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外伝 秋葉の街の日曜日

 とある日曜日。

 日本での<エルダー・テイル>正式サービス開始日にして、期間限定のレイドコンテンツ終了後最初の週末。

 各プレイヤータウンでは様々な集団がそれぞれにオフ会を企画していた。

 それは名目上戦闘系ギルドの反省会であったり、<エルダー・テイル>の誕生日会であったりする。

 今回は、日本サーバー最大のプレイヤータウンに対応する現実の街である、秋葉原でのお話。

 <大災害>を引き起こした<ノウアスフィアの開墾>から数えて数年前の出来事である。




 夕方にさしかかるも一向に人通りが経る様子がない秋葉原駅にて。

 シンプルならパーカーに身を包むシロエ、いや城鐘恵はベンチに座って人を待っていた。

 何かにつけて騒ぎたがるカナミの提言により、<茶会>メンバーによるオフ会が企画されたのだ。

 幹事は恵が務めたのだが、生憎と外せない用事が入り参加が遅れることになったので、元々途中参加の予定だった直継と待ち合わせし、一緒に合流することになった。

 携帯で時間つぶしにネットサーフィンをしていると、待ち人からのメッセージが届いた。 たった今、駅に到着したらしい。

 腰を上げて改札口へ向かうと、ちょうど直継が改札を抜けてきた。

 大学から直接来たのだろうか、カジュアルな格好をしている。 恵よりふたつ年上の直継だが、社会的身分は恵と同じ大学生。

 ゲーム内での鎧姿をふと思いだし、案外似合いそうだな、と思った。

 恵が右手を上げると、直継はニッと笑うと駆け寄ってくる。

「よお、相変わらず目つき悪いな、シロ」

「直継こそ相変わらず脳天気そうだね」

 挨拶代わりに恵の三白眼をからかう直継に、負けじと言い返す。

「おまけに口も悪い」

 そんなんじゃ素敵なおぱんつには出会えないぞ、と茶化す直継に恵は相好を崩した。

 連れだって他のみんなが集まる店に向かう道中、直継は口を開いた。

「それで、みんなはもう集まってるんだろ? 何人くらい参加してんだ?」

「えーと、僕たちをあわせて十三人だったかな。 言い出しっぺのカナミはもちろん、KRとソウジロウと……班長は近くを通るけど参加はできないって言ってたな。 あと……」

