第5話:藍色の終焉、断裂の咆哮
肺の奥まで凍てつく藍色の霧。
中央大陸の東側、エターナル・アビスの底で、アッシュは咆哮を上げる古龍の落とし子と対峙していた。
「よく見ておけ。これがお前に見せる奥義だ」
ゼノスが静かに一歩を踏み出す。
その手には、使い古された黒銀の剣が握られていた。
この過酷な環境で生き抜くための物理的極致。オーバーコモン。
古龍の落とし子の突進。その牙が届く寸前、ゼノスの姿が認識の外へと消えた。
予備動作を一切排した、地を這うような一歩。慣性を無視したその移動が、一瞬にして巨躯の死角を奪う。
反射的に振るわれた爪を、ゼノスは避けない。
鈍い衝撃音と共に、火花が散る。
瞬時に高められた肉体密度が、あらゆる物理干渉を無機質な拒絶へと変えて跳ね返した。
「アッシュ。万物の核はここにある」
ゼノスの眼光が、古龍の落とし子の心臓部。その一点を射抜く。
そして、静寂を切り裂く一撃。
漆黒の刃が鱗の隙間を滑り、吸い込まれるように突き刺さる。外傷は最小限。だが衝撃のすべてを内部へと透過させ、芯を粉砕する。山のような巨体が、崩落するように沈黙した。
「これがオーバーコモンだ。今のお前には難しいかもしれん。しかし世の中には数え切れないほどの凶暴なモンスターや猛者がいる。今のわしなど比較にならん連中だっているんだ」
ゼノスは無造作に剣を納め、短刀を取り出すと古竜の落し子内から魔石を取り出し、アッシュの袋に詰め小屋へと歩き出した。
アッシュはその背中を凝視し、ただ痺れるような憧憬の中にいた。
(絶対に忘れないよ。じーちゃん、いつか追いついて見せる)
アッシュは心に誓った。
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小屋に戻り、アッシュが食事の準備をしている時だった。
その静寂を、空を切り裂く不快な金属音が打ち砕いた。
ドォォォォォン!!
爆鳴と共に、頭上を覆っていた藍色の霧が、眩いばかりの紅蓮に焼かれる。
常夜を蹂躙し、無理やり「光」をねじ込んでくるのは、鉄鋼連邦アイゼンの魔導艦隊だった。
外に飛び出したアッシュが、その光景に驚愕する。
「な、なんだ!? 空が…燃えてる!?」
「来たか。アッシュ、下がっていろ!」
ゼノスが黒銀の剣を携えて飛び出す。
その漆黒の刃が閃くたび、アイゼンの放つタクティカル・バリアが、まるで薄い紙のように切り裂かれた。
「化け物め。こんなところに隠れていたか。鍵は持っているのか」
包囲する銀色の兵士たちの奥から、冷徹な声が響く。
「魔導将軍自らお出ましとはな」
ゼノスの視線の先には、兵士の奥に佇む豪奢なマントの男がいた。
アッシュは足がすくむのを必死に堪え、修行用の木刀を握りしめた。
「俺も戦うよ、じーちゃん!」
だが、ゼノスは振り返ることなく、地を這うような低い声で一喝した。
「黙れ! お前ごときがいたところで足手まといだ。邪魔をするな!」
これまで一度も聞いたことのない、氷のような突き放す声。
ゼノスは強引にアッシュの胸倉を掴むと、アッシュの革袋に小さな装置をねじ込んだ。
「行け……振り返らず、西の果てにある異界の門へ向かえ! わしもこやつらを始末したらすぐに追いつく!」
アッシュを突き飛ばし、兵士に斬り込んでいくゼノス。
「じーちゃん!? 待ってよ!」
叫びは爆炎にかき消された。
ゼノスはただ一度、背中で「生きろ」と語るように剣を振るい、銀色の軍勢の中へと消えていく。
アッシュは泥にまみれ、転がり落ちながらも、片手に木刀を握りしめたまま、ただ西へと走り出した。
(今の俺じゃ、やっぱり足手まといなんだ……! じーちゃん、死なないでくれよ!!)
アッシュはゼノスを信じ、アビスゲートの西側へと脱出した。




