第16話 決勝への秘策
『今日も頑張ってねタカシ。応援行くよ(ムキムキ絵文字)』
スマホに今朝送られてきたメッセージを読み返す。
何てことない短文のメッセージだが、今は何より励みになる。
準々決勝は投手戦となった。
お互い0-0が続く。
しかし、明日以降のことを考えると延長はしたくない。
相手投手も無失点で、尻上がりに調子が上がってきて球筋が良くなってきている。
これなら、線が見える。
7回裏 俺の三打席目の打席
相手の渾身のストレートをライトスタンドへ叩き込んだ。
良い球だった。
相手投手は調子が良く、失投もしていないのに打たれたということに予想外という表情をしていたが、その後顔を引き締めて後続を打ち取った。
しかし、これが両チームとも唯一の得点となり、試合終了。
南高は準決勝へ進んだ。
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「思ったより球数がかかったな」
一心が試合後のクールダウンのキャッチボールをしながら話した。
「投手戦だったしな」
「明日の投球はそうすると……」
「ああ、予定通りでいく」
「みんな驚くだろうな」
一心は、第二試合の準備のためせわしなく動いている甲子園のスタッフを眺めながら独りごちた。
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翌日、準決勝。
俺は今日は先発ではなくベンチスタートだ。
先発のマウンドには二年生投手の藤井が立っている。なおマスクは主将の茂雄が被っている。
いわばバッテリーごと交代しているのだ。
今までノーデータの二番手投手、捕手の組み合わせのため、相手にとっては出たとこ勝負。
目標は三回まで投げ抜いてくれること。
しかし、予想に反して藤井は毎回ランナーを出すも5回まで無失点で乗り切ってくれた。
ここまでやってくれれば十分だ。
俺は、室内ブルペンから一心とともに出てきて、川本監督は審判にバッテリーの交代を申告した。
継投直後のマウンドからの投球練習
一投目を投げると観客席から大きなどよめきが起きた。
先ほど、ピッチャー交代がウグイス嬢から告げられた時の歓声なみの大きさだ。
そして、審判の「プレイ」のコール
普段のワインドアップから胸を張らず、腰をかがめて、体を躍動させ腕を伸ばし、地面スレスレから放たれたボールが浮きあがる。
バッターボックスの打者も相手ベンチも、観客ももれなく驚愕していた。
アンダースロー
これが俺と一心が秘密特訓をした成果だった。
準々決勝からの連戦を乗り切るためには、投法を変えて筋肉や関節の負担を散らすしかないと考えたのだ。そしてこれは奇襲にもなる。
甲子園で登板し続け、さすがに俺の投球データが揃ってきて、配球の癖やらが相手校に見抜かれている可能性もある。
アンダースローでの投球はマックス139km/h 相手校はおそらく、俺への対策のために速球を打ち込んできているはず。いきなりこの速度差とアンダースローという中々お目に掛けない変則的な投球モーションに、相手は混乱の中、三振の山を築いてしまう。
この混乱は相手投手の動揺も誘い、裏の攻撃で南高が連続ヒットにより得点する。
「あ~疲れる。アンダースローは足にくるんだよな」
「ロードバイクで鍛えた自慢の下半身があるだろ。しかし投法自体を変えるとか想像さえしてなかっただろうな相手は」
「俺が最初アンダースロー練習するから付き合えって言った時は全力で反対したくせに」
「常識外すぎたからな。明日の新聞報道ヤバそうだな」
「俺のアンダースローの写真、明日の朝刊に使われるかな」
「記事の写真、毎回お前しか出てないだろうが!!」
キャッチャーミットで頭を叩かれた。
「で、さらなる秘策は出すのか」
「いや、これなら温存できそうだ。明日の隠し玉にしとこう」
「OK。じゃあ行こうか」
マウンドから離れていく一心。
後続をきっちりアンダースローで打ち取り、南高は決勝進出を決めた。
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『本日のニュース 続いてはスポーツのコーナーです。』
『激闘が続く甲子園で快挙です。公立高校の穂高南高等学校が決勝へ進出しました。公立高校の甲子園決勝進出は10年ぶりです』
『野球競技歴四ヶ月の助っ人野球部員でMAX159km/hを投げる初山投手 すでに何度も特集してきたところですが、本日の準決勝、またしても私たちの度肝を抜いてくれました』
『6回から登板した初山投手。今までオーソドックスなスリークオーターで投げてきた中、なんとアンダースローでの投球。見事に相手を0点に抑えました』
『アンダースローで140km/h近くでしょ。プロでも使えるよこれ』
『本人いわく、肩と肘を休ませるためにアンダースローで今日は投げたそうです』
『そうすると明日の決勝はまたスリークオーターに戻すんですかね。MAX159km/hが期待されますね』
『地方公立高校で甲子園の決勝ですか。穂高南高校の地元の人は、明日は仕事そっちのけで応援でしょうね』
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「ちきしょ~、やっぱりタカシの話題ばっかじゃねぇか」
「俺タイムリーヒット打ったのに出てないんだけど」
「僕なんて5回まで投げて無失点に抑えたのに、丸々省略されてましたよ」
他の部員たちが宿の食堂のテレビを観ながら騒いでいる。
「お前ら早く寝ろよ~就寝9時だからな」
川本監督が選手たちに声をかける。
「タカシはどこいった!?」
「さぁ?自室に早々に引っ込んでるみたいだな」
「部屋に突撃するか?」
「連投で疲れてるだろうからな。さすがに寝かせておいてやれ」
「おにぎり握ったんで食べる人どうぞ~」
女子マネの楓が食堂にいる部員達に声をかけると部員たちは群がってきた。
決勝への気負いはないようだ。
むしろ初戦が緊張のピークであったが、甲子園初出場も初優勝も今さらプレッシャーとしてはキャパオーバーなため、ある意味一緒だったのだ。
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宿の部屋のバルコニーへ出た。
真夏だが、この時間ならば夜風が涼しく心地よい。
俺はスマホを取り出してコールした。
「電話大丈夫なの?」
「ああ。そっちはどうだ?」
「うん。桃子さんたち保護者の人たちは、父母飲み会だって。だから部屋に私ひとり」
「息子たちが頑張ってるってのに全く」
「明日負けたら騒げないから今夜やっちゃおうって急きょ決まったみたい」
「縁起でもない理由だな」
「明日勝ったら二日連続で祝勝会で酔いつぶれても、それは全然いいんだって」
「明日の応援席で二日酔いでぶっ倒れても知らんぞ」
俺の悪態に可南子が笑っていた。
「みんなが笑ってる。タカシのおかげだよ」
「俺はあくまで助っ人。」
「それまだ引っ張るの?」
「テレビでもよく言ってるじゃん。俺の大事なセールスポイントだからな」
人々は物語に酔いたいのだ。
圧倒的な強者が相手を蹂躙するのも大好物
弱者であるはずの無名公立校が勝ち上がるのも大好物
本来は相容れないはずの大好物のかけ合わせ
それが今年の甲子園に求められたストーリー
甲子園で渦巻く熱は穂高南高校を台風の目の中心のように集まっていた。