 恵はそのまま全員分の名前をつらつらと挙げてゆく。

 幹事をしていたとはいえ、十人超の名前をすらすらと並べ立てる恵に直継は真似できないな、と内心苦笑しながら聞いていると、どん、と前から来た女性とぶつかった。

「あや、ぶつかってもうた。 堪忍な」

 その声を聞いた恵はあれ、と思うが反応はしない。

ぶつかってきたほうを見ると、そこには人なつっこそうな笑みを浮かべた胸の大きな女性。

 流暢な関西弁とともに謝られた直継は大丈夫、と気にしていないことを伝える。

すると女性の連れだろう、クールな印象を与える眼鏡の女性がよろめく女性に注意する。

「だから無理して慣れないヒールなんて履くなと言ったのです。 ……すみませんね、本当に」

 そう言って去ってゆく女性二人。

 少し気になって後ろを見るとぶつかってきた女性は相変わらずふらふらしながら歩き、結局もう一人の女性につかまって歩いていた。

 なにかつっかかっているかのようにうーん、と呟く恵に直継はどうかしたか? と尋ねる。

「いや、なんか声に聞き覚えがあって。 ゲームの知り合いだったかも」

「なんだ、それなら話しかければよかったじゃねぇか」

 今日は各所のギルドがオフ会を開いていることだろうし、知り合いであった可能性は実際高そうだ。

「いや、いいよ。 ほんとに顔見知り程度の仲だし、人違いだったら恥ずかしいし」

 その答えに、シロらしいな、と直継は頷く。

 話しているうちに店に着いた。 店員に合流である旨を告げ、メンバーがどこにいるか探して店内を見渡す。

 すると、二人が見つけるよりも先に座敷席のほうから二人を呼ぶ少年の声が聞こえた。

「シロせんぱーい! 直継せんぱーい! こっちですー!」

 子供のように手を振りながら両脇に女性を座らせるソウジロウであった。

 恵の目つきのように、こちらも「相変わらず」だな、と直継は思うが口には出さない。

 二人が席に近づくと、ソウジロウの向かいに座る、既に酔っぱらいつつある女性が二人に座るよう促す。

「おー!きたか二人とも! 二人のために乾杯はとっておいたんだ! はやく乾杯しよう乾杯!!」

 我らがリーダー(トラブルメーカー)も相変わらずのようだ。




「うう……やっぱり無理せんほうがよかったかもしれへん……」

 隣を歩く女性に掴まりながら、先ほど直継にぶつかった女性は後悔する。

 掴まっている方は鞠江。 <エルダー・テイル>にではマリエールという名前でギルド<三日月同盟>を率いる、れっきとしたギルドマスターだ。

「だから言ったでしょう。 久々のオフ会で張り切るのはわかるけれど」

 掴まられている方は梅子。 同じく<エルダー・テイル>ではヘンリエッタと名乗り、<三日月同盟>のサブマスをしている。

 掴まられている梅子もそう高くないながらヒールを履いており、支えるほどの余裕は無さそうだ。

 単純に普段からヒールを履き慣れ、歩き慣れているだけで、もう一人支えるのはいっぱいいっぱいなのである。

「あ、あはは。 ちょっち慣れてはきたからふらつかなくなるまでもう少し頼むわ」

 そう言いながらもまた大きくよろめく鞠江。

 ああもう、とあきれ声を出しながら梅子は鞠江を支え、どうにか転ばずに済む。

 そうして人目を引き寄せながら歩いていると一人の青年が声をかけてきた。

「あれ、マリエさんです、よね?」

「ん、そうやけどどちらさん?」

 鞠江が首を傾げると青年はあ、すみません、といいながら名乗りを上げる。

「カラシンです。 <第8商店街>の」

 そう聞くと鞠江は納得したとばかりに頷く。

「あぁカラシンさんか! や、キャラがないと一目じゃわからんもんやな」

 かんにんかんにん、と笑う鞠江に、カラシンと名乗った男性は一瞬顔に残念そうな色を浮かべたが、すぐに消して隣を歩き始める。

 マリエールとカラシンは昔は共にゲームをプレイしていたこともあり、お互いギルドを立ち上げた今となっても交流が続いている。

 しかしそれはあくまでゲーム内でのことであって、顔を合わせるのは初めてなので鞠江はわからなかったようだ。

「確かに声だけだと普通は判断しにくいですよね。 ほら僕はもともとチャッターですから、画面見ないで会話することも多々……ってそんなことより転びそうですけど大丈夫ですか? 肩貸しましょうか?」

 自分がなぜマリエールのことをわかったのか、言い訳するように言葉を重ねつつ、自分で申し出ながら少し顔を赤くするカラシンに、鞠江ではなく梅子が断りを入れる。

「いーえ、結構ですわ。 申し出はありがたいのですけれど、ヒールに慣らしている所なのです」

 横でえー、と不満げな鞠江を見ながら、カラシンは残念そうな、けれどほっとした様子であった。

「そうですか? ならいいんですが。 ……ゲームじゃ回復役(ヒーラー)なのにヒールに四苦八苦してるのってなんかおもしろいですね」

 照れ隠しに言った冗談だったのだろうが、タイミング悪く鞠江がまたもよろめいてしまい、微妙な空気が場に広がる。

 カラシンはどうにか取り戻そうと慌てて話題を探す。

「そういえば! 結構いろんなギルドが今日オフ会してるらしいですね。 |<第8商店街>《ウチ》もそうですし、マリエールさんたちもそうでしょう? あと有名どころでは<D.D.D>あたりですか。 案外、すぐ隣にサーバのトッププレイヤーたちがいるかもしれませんね」

