第17話 甲子園決勝
決勝戦当日 快晴
参加校数 約3500校
この夏、唯一ただの一度も負けなかった
たった1校を決めるための試合が始まる
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「超満員だな。観客もすごい熱気だ」
「みんな見たがってるんだろ。地方の無名校が頂点に立つ瞬間を」
「みんなが大好物のやつだな」
「現実では中々起きないことだから渇望してるんだろ」
「明日の心配はいらないから全力で行くぜ」
「おうよ。最後だから派手に行こうぜ」
俺と一心はブルペンからグラウンドへ入った。
思えば遠くへ来たもんだ。
高校へ入学した時は、こんな舞台に自分が主役として立つことなんて、夢想さえしなかった。
スリークォーターとアンダースローを織り交ぜ、相手を翻弄する。
俺が投球動作に入らないと、どの投げ方で来るのかわからない相手は、投げられる毎にタイプの違う投手に交代されるようなものだ。
スリークォーターでは150km/h前後、アンダースローでは130km/hで球速差を、さらにアンダースローにはシンカーとチェンジアップを織り交ぜる。
アンダースローだと何故か変化球が最初から投げれたのだ。
決勝という土壇場で変化球という選択肢が増えたことにより、一層、俺のストレートが生きてくる。
相手打者にとってはたまったものではないだろう。
7回表 相手の攻撃
0-3で南高校が先制している
「最後だな」
俺がつぶやくと一心が怪訝な顔をした
「ん?まだ7回だぞ。コールドも無いんだし」
「相手打者は三巡目。相手にとって最後の打席だろ」
「あと3回。打たれる気は毛頭ないわけね」
一心があきれたような顔をする
「6回までを抑えめにしたからな。これでフルスロットルで飛ばせる」
「先に言っとく。最高の夏だった」
「涙で捕逸すんなよ」
「わかってら」
一心は笑って補球ポジションへ向かった。
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テレビの解説では、決勝のタカシの投球について、スリークォーターとアンダースローを毎回使い分けるという常識外な投法と、変化球を織り交ぜる緩急がついて幅が広がったこと、コントロールの良さも健在であることについて、興奮気味に語っていた。
しかし、観客席にいる野球フリークを除く大多数の観衆やテレビの前で見守る視聴者は、その点には驚きつつも、どこか満足しきれていなかった。
今までのMAX159km/hの速球ストレートのみで相手を圧倒してきたという唯一性
それが失われてしまったことに心の片隅で残念に思う気持ちがあったためだ。
しかし、その小さな落胆は次の瞬間吹き飛ばされた。
ワインズアップで投げ込まれたストライクの快速球
(どおおおぉぉぉぉ!!!)
電光掲示板に163km/hとの表示が出て、観客席は大きくどよめいた。
高校生最速タイ
甲子園の舞台で初めて160km/hを超えた瞬間だった
歴史的な瞬間に立ち会えた興奮に、観客は炎天下なのに一瞬背中に寒気を感じ身震いした。
どよめきは収まらず、甲子園は異様な雰囲気に包まれる。
(観客の皆さん興奮してますな)
球を受ける一心はタカシへ返球しながら、観客席の様子を見ていた。
(けど……驚くのはこれからだ)
興奮冷めやらぬ中、第二投 外角低めにまたしても快速球
速度表示は 165km/h
『165km/h!!高校生史上最速記録です!!』
テレビ解説は悲鳴のように告げた。
雷鳴のような快哉が客席全体に広がり、地鳴りのように響き渡った。
その地鳴りの中、当の本人は素知らぬ顔で三投目を放った。
163km/hの速球で空振り三振
そして続くバッターにも続けて三球三振
三球とも全て160km/hを超えていた。
三人目のバッターへの第一投も160km/h超え
ここで観客たちも気付いた。
このピッチャーは最後までこれで行くつもりなのだと。
文字通り力でねじ伏せるかのような圧倒的ストレートのみで。
観客席の歓喜の声と共に三人目のバッターは三振に打ち取られた。
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「ま、序盤中盤で球速抑えめにしたからな。この速度差は速球が来るって分かってても相手打者は体が反応できないだろ」
俺はベンチでスポーツドリンクを飲む
「一人でクローザーまでやろうとすな」
一心がズビシッと俺の頭にチョップを入れた
「昨日の準決勝の力投型投手みんな打ちあぐねてただろ。それにヒントを得た。それに最後だし盛り上げたいじゃん」
「エンターテイナーめ。これは、ちと盛り上げすぎだ」
甲子園の中は未だ、先ほどの夢かうつつかという興奮が冷めやらぬ空気にフワフワしていた。
それにあてられて相手ピッチャーも完全に場の空気に呑まれていた。
目の前で相手ピッチャーのすさまじい速球を見せられて、つい意識をして投球に無駄な力がこもってしまう。
