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リミットオリジン ―凡人と言われた俺が最強にたどり着くまで―  作者: みみたん
第3章:自由の港・潜蝕編

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第45話:スカウトの矜持

 セーフハウスの薄暗い一角、アッシュは既に目を覚ましていた。全身を走る鈍い痛みと、感覚の乏しい左腕の重みが敗北の事実を突きつけてくる。

 傍らで、ニーナが身を震わせて目を覚ました。泥のように眠っていた彼女は、アッシュの視線に気づくと弾かれたように起き上がる。


 「……悪い、ニーナ。負けた」


 アッシュの掠れた謝罪に、ニーナは大きく首を振った。


 「アッシュは何も悪くない……何も悪くないわよ」


 ニーナはそのままアッシュの体に縋りついた。折れそうなほど細い腕で、ボロボロになった相棒の温もりを確かめるように強く抱きしめる。


 「よかった……生きててくれて、本当によかった……っ」


 ニーナの嗚咽が静かな部屋に響き渡る。しばらくの間、彼女はアッシュの胸に顔を埋めて泣き続けた。金貨のことなど、今はどうでもよかった。ただ、目の前の命が繋がったことへの安堵だけが彼女を支配していた。


 アッシュはというと、負けたことも悔しかったが、ニーナにこんな顔をさせ、泣かせたことが何よりも悔しかった。


 やがて、少しずつ呼吸を整えたニーナは、涙を拭うと部屋を後にした。地下にあるルカの執務室のドアを叩き、中へ入る。アッシュに聞かせるべき話ではなかった。その瞳には、先ほどまでの弱さは消え、強い決意が宿っていた。