 カラシンのとっさの判断で選ばれた話題は無難なものであった。

 この時はまだ<第8商店街>も中規模をようやく抜けた程度のギルドでしかなく、やがてアキバの街で三番目に巨大な生産系ギルドに成長することなんて予想もしてないのである。

 そうして話していると前方から鞠江と梅子を呼ぶ声が聞こえる。

「ん、<三日月同盟>の方ですかね。 じゃあ僕はここらで」

 そう言い残し、どこか浮き足立ってそそくさと去ってゆくカラシン。

 入れ替わりに近づいてくるのは高校生になるかならないかくらいの少年だった。

「遅いから探しにきましたよ! ……一緒にいたのは誰ですか?」

伺うように少年――<エルダー・テイル>では小竜と名乗り、本名は章介という――が鞠江に尋ねる。

「ん、<第8商店街>のカラシンや。 今回のイベントでも物資の補給とかお世話になったやろ? 始めたのが同じ頃やから何かと融通しあってるんよね」

 ようやくふらつかなくなってきた鞠江が答えると、章介はなるほど、と頷きつつもどことなく釈然としない顔をしている。

「……しっかりしてそうな人でしたね」

 探りを入れる章介に鞠江はギルマスやからね、と自分を棚に上げていた。

 ……当のカラシンが、想い人との思わぬ邂逅による緊張を鎮めるために深呼吸していることなんて知る由もなく。




「先輩は……来ていないのですね」

 貸し切りの大部屋、その中心近くで視線を下げながら落ち込んでいるのはどことなく軍服を思わせるファッションをしている女性。

 <D.D.D>のレイド師団を率いる指揮官、高山三佐(みさ)である。

 本名でゲームをプレイする、少数派のプレイヤーではあるのだが、纏う雰囲気から軍隊の階級である三佐(さんさ)と呼ばれ、半ばキャラネームとして認知されている。

「まあ、仕事の都合もあるだろうし仕方ないさ」

 向かうは<D.D.D>のギルドマスター、クラスティである。

 柔和な笑みを浮かべる眼鏡の男性で、感情が露わになりやすいボイスチャットを導入しているエルダーテイルにあってなお、声を荒げた所を誰も見たことがないと言う食えない男だ。

 重度のネットゲーマーとは思えない大柄な体を清潔感のある装いで包み、卓に肘を載せて腕を組んでいる。

「それはわかっていますが……。 今回のイベントでは一番乗りを<茶会>に奪われてしまいましたし、攻略中、戦線崩壊の危機も一度や二度ではありませんでした。 先輩の機転でどうにか対応したものの、その対応力を体系化するために一度じっくり話を聞きたいなと」

 その言葉にクラスティは苦笑する。

 三佐は<三羽烏>と呼ばれる、<D.D.D>の幹部。

 立場上、今回のイベントの指揮にも後進の教育にも責任を感じないではいられないのだろう。

 しかしおそらく……三佐が先輩と呼ぶ、<三羽烏>のもう二人のうち一人(正確には元)、櫛八玉はその対応力を説明できないだろうとクラスティは思う。

 ゲーム上で開かれた反省会であっても何度か議題に上がり、そのたび「うまく説明できない」とはぐらかされ続けていたが、あれは本人もよくわかっていない類の能力である、とクラスティは見ている。 クラスティが画面上のモンスターの僅かな動きからヘイトの推移を読みとるような。 あるいは初めて戦うモンスターを相手に、制作者の癖を根拠にした推測で対応するような。