うちの打線に捕まり追加得点 0-5となった
「いい流れだから狙ってけよ!!」
ベンチからの声を背に俺はバッターボックスに向かう。
かけられた言葉とは裏腹に俺は逆のことを考えていた。
(けどな~、こういう相手ピッチャーが浮足立ってる時の球はな~)
(ブンッ)
「ストライッ!!バッターアウッ」
(俺的には線が見えないから当たんないんだよな~)
俺の甲子園最後の打席は三振に終わった。
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「さっきの打席ひきずってないか?」
一心がニヤニヤしながら俺に話しかけてくる
「うるせぇ引きずらねぇよ。俺の本職は投げることなんだから打に期待しすぎるな」
「いやいや本塁打 今大会5本だろ。毎試合のようにホームラン打つピッチャーいるかよ」
「決勝は結局、0本か。密かに狙ってたんだけどな」
「お前にばっか美味しいとこ持っていかせるかよ。俺らにも意地がある」
「みんな本当に打撃が伸びたよな。バッピしてた俺が言うんだから間違いない」
内野、外野陣を見渡す。
「そういえば俺がバッピにタカシを強引に誘ったのが全ての始まりだったんだよな」
「そうだな。一心に生贄のかわりにされなかったら、今頃テレビを観てる側だったわけだ」
「恩人の俺がタカシの自伝を書く時には、その辺は何か高邁な精神がどうとか捏造しとくわ」
「捏造するな。っていうかお前が俺の自伝書くな」
「OK。じゃあ、正真正銘これが最後だ。ズッパシ頼むぜ」
「おうよ」
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「 165!! 」
「 163!! 」
タカシが投球する度に観客席の皆が球速表示を読み上げる
7回に入ってから、タカシはただの一球もアンダースローや変化球を投げない。
真っ向勝負で、160km/h超えの剛速球を投げ込む。
観客席の熱狂が渦巻くなか、ついに終りが近づいている事を悟り、ふとあの時のことを私は思い出していた。
「県大会の決勝を思い出しますね桃子さん」
「あの時に可南子ちゃんと知り合ったのよね」
「まさか、一緒の宿に泊まることになるとは思いませんでした」
タハハッと笑い可南子は照れ笑いを浮かべた
「可南子ちゃん、応援以外は勉強頑張ってたし大変だったでしょ」
「いいえ。何よりも集中できたし、ずっと忘れられない思い出になりました。」
8月の模試はこちらで受けたが、自己採点によると成績はかなり伸びた。
これなら穂高大学にまで手が届きそうだ。あとは…
「あの子は進路どうするつもりなのかしらね。大会が終わったら考えるとか言ってたけど」
桃子は頬に手をあて心配している。
「多分ですけど……プロに行こうと思ってるんじゃないかなと私は思います。
って言っても、本人が言ってたわけじゃなくて私の勘なんですけどね」
「そう……可南子ちゃんは東京や他県の大学は興味あるの?」
「他県の大学ですか?うーん、うちの家計次第でしょうか。一人暮らしとなるとやっぱり家賃とかもかかるし」
「実家を離れること自体を親御さんから反対されてるわけじゃないのね」
「はい。一人暮らしは人生経験的にもやった方がいいと寧ろうちの親は推奨してます。穂高大学に合格しても実家から通わず、大学近辺にアパートを借りるか寮に入ろうかと思ってます」
「そう、なら良かった」
「 ? 」
可南子は訝し気に思い、どういう意図による質問なのか桃子に訊ねようと思ったが、
「ほら、お父さん!!そろそろ起きて!!最終回よ」
「ううっむ……」
「全く、昨日も今日も飲みすぎよ。ビール何杯目よそれ」
「しょうがないだろ~。他の親さんから、タカシが野球部に入部してくれて本当にありがとうございますって、奢られるの断れなかったんだよ~」
「全く。ほいほい奢られてんじゃないわよ。あと、大会終わったら野球関係者がワンサカ話をしに来るみたいだから、接待に乗ったりするんじゃないわよ」
桃子がタカシの父を叩き起こして説教を始めてしまったので、可南子はつい先ほどの話について桃子に聞きそびれてしまった。
「「「「 あと一人!! あと一人!! 」」」」
轟音のようなコールは、学校関係者の応援席からより寧ろ外野の一般観客からの方からより力強く響いた。
県大会決勝の最終回では自分たち高校の関係者だけだったが、今は球場全体に興奮や高揚が広がっていることに誇らしさを感じ、その事が何より嬉しいと可南子は思った。
「「「「 あと一球!! あと一球!!! 」」」」
最後の一球
167という数字が掲示板に現れたが、観客席からの轟音のような歓声は、穂高南高校の初優勝を祝うものなのか、高校どころかプロを含めた日本最速の球速が出たことによる驚愕によるものなのか、それを区別できる者はいなかった。
祝優勝!!けど、もうちょっとだけ続くんじゃよ。
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