絶対に言わない!
おはよう
「お…は、よ……う」
俺はまず五十音を覚えた。
さっそく朝、紬生にやってみせる。
まだまだ指もついていかないし、頭もフル回転させているし、時間だってかかってしまう。
それでも、俺は紬生とお喋りがしたかったんだ。
俺のぎこちないおはようを見て、紬生はぷっと笑ってしまった。
「え、あ…俺、なんか違った?」
紬生に聞いてみると、紬生は慣れた様子で手を動かし始めた。
「お、は…よう」
そう言って、ニコッと笑った。
50音じゃなくて、おはようという単語の手話を教えてもらった。
恥ずかしくなりながらも、また新しく手話を知ったことが嬉しかった。
「うん。おはよう、紬生。」
さっそく、教えてもらった手話を使ってみる。
それを見た紬生は、悲しそうで、辛そうな、そんな笑顔を浮かべた。
─紬生がよくする表情。
俺はその表情の時の紬生の心が読めなかった…。
◇◇◇
俺と紬生のクラスは別だった。
入学式の日、一緒になれたらいいねなんて思いながら見たクラス発表だったが、たくさんクラスがある分、同じクラスになる確率は低かったのだ。
そして、俺のクラスには……
「ちっ……同じかよ。」
入学式の日、紬生をいじめていたやつと同じクラスだった…。
彼の名前は榊原晃一。
紬生とは同じ小学校だったらしい。
俺は会ってすぐだったが、もうすでにそいつのことが嫌いだった。
─そんなことを思っているからだろうか…。
バチが当たってしまったのは…
◇◇◇
「……ぐっ…!!」
ガシャンと音を立てて、机と椅子に背中をぶつけてしまう。
放課後。
クラスメイトが帰って、他には誰もいない教室に大きな音が響いた。
俺は抵抗ができないまま、床に手ついて立ちあがろうとする。
そう…俺はあの入学式。
紬生を庇ったことにより、榊原に目をつけられてしまった。
そして、このように、俺は、毎日いじめにあってしまっていた─。
「何も言わない…気持ち悪い奴に味方とか、お前も気持ち悪いんだよ!」
なかなか立ち上がらない俺に榊原は吐き捨てるかのように言った。
俺は痛かったし、辛かった。
だけれど、同時に…ものすごく悲しかった。
紬生がこんな風に言われているのが嫌だった。
「…ちっ、変なやつ」
何も言えないまま睨みつける俺を見て、榊原はカバンを持ち、教室を出た。
教室に残された俺一人…ゆっくりと立ち上がり、帰る準備をした。
「はあ…手加減ってものを知らないのか……」
ズキズキと、まだ痛む背中を少し撫で、教材をカバンに詰める。
─紬生は…小学校の時もいつもこうだろうか。
耳が聞こえないからって馬鹿にされて、痛い目に遭わされて…苦しい思いをさせられる。
俺は…それが許せなかった。
そして…
「……っく、っ…つっ」
目から涙が溢れて、教科書を濡らしていった。
そして、悲しかった…。
紬生が昔も今もこんな目にあっていて。
そう思うと、とても辛いことだった。
─だから、俺が決めたことは……
「このことだけは、紬生には絶対に言わない!!紬生が辛い分……─俺がこんな目にあっていることは絶対に…!!」
それは、俺の中で守るべきことだった…。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回更新11月14日土曜日予定