 けれど、この生真面目な女性はそう言っても納得しないのであろう。

「まあ、話を聞く機会はまたあるさ。 それより、面子も出揃ったみたいだ。そろそろ始めようか」

 三佐は慌てたように辺りを見回すと、確かに席は埋まっているーー先輩のものを除いて。

 クラスティを向いてこくり、と頷くと三佐はよく通る、不思議と背筋の伸びる声で静粛に! と場を整えた。

 ギルドメンバーの注目が集まったことを確認し、クラスティが口を開く。

「……では! 今回のイベント終了と我らが<D.D.D>の健闘を祝して! ……」




「あっれー? おかしいな」

「おかしいな、はこっちの台詞だぜネエちゃん」

 不潔ではない程度に、けれど丁寧に手入れされているわけでもない髪をがしがしと掻きながら、女性は見知らぬメンバーの騒ぐ大部屋の入り口に立っていた。

 一方、女性に向き合う男性は既に随分と盛り上がっていた様子で、赤みのさした顔に闖入者への不満を浮かべている。

「いやいや、失敬……。 ってあれ、もしかしてアイザック君?」

「んな、なんでテメエ俺のキャラネームを知って……あいやその声、もしかして、<突貫黒巫女>か?」

「やー、その名前はやめてよ、恥ずかしい」

 どうやら顔見知りーーリアルでは初対面のようだがーーだったようで、丁度いいといわんばかりに乗り込んで空いていた場所に女性、元<D.D.D>の櫛八玉が腰掛ける。

 アイザックと呼ばれた男性は一瞬嫌そうに顔をしかめ、「いや混ざんな」と文句を垂れたが、櫛八玉は気にする風もない。

「いやね、<D.D.D>の打ち上げもここでやってるはずなんだけど、見つからなくてね。 散々探し回ったからちょっと探し疲れちゃって。 まあ今でもなんだかんだ呼び出されるけど、もうギルドは脱退した身だしいいかなって。 今回も助っ人だったってだけだしね。 あ、とりあえず中生」

「けっ、クラスティの野郎もきてやがんのか」

 丁度通りがかった店員に注文をする櫛八玉の隣で、アイザックは吐き捨てるように言うとジョッキを呷り、面白くねえと言わんばかりに頬杖をつく。

「あれー? 不機嫌? 今回はウチの勝ち越しって感じだったしねえ」

 アイザックとは対照的に、櫛八玉は面白いおもちゃを見つけたとでも言うようににやにやと詰め寄る。

 アイザックの率いるギルド<黒剣騎士団>も<D.D.D>と同じく戦闘系ギルド。 その特色こそ、裾野が広く初心者からベテランまで多くのプレイヤーを擁し構成人数では最大を誇る<D.D.D>と、入団にさえレベルカンストを条件としているエリート主義の<黒剣騎士団>とで毛色は違うが、共に大手と言っていいだけの規模を誇るギルドである。

 しかし、ここ最近の大規模戦闘では<黒剣騎士団>は他の戦闘系ギルドに遅れをとる事が多く、今回のイベントも例外ではなかった。

 自覚はしていたのであろう、苦々しい顔でまたジョッキを呷り、飲み干すとアイザックはふん、と鼻を鳴らし、顔を背けた。

 そして、ますます櫛八玉は楽しそうな顔になり、「勝者」から「敗者」への「アドバイス」を始める。

「最近はギミックがかなりトリッキーだったり、継戦能力が必要とされたりと凝ってるからねえ。 勢いだけじゃどうにもならんのですよ」

 注文したビールが届くや否や、一息に半分を空けつつ櫛八玉が得意げに語る。

「ではどうしたらいいのでしょう?」

 横で聞いていた<黒剣騎士団>の男性がいても立ってもいられずという風に口を挟む。 それはアイザックも同じだったようで、顔は背けていながらも耳は傾けている。

「ん? そーねー……まずはレイドの分析体制を整えることかな。 例えば<D.D.D>(うち)だとメンバーの中に録画係が何人か必ずいて、ゲーム画面をキャプチャして録画をメンバーで共有するシステムが出来上がってるんだよね。 戦闘を長く続けられればその分情報量も増えるから、初めは生き残り能力に特化しちゃうのもありだろうし。

