に支えられてる人が言う台詞ですよ」

「そうかもね。私は父と母に……なら私は、やっぱり父と母と共に死にたい。私の場所はここじゃない」


 ユーファルには理解できなかった。自分の母は幼い頃に死なれたし、父は母を存在すらしてないものとして扱った。どうして両親という存在を慕わしく思えるのだろう。いやそれより……。


「せっかく生きられたのに、死にに戻るのですか?」

「どうして生きなくちゃいけないの? 父と母を見殺しにしてまで」

「分からないな。父と母は君に何をしたの?」


 沙代は、あの日の事を思い出した。



『女? 地位? そんなものが何になる。私は妻と娘を愛している。金には代えられない』


 真夜中、電話先の相手に怒っているような父の声。水を飲みに起きたら父が怖い顔で話していた。聞き耳を立てて聞き取れたのは、その言葉。

 数日後、父は会社を辞めた。不正に関わったとして首になったのだと近所の噂好きなおばさんが教えてくれた。勿論、そんなものは信じていない。人が良すぎる父だ。濡れ衣を着せられたのだろうと察した。それでも黙っていれば、共犯になれば美味しい思いも出来たのだろう。でも、潔癖な父はそれを拒否したに違いない。それが、あの電話――。


 父は実家でやり直すつもりだ、着いて来るか? と私と母に聞いた。母は何も言わずに静かに頷いた。その後、二人は揃って私を見て言った。「もし沙代がここに居たいと言うのなら……」

 考えるまでもなかった。私は、私を思ってくれる父が、父を信じる母が好き。そんな二人の娘でよかったと。三人なら、どこへ行ってもやっていけるって……。


「いい両親ですね。羨ましい」


 ユーファルは沙代の話を聞いてそう言った。


「ありがとう……」

「そんな両親なら、確かに殉じたくなるでしょう。僕と違って」

「うん。ところで、ユーファルくん。その」


 さっきからユーファルは沙代の手を握っているのだ。これの意味するものは、もしかしなくても。


「父のようになるのかもと思ったら、結婚なんて考えられませんでしたが、貴女となら……」


 生まれた子が父と母の両方から愛されないなんて不幸なことは、回避できるかもしれない。どこまでも両親命の沙代は、ユーファルの希望だった。


「だめだよ。私、戻りたいもの」

「僕のために生きてください。これではいけませんか」


 沙代は、微笑みながら泣いた。



◇◇◇◇◇◇


「貴方もしつこいですね」


 魔術師はイライラした様子を隠しきれずに言った。今回は何度も花嫁が訪ねてくるから、魔力回復に集中できない。


「私を戻して。出来るんでしょう」

「死ぬと分かっていて戻せとは、私にも酷い事を言っているとの自覚はありますか? 大体、親を思ってのことが知らないが、傍からみれば親不孝だ。自分達を考えた結果が殉死なんて、親が聞いたら泣くでしょう。大人しくここで幸せに暮らしたらいかがです。衣食住に不自由はしていないし、良い異性の方も出来たのでしょう?」


 沙代は薄く笑った。魔術師は何も分かっていない。だから沙代の逆鱗に触れる。


「金や地位や異性でどうにでも出来ると思ったら大間違いよ」

「……世界を救うための行為を買収のように言うとは……」

「何が違うの! 誰か一人でも前もって聞いたって言うの! してなよね、拉致からの事後承諾だもの!」

「じゃあなんです? 拉致したあとはボロ雑巾のように扱ったほうがいいとでも?」

「よくない。でも私にはそのほうが気が楽だった!」


 沙代と魔術師は、どこまでも価値観が違っていた。

 沙代とは……会話が成立しないから疲れる。それに最近は役目を果たさないくせに、恩恵だけは受けている沙代に不満も高まっている。

 潮時だった。


「分かりました。役目を果たさない聖女に何の意味がありましょう。貴女のような方は戻るといい。死ににね」


 魔術師は苛立ちを抑えきれずに言葉に皮肉がこもる。こんなに、こんなに恵まれた扱いをしてやっているのに。その台詞を――の前で言ってみろ。バカ女が。


◇◇◇◇◇◇


「明日、帰るから」


 笑ってそう言う沙代に、ユーファルはかつての女帝、愛奈が好きだったという歌人の歌を口ずさんだ。


「君、死にたもうことなかれ……」


 一瞬驚いた沙代だが、強い目でユーファルを見て言う。


「でも、帰らなくちゃいけないんだよ。まだ召喚続けるんでしょう? 救われる人もいるだろうけど、私みたいなきかん坊もいるだろうから、私が前例になる。……前の人とごっちゃになったばかりに死んだ人もいたみたいだしさ。私、こうするために生まれたんじゃないかなー」


