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第15話 ベスト8決定と休養日

 二回戦の相手は明和高校

 三回戦の相手は仁勢高校だった。

 無論、南高校の快勝だ。


 それぞれ中3、4日ほど空いていたので、問題なくマウンドに立てた。

 俺の場合、2日以上休めればほぼ全回復できるようだ。

 週三回勤務のペースを刻んだおかげかも。


 ベスト8に残っている公立高校はうちだけだ。

 今日は準々決勝抽選後の休養日のため、軽めに練習は切り上げた。


 「ここか」


 俺は部員の保護者が宿泊しているホテルへ来ていた。

 応援席にいた部員からの伝言で、母親から呼び出しがあったのだ。


 なぜ部員からの伝言なのかというと、俺のスマホは電源を落としているからだ。

 というのも、もの凄い数の電話やメールやSNSの通知が鳴りやまないのだ。

 おかげで俺のスマホはブラウジングすらまともに使えず、ただの文鎮と化し、伝達手段が伝言という昔ながらの手段になってしまった。


 各種連絡の通知が鳴りやまないのは、やはりテレビで特集を組まれて大々的に放送されてしまったのが原因だろう。


 なんとかしなきゃな~と思いつつ、ホテルのフロントで母親の宿泊している部屋番号を聞き、向かった。


 コンコンッとノックをすると部屋のドアが開いた。


 「はーい」


 部屋の扉から顔を覗かせたのは、予想していなかった顔だった。


 「可南子!?」

 「わわっ!!タカシ!!?ちょ…ちょっと待って」

 扉を閉めてバタバタと部屋の中を片付ける音がした。

俺は扉の前で10分ほど待たされた。


「お待たせしました」

 はぁはぁ息を切らしながら可南子が出てくる。


「そうか。うちの母親と一緒の部屋に宿泊してるんだったな」

「うん。桃子さんには本当によくしてもらってるよ」


 自分の母親を下の名前で呼んでる同級生女子って何なんだろうね。

 この居心地の悪さにはいまだに慣れない。



「来るなら連絡してよ……って、今スマホ使えないんだっけ」

「ああ。まともに使えにないから電源落としてる」

「大変だね……」


 連絡先交換はしているがほぼ今まで連絡を取っていなかった小中学校の同級生などから連絡が来るならまだいい方で、そういう奴らから連絡先を聞いたとかいう俺が全く知らない輩からも連絡が来る。