 聞いた話だけど、ダンジョンのマップをCADで再現しちゃう奴もいるって聞いたなあ」

 口を挟んだ男性はなるほどとしきりに頷きながら、几帳面なのであろう、忘れないようにメモをとっていた。

「あとはまあ、基本だけどいろんな状況に対応できるように、いろんなメンバーを育てておくことかな。 今回のとか、<付与術師>必須な感じだったじゃん? あれ、そういや君んとこ、<付与術師>いたっけ。 見た覚えがないような」

 ジョッキのもう半分を早くも空けつつ、テーブルの枝豆に手を伸ばしさやの山を作っていく櫛八玉。

「いないことはないんですが……」

 何気ない質問にメモを走らせる手を止め、曖昧な笑いを浮かべる男性。

「ほら、<黒剣騎士団>(うち)は知っての通り、入団条件がレベルカンストですから。 マゾ職と名高い<付与術師>はカンスト前にどこかのギルドに入っちゃうか、信念を持ってソロを貫いてるようなやつばっかで……。 最近ようやく一人確保したんですが。 まだ育ってなくて装備や連携の錬度が、ね」

「あぁ、なるほどね。 大事に育ててあげなさい。 ……それで、今回はどうしたの? <付与術師>なしでの攻略だったら、それはそれで誇っていい内容だったと思うけど。 あ、店員さーん注文おねしゃす」

 二杯目を注文する櫛八玉の向かいで、男性は苦々しさを顔に浮かべる。

 男性が言いづらそうに頬を掻き、口を開こうとしたとき、声が聞こえたのはアイザックの方からだった。

「助っ人だよ、ソロのやつ。 口数は少なかった……まあソロのやつはだいたいそうだが、腕は良かったな。 実の所、このオフ会にも呼んだんだが……来てねえみたいだ」

 辺りをざっと見回し、アイザックは肩を竦める。

「え、いまのでわかったの? アイザック君、もしかしてリアルでもみんなの顔覚えてる人?」

「そんなんじゃねえよ」

 茶化すような櫛八玉の拍手を振り払うように手を振ると、アイザックは吐き捨てるように言った。

「なんてったって、女だったからな。 男所帯のうちに混ざってれば一目でわからあ」




 少女は、迷っていた。

 絡みつくような黒の髪を右に左に振り回し、大きな瞳を携帯の地図アプリとビルへ行ったり来たり。

 オフ会自体は初めてではなかったものの、今まではちょっとした知り合いとの……方向音痴だ、と言えば駅まで迎えに来てくれるような相手とだった。

 ゲストのように呼ばれる形での参加は初めてなのだ。

 誘ってくれた相手は戦闘系ギルドの<黒剣騎士団>。 レイド経験のある<付与術師>を探していた所に助っ人として参加した。

 濡羽は口べたであったが、プレイの腕は悪くない。 流石に息があった連携とまではいかなかったが、助っ人として参加しただけにしては十分に及第点であろうプレイで、被害を出しながらもイベント攻略まで漕ぎ着けた。

 攻略し、報酬を山分けした、そこまではよかった。

 問題は、その後。

 報酬精算の後、いつものお約束なのであろうか、そのままオフ会の算段を立て始めた<黒剣騎士団>の面々は、共にレイドをくぐり抜けた戦友も誘った。

 濡羽はとっさのことであったので「あ……よ、予定が合えば」としか返せなかったが、幹事を務めるのであろうレザリックという<施療神官>には「予定が合えば、ですね。 日時と場所は決まったらメールしますね」と返事され、その数日後メールが届いた。

 行きたかった。

 女性率が低いオンラインゲームにおいて、けれど女だからではなく、一人のプレイヤーとして居場所があったから。 あわよくばこのギルドに入れて貰えないか、とも考えた。

 濡羽がソロでいるのは、好き好んでというよりも単に人との距離を測ることが苦手で、今まで入りそびれていただけというのが大きいのだ。

(……よし、駅から、もう一回)

 駅をまで戻り、改札を背にし、地図アプリと現実の建物とを照らし合わせる。

(……ここで、右にまがって建物を三つ過ぎたらひだ、り? あれ、道がない……)