 ユーファルはその決意が変わらないと知り、黙って送り出すことに専念する。

 ルセは、沙代をじっと見ていた。どこか、苦しそうな表情で。それに気づいた沙代は謝る。今まで彼にどれほど苦労させただろう。非難の矢面に立っていたはずだ。


「ごめんね。ルセくん。君にはたくさん迷惑かけたのに」


 視線に気づいた沙代がルセに謝罪する。引きこもりの数年間で、どれだけ彼に苦労させただろう。それだけが今は心残りだ。


「そんなこと気にするな。ただ……何て言っていいのか分からないだけだ。達者で暮らせよと嫌味だろ?」

「ああ、ホントだね」


 死地に行く沙代を前に、誰もが重い気分になっていた。笑っているのは沙代一人だけだ。その沙代も先ほどから震えているのだが。そうまでして戻るのかとその場の全員が思っていた。





「準備はできましたか?」

「はい……じゃあね、皆。ありがとう……」


 光の粒子を後に残して消えた沙代。少しの間、沈黙に包まれる。それを破ったのは、ユーファルだった。


「行ってしまいましたね。あの、ルセ殿。魔術師様」

「ん?」

「何か? 殿下」

「僕は生涯結婚しません。この桂樹に愛を捧げた人のように」


 ユーファルは懐から桂樹の葉を出して、世界を支配する魔術師と妖精に宣言した。


「若いのですから、そう早々と決断するものではないですよ。考えはいくらでも変わるし、人間は年々増えていくらでもいる」


 慌てることなくそう諭す魔術師に、今度はユーファルの怒りが爆発することとなった。


「……貴方のその無神経なところが、彼女の意志を曲げさせなかったのだと何故気づかない!」

「口がすぎますよ殿下。私ほどこの世界に貢献している者はいないのですから……お分かりですね?」


 ルセは二人のやりとりを傍観していた。かつて生贄を捧げていた自分も、同じようなやり取りをしただろうかと思いながら。


「黙れ! 確かに貢献はしているだろうが、僕からすればお前ほどの偽善者はいない! 母を殺したのはお前だ! 沙代を戻らせたのはお前だ!」


 嫌悪をあからさまに向けられた魔術師は、信じられない、という顔をしていた。



◇◇◇◇◇◇



 鉄の焦げた臭い。油の臭い。視界がはっきりしないうちから聞こえていた辺りに漂う呻き声。ピントがあってくると、ここが生きながら行く地獄だと分かった。散らばる機体の残骸が、山の一面を覆っていた。状況が分かってくるにつれ、じわじわと体に激痛がやってくる。それでも、私は二人を探さなきゃ。


「ぉ 父 さ……おかぁさ……」


 目を横に向けると、母は既に死んでいると一目で分かった。さらに目だけで追うと父の姿が見える。


「おとうさ……」「沙代……か? 無事か?」


 頭から血を流しながらも気遣ってくれる父。脳が見えている。それでも沙代にとっては数年ぶりに見る、懐かしい父だった。


「うん……お父さんは……?」

「大丈夫、大丈夫だ。沙代、辛抱して救助を待つんだ。きっとすぐ来てくれる。落ちる寸前まで地上と交信していたからな」


 ほんとにすぐじゃないと無理だと思う。さっきから下半身の感覚がないのだから。でもそれは言わない。言えない。


「お父さん、は大丈夫……?」

「大丈夫だ、無事だ、無事だ……」


 救助はすぐには来てくれなかった。段々呻き声が減った辺りで、父の声もしなくなる。


「お父さん……?」


 返事が来ないと知って、察した。同時に、自分も限界だなと思う。頭がぼんやりしてきて、意識を保つのが困難になってきた。魔術師の言った通り、戻ったら死ぬ運命だった。死ぬ――――。


 ふふっと、沙代は笑った。私は、お父さんの娘だ。賄賂でどうにでもなると思ってる人間に、一矢報いてやった。みんながみんな、お前の思い通りになるものか。私は、両親と逝く。


 最後の力を振り絞り両親の元へ手を伸ばそうとして、機体に潰された身体では無理だと悟り、少しだけ悲しく思いながら、彼女の意識は助けを呼ぶ声を子守唄に、闇に溶けていった。


◇◇◇


 ユーファルは逃げていた。真夜中の城内、自分を殺そうとする者から。


 走りながら違和感のもとを探る。おかしい。走っても走っても自分の住む場所なのに、誰もいないし、何の音もしない。そう考えてから、ユーファルはあいつが世界一の魔術師だと今さらのように思い出した。


 逃げられない。そう感じた瞬間に身体が限界を訴え、派手に床に転んだ。何時間も走った身体にそれでも鞭打ち、立ち上がろうと床についた手を盛大に踏まれる。見上げると、冷たい目をした魔術師がいた。


「お考えは変わりませんか?」


 態度も言葉の調子も恐ろしく悪いのに、丁寧語なのが上から目線を感じて癪に障った。『変わった、もう逆らわない』 と言えば全ての苦痛から逃れられると分かっていても、こいつにだけは負けたくないと思った。


「変わらない。僕は王子として、お前を廃して別な手段で世界を救うことを国民に提案する!」


 ユーファルがそう言った瞬間、魔術師は何の感情もなく目の前の逆らう相手を蹴り上げた。激しい咳が聞こえるが、それすら鬱陶しいというかのように、魔術師は吐き捨てる。


「魔法を使わないだけ、私は優しいですよ」


 見てるほうがつらくなるくらい咽ながら、それでもユーファルは魔術師に敵対する。


「……何故だ。お前は確かに世界に貢献している。けれど、お前は間違いなく、この世界を愛していない。むしろ憎しみすら感じる。お前は何の為にこんな召喚をする? 嫌なら他人に任せればいい。使い捨て上等の人間に僕は、これ以上世界を任せたくない!」