 「それで母さんは?」

 「桃子さんなら出かけてるよ」


 自分が呼び出しといて不在ってなんだよ全く


 「あ~、じゃあまた出直すわ」


 俺はきびすをかえそうとすると

 背中に何やら抵抗感が……


 振り返ってみると、可南子が俺のTシャツの裾をつまんで俯いていた。


 「えっと…あの……」


 思わず引き止めてしまったことに自分自身で驚きつつ、それでも意を決したように

可南子は顔を上げた。


 「せっかく部屋片づけたんだから上がっていって!!」


 「お…おう」


 可南子の勢いに負けて、つい承諾して部屋へ招かれた。

 俺と可南子は、窓際にあるテーブルとイスに座った。

 飲み物は可南子がティーバッグのお茶を出してくれた。


 「部屋の片づけにずいぶん時間かかってたみたいだけど、その割に……」


 俺は部屋の様子を見渡した。

 衣服や物が散乱していたりするわけではないが、何と言うか生活感が凄い。

 テーブルの上にはインスタント食品や卓上コンロなどが置かれていて、テレビ横のカウンター机には可南子のと思しき勉強道具や参考書が並べられている。



 「うぐ……しょうがないでしょ。ここにもう2週間ちかく滞在してるんだから、色々物が溢れちゃってるの。食費は節約したいし」


 可南子は顔を赤くしながら答える。


 「そうか、2週間だもんな。勝ち進んじゃってすまんな」

 「そのつもりで準備してきてるんだから、むしろ準備が無駄にならなくてよかったよ」

 「それにしても肌焼けたな」

 「お互いさまでしょ」


 可南子は小麦色に日焼けしていた。室内競技であるバドミントンは日焼けしないので、普段は色白なのだ。


 「日焼け止めも塗るんだけど、応援は炎天下だから汗ですぐに流れちゃうのよ」

 「俺も最初のうちは日焼け止め塗ってたけど、途中から諦めたな」


 俺も自分史上、最ガングロである。

 小学生の夏休みでもここまで日焼けはしていなかった。やっぱり屋外競技はキツイな。


 「黒い私って変?」


 可南子は不安そうに俺の目を上目遣いで見る。


「いや、なんか新鮮」


 あらためて見ると健康的な小麦色の肌はより一層若々しさを表していて、

 キューティクルの良い髪にできる天使の輪の輝きが一層増しているようだ。

 服装も楽な格好で、髪をシュシュでまとめて左肩に垂らしている気軽さが、かえって新鮮だ。


 「そんなマジマジと見ないでよ」

 「あ、ごめん。」


 お互いうつむいてしまった。

 恥ずかしさを紛らわせるために俺は話題を変えた。


「受験勉強の方は平気か?」

「うん。そこは必死に」

「必死って」

「文字どおりよ。サボったらすぐに連れ戻すって両親から言われてるから。

ある意味、人生で一番集中して勉強してるかも」

「ほう……じゃあ苦手な漸化式や二項定理は克服したんだな」

「う…基礎問題はようやく自信ついたけど応用はまだ……」

「急にトーンダウンしたな。しゃあない、見てやるからテキスト出しな」

「うん!」


 可南子は嬉しそうに、参考書の山から該当のテキストをゴソゴソと探し出した。




―――――――――――――――――――――――――





 「ねぇ」

 「うん?どこか解らなくなったか」


 可南子が問題を解いている間に眺めていた可南子の英作文の参考書から顔を上げた。


 「そうじゃないんだけど…聞きたいことがあって」

 「なんだ?」


 「あのさ…タカシは卒業後の進路どうするの?」

 「………」


 唐突でしかも端的な質問に俺はすぐに返答できなかった。

 なぜなら俺自身、色々迷っているから


 「即答できないってことは、やっぱり迷ってるんだね」

 「すまん……」


 可南子が俺と同じ穂高大学を目指しているのも、俺を指針にして、俺の背中を追いかけて可南子が勉強を頑張って来たのは、当然知っていた。

 だからこそ、可南子に俺がブレていることを悟らせたくはなかったのだ。


「タカシが謝ることじゃないよ。だってタカシの人生だもん」


 目を細めて柔らかい笑みをたたえて可南子は答えたが、テーブルの下で手はギュッと強く結ばれていた。心の奥底にある気持ちを押しとどめるために。


 「やっぱり来てるんだ、プロのスカウト」

 「ああ……何球団かな。プロ志望届を出すならドラフト上位で取るつもりだと言ってくれてる」

 「すごいね」

 「まさか高卒で就職することが人生の選択肢に入るとは思わなかったよ」


 「プロ野球じゃ、さすがに追いかけるの無理だね」


 可南子は力なく笑った


 俺はどう答えればいいのか解らなかった。

 可南子を慰めるというのも違うし、俺がやはり当初通り地元の穂高大学に進むと断言することもできない。

 言葉にならない言葉を伝えるために、可南子の顔に手を伸ばすが、伸ばした先で何をするのかも解らなかった。


 可南子は俺が中途半端に伸ばした手を掴んで頬ずりする


「落ち着くか…?」

「うん、ちょっと落ち着いた」


「きれいな手」

 可南子が微笑む


「投手は爪のお手入れは毎日だからな」

「ふふっ、指先だけなら私より女子力高いかもね」


 俺は手にかかった可南子の髪の毛をたくしあげた際に、耳に指先が触れる。

 くすぐったかったのか、可南子は首をすぼめる。


 「くすぐったいよタカシ」


 少し頬が紅潮し艶っぽい表情を浮かべ何かを期待する面持ちにドキッとする。

 部屋の中に沈黙が訪れたが、心地の良い沈黙だった



「帰ったわよ~」


 ガチャリとドアが開き、母の桃子が部屋に入ってくる。

 俺と可南子はドアで音がしたのに反応して即離れた。

 両者ともさすがバドミントンで鍛えた反射神経である。


「母さん。自分で呼び出しといて出かけるなよ」

慌てて取り繕うように母親を非難する。


「ごめんね~。他の親御さんたちとランチ会があってさ。ほら、今日到着したって親御さんもいるからさ」

「父さんも明日来るんだっけ?」

「そうそう。お父さん、明日の準々決勝から決勝まで夏休み取ったって」

「あ、同じバドミントン部だった幸太や後輩の美穂も来るみたいです」

「わざわざ受験勉強で忙しい中来てくれるのね。応援席確保しないと」

「はい。ありがとうございます」


 本当にすっかり仲良くなってるな。うちの母親と可南子。

 二週間も一緒に寝食を共にしてたら、嫌でもそうなるか。

 俺も同じく野球部の面々と二週間以上一緒に寝泊まりしているから、変な遠慮はしなくなってきていた。


「それで用事はなんなんだよ」

「そうそう。連絡つかなくて面倒だから、スマホ新しいの契約してきたのよ。」

「お~~!!って、これ随分古い機種じゃないか?」

「臨時なんだから我慢なさい。信用のおける相手にだけ新しい連絡先を渡しなさい」

「ああ、わかった。可南子、さっそく連絡先交換しようぜ」

「ひゃい!?」


 不意打ちを食らったように可南子は素っ頓狂な声を上げた。


「今の話の流れでいきなり私に連絡先聞いてくるなんて……」


 もじもじする可南子に


「いいから早く出せ。俺だって、その……最近連絡できなくて寂しかったんだからな」


「う…うん」


 可南子は顔を赤くしてスマホを取り出す。


 ツーカーの仲なのに、まるで初めて気になるあの子との連絡先が聞けた時の緊張をお互い感じていた。


 そんな二人をニヨニヨして桃子は眺めていた。


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