 道がないどころか、店らしい光もない。

 あれだけの大人数が集まっているなら喧騒くらいは聞こえるはずなのに。

(……もう、帰っちゃおうかなあ)

 かれこれ一時間くらいは迷っている。 もう一度がんばるか、そのまま電車に乗って帰ってしまおうか悩みながらつま先を改札に向ける。

 その途中で大通りに出て、俯きながらはあ、とため息をついた時。

「何かお困りですか?」

「ひゃあっ」

 男性に声をかけられた。

 濡羽が振り向くと、スーツに身を纏う細身の中年男性。 その顔には柔和な笑みが浮かべられている。

(いいいぃっ、紳士さんだっ)

 年若い女性だからというわけでもなく、レベルの高いゲームキャラクターとしてでもなく、純粋に困っているから向けられた好意にむずがゆさを感じて、濡羽は「え、あ、その」と文にならない言葉を漏らす。

「あぁいえ、仕事の都合で同僚を待っているのですが、先ほどから同じ所を行き来してるようでしたので、つい。 道くらいは説明できると思いますが、どうでしょう?」

(紳士さんだぁぁぁっ!)

 安心させるために言ったであろう言葉にむしろ動揺し、濡羽は目を泳がせたが、一呼吸おいてから「あの、ここ、いきたいんです、けど」と携帯の画面を見せる。

 男性は目を細めながら背を屈めて画面をのぞき込み、なるほどなるほどとつぶやくと背筋を伸ばし、指を指す。

「出る改札が反対でしたね。 正しい改札はあちらがわ。 この地図を逆に見ていたのでしょう」

 言われてみれば、と濡羽は地図を間違ってみていた事に気づく。

「わかりましたか? もし不安であれば……」

 そう言って再び携帯の画面をのぞきこみ、その上の一点を指さす男性。

「この建物は駅からでも見えるはず。 これを目印にするとよいでしょう」

 またしても画面と町並みの間に視線を行ったりきたりさせながら、しかし今回は納得の色を浮かべて、濡羽は男性に頭を下げる。

「あ、ありがとうございました! たすかりました」

「いえいえ、お役に立てたならよかった」

 そう言ってまた柔和な笑みを浮かべる男性に見送られながら、濡羽は正しい道を目指した。

 会はもう始まっているだろうけれど、終わってはいないだろう。

 出遅れはしたけれど、うまくとけ込めるといいのだけれど。




 迷子の少女を見送りながら、男性は薄く微笑んでいた。

 今日はいろんな所がオフ会を開いている。

 いま道をゆく人のうち、あるいは店で語らう人のうち。

 いったいどれだけが<冒険者>なのだろう?

 強力なボスエネミーを仲間と共に打ち倒した者も、そんな者達にアイテムを売りつけることで一儲けした者も、イベントなんか知らぬ顔で冒険を続けていた者も。

 誰もがこの街で、もしくはゲームのなかのこの街で仲間と語らっているのだろう。

 男性は視線を動かし、ゲームではギルド会館が存在する場所、そしてタウンゲート、大神殿の方向、と追っていく。

 目を細め、風景に重なるように<アキバの街>の風景を想像しながら、誰にも聞こえないほど小さな声で男性はつぶやく。

「ハッピー・バースディ、<エルダー・テイル>、ですにゃ」

 外伝というか番外というか。

 他の話とは趣向が違うため、短編で別作品扱いにしようかとも思いましたが、こちらで。

 原作のキャラクターたちの、あったかもしれない過去話。

 時系列的には、<茶会>解散の少し前でしょうか。


 一応完結扱いにしましたが、「この作品は○○以上未完結のまま更新されていません」が嫌なだけで、実際は不定期更新でやろうとおもいます。


 原作キャラクターたちに混じって登場している櫛八玉さんはヤマネさんの作品、辺境の街にて(http://ncode.syosetu.com/n3210u/)より。

 姐さんだいすきです。

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