 ユーファルは沙代の件で薄々感づいていた事に言及した。魔術師が何か隠しているであろうことを。

 当の魔術師は、それを聞くなり笑って答えた。


「そんなチンケな魔力で何が出来る。召喚は私……()だから出来ること。だから権力を俺に集中させてやりやすいようにしてるんだ。俺を追い出す? そうなったら世界は滅ぶだろうな。それに……」


 魔術師はじっとユーファルを見据えて言う。


「お前も異世界の少女に焦がれる身なら、俺に逆らうな。俺もまた、可哀相な異世界の少女の幸せを願う身だ。そう、沙代よりよほど可哀相だった少女のな……」


 ユーファルは驚いた。生き神のように言われる男の、初めて聞いた過去。一瞬だけ、同じ境遇と聞いて親近感がわく。だが……。


「お前が誰を求めているか知らない。だが、そいつがどんな生涯であれ、沙代を殺しに戻すことは無かったはずだ!」

「本人が戻りたいと騒ぎ、世界に馴染むことを拒否したのだから仕方ないだろう? 自分の意志ならむしろ戻してもらって幸せだろう」


 淡々と言う魔術師が憎くて仕方なかった。失恋体験でもしたのだろうか? なら何故そんな経験がありながら、自分にもさせたのか。何でそんなに、世界を救う人を何かの代替品のように扱えるのか。


「……っ! なんで、なんでそんな風に言えるんだ! 人が死ぬことを、本の中の出来事みたいにあっさりと! 気づいてないのか? お前は人の情を失っている! お前にどんな過去があるのかは知らない。だが、この調子ならお前、どう転んでもろくな結末にならないだろうな!」


 それを聞いて魔術師が唇の端を歪めた。それに気づかないまま、ユーファルは言葉を紡ぐ。


「その異世界の少女も、お前にとっては大切な人なんだろうが……僕にとっては全ての元凶だ! そんな奴がいなければ、こんな事態にはならなかったのに! どんな人間か知らないが、沙代の高潔さに適うものか!」



 魔術師の腕が、ユーファルの口を破って串刺しにする。


「黙れよ。クズが」


 自分の中の最も大事な部分を汚されたと感じた魔術師は、そのまま生死を確認することなく、外の庭に身体を投げ捨てる。人に見つかれば大変なことになるだろうが、魔法を使って身体を微粒子レベルに分解、そのまま土と一体化させる。これで証拠も残らない。

 ……またこういう風に変なのが出てきたら、この手で処理するのがいいだろうな。身体が消えていくのを見ながらそう考えて、魔術師は辺りの結界を解いて自分の館へ戻る。


 あの少女が再び来るまでに、この世界を最高の状態に整える。それに異を唱える者は、排除せねば。塵取りで玄関を掃くように……。


◇◇◇


 分解されていくのを感じながら、ユーファルは残った意識で彼女を、沙代を思っていた。


 馬鹿なことをしたと言うだろうか。よくやったと言ってくれるだろうか。ただ僕は、彼女のために何かせずにいられなかった。それが世界に反する事であっても、それで殺されそうになっても……沙代を思えば、それくらい何でもなかった。恋人ですらなく、世界も違い、生死すら分かたれたけど、信念を貫く生き方だけは、同じであったと胸を張って言えるだろうか……。


 意識を失う寸前、彼女が泣きながら笑って、こちらに来るのが見えたような気がした。


◇◇◇


 王子が消えた。誰もが失恋のためだろうと考えた。ルセ以外は。

 ルセは次の召喚直前、魔術師にふと尋ねた。


「王家が寄越した召使い達に聞いたんだが、お前、ユーファルがいなくなる直前に外出してたって? どこに行ってたんだ?」

「私にもそういう日はあるさ。……お前まさか、この私を疑っているのか?」


 強く睨まれて、身体の自由を奪われるのを恐れて黙り込むルセ。その様子に魔術師は勝利を確信する。


「仮にそうだったとしても、誰も私の代わりはいないのだから、小さな事。大事の前の小事に過ぎない。なあルセ、もし誰かがまたお前に、お前の過去のやり方で世界を保ってくれと言われたら、お前は実行するか? 力が全盛期に戻っても、誰もがそのやり方を肯定しても」


 魔術師が気まぐれで聞いた質問。それにルセは、小さな声で答えた。


「したく……ない」


 それを聞いて、魔術師はますます機嫌をよくした。ルセの反抗の意思をよく削ぐことが出来たと満足した。


 いつもの召喚の間に行く魔術師の背中。それが見えなくなってから、ルセはポツリと呟いた。


「俺は少女を不幸になんか、もうしたく……ない」


 それから、少しだけ涙を零した。


「沙代、ユーファル。無茶しやがって。バカしやがって。それでも、俺は、俺に出来るのはお前達の生きた世界を存続させる。その手伝いだけなんだ」

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