 「ルカ。この街で最高の治癒術師を呼んできて。昨日勝った四百九十五枚があるわ。これを使って、アッシュを今すぐ治したいの」


 ルカは静かにニーナを見つめた。アッシュの実力を過信し、紹介状を書いてしまった自分への責任を感じていた彼は、首を縦に振った。


 「……わかりました。私の見通しの甘さが招いた事態です。ご期待に沿えるよう、全力を尽くして最高の人材を手配しますよ」


---


 連れてこられた治癒術師は、アッシュの全身の状態を淡々と確認していった。剥き出しの左腕、深く抉られた肉、さらに限界を超えた内臓の疲弊。


 「……治療代として、金貨三百五十枚を要求する。これだけ払えば、後遺症一つ残さず、元通りの体に戻してやろう」


 「全部元通りになるのね。本当に良かった……今すぐやって。お願い」


 ニーナは迷わなかった。一万枚という目標から遠ざかる絶望よりも、アッシュの体が元に戻らない恐怖の方が、今の彼女には耐え難かった。

 術師の手から放たれる柔らかな光がアッシュを包み込み、ひび割れた骨を繋ぎ、欠けた肉を再生させていく。

 数刻後、アッシュの体は完治した。しかし、手元に残った金貨は百四十五枚。

 厳しい現実がそこにはあった。


 「ニーナ、俺が弱かったばかりに……ごめん」


 治療を終えたアッシュが、申し訳なさそうに視線を落とす。


 「アッシュが気にすることじゃないわ。無事に戻ってきてくれた、それだけでいいの」


 ニーナはアッシュの体に触れ、傷跡一つなく再生した様子を確認して安堵の息を漏らした。だがその瞳は、既に次にすべき行動を見据え、鋭い光を宿していた。


---


 翌朝。ニーナは地下の執務室にいるサナを訪ねた。

 「あら、お熱い相棒はどうしたの? いつも一緒なのに」


 サナが書類から顔を上げ、皮肉めいた笑みを浮かべる。ニーナは椅子に座ることもせず、真っ直ぐに彼女を見据えた。


 「サナ。仲介役のあんたを通さず、西大陸まで私たちを運べる組織の人間と、直接話がしたい」


 サナの笑みが消えた。彼女は手にしたペンを机に置き、呆れたように吐き捨てた。


 「正気? あんたたちみたいな無名の金無しが、組織の幹部や運び屋の元締めに会えるわけないでしょ。あいつらは金と実力しか信じない。身の程を知りなさい」


 「分かってる。だから、これはレジスタンスへの依頼じゃないわ」


ニーナは一瞬だけ迷った。 残金は百枚を切る。 だが、アッシュを闘技場へ戻すくらいなら、この金は安いと判断した。

 ニーナは懐から、稼いだばかりの重みがある小袋を取り出し、サナの前に叩きつけた。

 中から転がり出たのは、鈍い光を放つ五十枚の金貨だった。


 「……何の真似?」


 「サナ、あんた個人への依頼料よ。レジスタンスの連絡員としてじゃなく、一人の裏稼業人として、私をそいつらに会わせなさい。仕事として、受け取りなさいよ」


 サナは一瞬だけ目を見開いた。ニーナの瞳には、アッシュをこれ以上無茶な戦いに駆り立てたくないという、執念にも似た覚悟が宿っていた。

 やがてサナは不敵に笑うと、机の上の金貨を音を立てて懐に収めた。


 「……いいわ。その意気に免じて、私のプライベートな伝てを貸してあげる。ついてきなさい」



---



 サナに連れられてやってきたのは、リヴォルノ港の最果て、厚い霧が立ち込める廃倉庫だった。

 魚の腐臭と潮風が混じり合う中、倉庫の奥には数人の武装した男たちと、豪奢な椅子に深く腰掛けた男がいた。


 「サナ、お前が客を連れてくるとはな」


 男の視線がニーナを射抜く。それは戦士の殺気ではなく、持ち込まれた物品の価値を冷徹に量る、商人の査定の目だった。

 ニーナは一歩も引かず、交渉のテーブルへと歩み寄った。


 「金貨一万枚。……その数字、もっと現実的なものに書き換えに来たわ」


 運び屋の代理人−−デックと名乗る男が、口角を吊り上げる。

 背後で護衛たちが武器を鳴らし、ニーナを威圧するように一歩踏み出した。


 デック達の威圧的な態度にも、ニーナは眉一つ動かさなかった。彼女はサナの隣で一歩前に出ると、迷いのない手つきで算盤を机に置いた。


 「戦う必要がないから、一人で来たのよ。これは商談よ、デック」


 「ほう、商談だと?」


 「ええ。あんたが提示した一万枚という数字、サナに叩き込まれたリヴォルノの裏相場で弾き直させてもらったわ。海路、燃料、検閲の賄賂代――どう見積もっても、その半分はあんたたちの私腹を肥やすための『保険料』でしょう?」


 パチ、とニーナが算盤の珠を一弾きする。その冷徹な音に、デックの口角がわずかに上がった。


 「理屈はわかった。だが、組織を動かすには理屈じゃ足りん。金がないなら、なにか担保にできるものでもあるのか?」


 デックが指を鳴らすと、護衛たちがニーナを品定めするように一歩踏み出した。だが、ニーナはむしろ冷ややかな笑みすら浮かべてみせた。


 「私をそんな安売りの駒にするより、あんたたちが喉から手が出るほど欲しがっている『仕事』を仕留めてくる方が、組織には得よ。……例えば、あんたたちが手を出しかねている案件とかね」


 「……何を知っている」


 「ここに来るまでに見せてもらったわ。この倉庫の警備、死角が多すぎる。北側の通気口の格子は錆びているし、交代時には歩哨が三分間途切れる。――私はスカウトよ。訓練された組織の人間が潜り込めない場所でも、私なら通れるわ」


 倉庫内の空気が一変した。背後の護衛たちが、自分たちの失態を指摘されたことに戦慄し、殺気を放つ。しかし、サナは無表情だ。デックは沈黙の末、重々しく口を開いた。


 「……いいだろう。五大商会の一つ、ガレノス商会が独占している『西大陸への最新海図』。組織の工作員が三人、あそこの私設兵に捕まって消えた。あれを仕留めてくれば、金貨一万枚の運賃は、一切を免除してやる」


 デックは懐から一通の封書を取り出し、机に放った。それはガレノス商会の屋敷の構造図と、厳重に保管された金庫の情報を記した依頼書だった。


 「ただし、失敗すればお前は海の底だ。三日後に決行してくれ。やれるか?」


 「アッシュに無謀な戦いを百回続けさせるよりは、マシな賭けだわ」


 ニーナは迷わずその依頼書を掴み取った。サナが「これキナ臭いわ。一旦持ち帰りなさい」と背後で囁くが、ニーナの瞳には一点の曇りもなかった。


 アッシュの命を背負う。その覚悟が、彼女の指先から震えを完全に消し去っていた。


いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。


ここまでほぼ毎日2〜3話更新に挑戦してまいりましたが、今後は作品のクオリティ維持と長期連載の継続性を重視し、更新ペースを以下の形で固定いたします。


・平日:1日1話(21:20更新)

・土日:1日2話(完成次第更新)


おやすみをする時は事前に後書きでお知らせするようにします。

また、気まぐれにですが平日に複数回更新や、休日に3回更新をする日はあるかもしれません。

ただ、原則は平日1回、土日2回の更新となります。


これはアッシュとニーナの旅を、より良い形で長く届けていくための調整となります。


1,000話以上という長い旅路を見据えながら、一歩ずつ積み重ねていければと思っております。


今後とも、応援いただけますと幸いです。

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